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escape  作者: 紗凪 ケイ
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4

--- トモ ---


 アカネちゃんが見張りに立っていてくれたお陰で、私も少しだけ休む事ができた。

 多分、数十分しか休んでないと思うけど、それでもここに長く居たくないって気持ちの方が強いのか、結構疲れは取れたみたいだ。

 変わろうか? ってアカネちゃんに言ったけど、アカネちゃんには「警戒しながら私も少し休んだから平気だよ」と返された。


 コウ君と、ハルタ君と、ガンペイ君は大丈夫なんだろうか。

 アカネちゃんに連れられて二人きりになっちゃったけど、それを恨みはしない。多分だけど、あれがあの状況では最善だったんだと思う。

 

 私たちは再び出口を探して歩き出す。

 最初の部屋であんな事があったから、最初は部屋に入るのはかなり抵抗があったけど、感覚が麻痺してきたのか最初のような状況が無かったからか、何を気にするわけでもなく部屋を見つけては入る事ができるようになっていた。

 でも、どの部屋にも特にめぼしいものは無い。

 外から見た館は、こんなに大きくなかったと思うんだけど、通路の所為なのか凄く大きく感じる。一つ一つ部屋を調べていくのは大変だった。


 奥に進んでいくにつれて、なんか嫌な感覚が強くなっている気がする。

 ピリピリと、肌に張り付くような変な感覚。

 アカネちゃんも同じなのか、さっきより歩く速度がほんの僅かだけど遅くなっている。

 部屋を見つけたから、二人して中へ入る。私は大きくため息をついた。なんだか判らないけど、この空気は凄く嫌だ。

 ふと、横を見ると自分と目が合って(・・・・・・・・)私は短い悲鳴を上げた。

 アカネちゃんはそれに気付いて咄嗟に私を見たけど、すぐに大した事無いと別の場所の確認に目を向けてしまった。

 そう、私が見たのは中くらいの鏡だ。それにびっくりした。

 でもそれは、絶対に見ちゃいけない鏡だったんだ。


 鏡の中の私は、不気味な笑顔を作ると、親指で首を掻っ切る動作を行った。

 しかし、動作だけのはずなのに、首はパックリと裂け鮮血が吹き出て、鏡の内側を真っ赤に染めた。


「キャァァァァッ!!」


 私が悲鳴を上げると同時に、鏡は音を立てて割れる。

 当然、私はそんな動作をしていないし、あんな顔で笑った事なんてない。

 アカネちゃんが私を抱きかかえ、周囲にくまなく目線を送っている。

 どうなってるの?

 ねえ、アカネちゃん助けてよ。

 怖い、怖いよ。


「トモ、痛い、痛いって!」


 アカネちゃんの声で、私はアカネちゃんに思いっきりしがみついてる事に気が付いた。

 私の手が力の入れすぎで真っ白になっている。

 多少落ち着いたもののカタカタ震えている私と、さっき割れた鏡を交互に見て、アカネちゃんは言った。


「この部屋は早く出よう、トモ、大丈夫?」


 私はこくこく頷いて肯定する。

 アカネちゃんに半ば引き摺られるようにして部屋を出ると、急に足に力が入らなくなった。その場にへたり込む。なんとなく手足が痺れて始めている。

 小刻みに息をしている私に対して、アカネちゃんはいきなりグッと片手で私の口と鼻を塞いだ。

 息が出来ない。苦しい、と目で訴える。


「ゆっくり、息を吸って、ゆっくり、息を吐いて」


 噛み締めるようにアカネちゃんは言って、私から手を離した。

 言われた通りに呼吸を繰り返してみると、さっきよりだいぶ楽になって、痺れも収まっていた。


「ありがと、アカネちゃん」

「あたしが居ないとダメだねぇ」


 なんてクスクス笑いながらアカネちゃんは言っていた。さっき鏡で見た事を聞かれないのは、私があれは思い出したくないという意図を汲んでくれているのだろう。

 相変わらずピリピリした感覚は離れないけど、アカネちゃんのお陰で落ち着く事ができた。

 でも、少しもするとアカネちゃんは真剣な表情を作って私に言った。


「もっと先に行くけど、大丈夫? 一人は凄く危険だと思うけど、どうしても、って言うならあたしは止めないよ。こっちに居た方がきっと安全だと思う」

「……安全な場所なんて多分無いよ。アカネちゃんが行くなら、私も付いてく」


 私は思った事を言った。アカネちゃんはきっとこの嫌な空気の事を言っているのだろう。

 それに、さっき見たような事がまた何度もあるかもしれない。

 でも私は、アカネちゃんの足手まといにならないようなら付いて行きたい。一人ではこの場の雰囲気に耐えられないと思う。



--- アカネ ---


 トモが『戻りたい』って言わなくて良かった、と心の底から思った。

 トモの前だから強がってるけど、はっきり言って、この先一人で行動するなんてあたしには出来そうに無い。

 と言うか、戻りたいなんて言われたら、トモを一人にするのはあたし的に嫌だからあたしも戻る事になってたのか。

 ああ、もう。ホント、男連中はどこに居るんだろう。とにかく早く出会って安心したい。


 安心と言えば、さっきの部屋でトモが見た鏡はなんだったんだろう。

 悲鳴と同時に割れちゃったし、すっごく脅えてたからトモにその事は聞けそうにない。

 どうせ聞いても余計怖くなるだけだろうから、あたしは知らない方が良いかな。少なくとも、二人して動けなくなるのはまずいから、トモの前ではこの姿勢を貫かないといけない。

 不安や疲れは、一人で居る時や男連中と出会ってから吐き出せばいいんだ。


 とりあえず、さっきのは少し慎重さが足りなかったかな。いや、さっきの事を想像するなんて無理か。

 進んできてなんとなく空気が重くなってきている事は気付いていた。いやーな感じだ。

 ここからは部屋に入らず、外から眺めるだけに努めた方が良いんだろうか。

 ……いや、やっぱちゃんと調べないとダメだよね。ここまででも何個かあったけど、部屋と廊下は必ずしも繋がってない。つまり、もしそのドアの先が出口だったとするなら、あたし達は出口を知らんぷりして通り過ぎる事になる。

 当然だけど、それは避けないといけない。


 ここからの作業を考えると気が重くなる。思わずあたしはため息をついていた。

 大丈夫? とトモに聞かれたから、笑顔で返しておく。


 やる事は今までと変わらない。歩いて、部屋を見つけて、開けて中を確認する。

 ただ、今までより少し慎重に動くよう気を張る程度だ。

 でもやっぱり気を張るっていうのは疲れる。このなんとなく重い空気のせいで、迂闊に休む事もできそうにない。

 次第に疲労の色が濃くなってゆく。それををトモはしっかり見てくれていたようで、あたしは肩を叩かれて動きを止めさせられた。


「少し休んだ方が良いよ、私がちゃんと見張ってるから」

「そうさせて貰おうかなぁ。でも、いきなり悲鳴で起きるのはヤだよ?」

「うっ……がんばるよ……」


 この辺りの部屋の中は逆に危険だった気がしたから、あたしは座って柱に寄りかかる。トモも近くに立ってくれた。


「トモ、座ってなよ。無理して疲れること無いよ」

「う、うん。ごめんね、気を使わせちゃって」

「トモまで眠らなきゃ良いよ」


 そう言って、たじろぐトモを見てクスクス笑ってから、少しだけ目を閉じた。

 


 眠れたんだろうか、特にそういった感覚は無い。でもさっきよりは体が軽くなってる。

 あたしが動く音が聞こえたのか、トモがこっちを向いた。


「ちょっとしか時間経ってないけど、大丈夫?」

「うん、ありがと」


 立ち上がって、パンパンっと背中やパンツに付いてる埃を払う。トモもそれなりに元気そうだ。ガチガチに気を張っていたわけではないのだろう。

 さて、これからまたさっきと同じようにゆっくり進まないといけないわけだ。

 ちょっとブルーな気分で進んでいくと、嫌な臭いが鼻についた。多分臭いの原因は、この先のあの曲がり角の所だ。

 トモは既にしっかりとあたしの裾を掴んでいる。

 もう、こういった場所でこの吐きそうになるような臭いの原因と言えば、アレしかないもんね。


 そっちに行く道しかなかった。どうあっても、通らないと先には進めないっぽい。

 少し立ち止まっていたが、観念して先に進む事にした。

 ゆっくり、ゆっくり歩いてゆく。臭いは嫌だったからさっさと進みたかったけど、心の準備があろうが無かろうが、怖いもんは怖い。

 どこにどんな風に倒れているか判らない以上、いきなりガッチリ直視しないためにゆっくり眺めていくしか無い。


 で、やっぱり居た(・・)。それは両足を投げ出して、壁に寄りかかるように倒れていた。頭と片腕が無かった。

 本物か偽者か確認するまでも無い。これは本物だ。

 あたしはそれ以上見たくなくて、足元に視線を落とす。すると、何かノートの様な物が落ちている事に気付いた。

 ……嫌だなぁ、あれを見るのも嫌だけど、何よりいきなり動いたりしないよね? ホント頼むよ?

 心の底からそう念じて、あたしはノートをひったくるように取った。


 すぐにトモを連れてその場を離れる。死体が追ってくる事は無かった。当たり前だろって気持ちと、良かったって気持ちが重なって、もう何度目かわからないため息をついた。


 あたしとトモは、また近くの柱に身を潜めてノートを読んでみることにした。

 ノートは、さっきの誰かがこの館に入ってからつけていた手記の様な物だった。


◆---


 閉じ込められた。ドアが開かない。

 そのくせ、あいつらは気楽なもんだ。

 まあ、遅れて来るはずのヨウスケが居るから平気、と考えれば当たり前か。外側からは開くみたいだしな。

 と、言う訳で俺はノート役に徹しようと思う。



 ヨウスケがいつまで経っても来なかったので、俺達はこの館を探索する事にした。

 とは言え、特筆すべき点は無い。

 外から見るより大きいとは思ったし、変な部屋が多いなとは思ったがその程度だ。

 変とは、ドアが多く部屋から部屋へと繋がっていたりする部屋の事だ。



 なんだあいつは。

 ある程度この館を探索してないと逃げられなかった。

 うまいこと部屋に隠れてやり過ごす事が出来た。が、今思い出すだけでも恐ろしい。

 まだ、床を引き摺る音が耳に残っている。


 ……ここは殴り書きのようになっていた。



 この館は不可思議な現象が多い事に、今更気付かされた。

 元々探索なんてするべきじゃなかったんだ。

 そう言えば、結局ヨウスケはどうしたんだろう。

 今はとにかく一刻も早く、この館を出たい。



 またあいつが現れた。

 逃げている時、ケンジとはぐれた。



 何人もこの館で死んでいるらしい。

 奥に進めば進むほど、死体が散乱している。

 死体遺棄どころの騒ぎじゃない、これは明らかにおかしい。



 ケンジが死んでいた。


 ……文字は震えきっていた。



 未だに出口は見つからない。

 もしかして一階には無いのか。

 地下は見つけたが、暗くて入ることができなかった。

 もし地下からでないと出られないのであれば、危険だろうと戻って地下へ行くしかない。

 可能性は薄いが、二階以上に非常階段の様な物があるかもしれない。

 どうするべきか。



 いい加減にしてくれ、またあいつだ。

 目の前でサキが殺された。

 今逃げている。もし死んだら、これを読んでる人に言っておく。一階に出口は多分無い。


 ……ここも殴り書きになっていた。


◆---


 はっきり言って、読むべきじゃなかった。

 この手記が本当だとするなら、ここから先は考えるのも恐ろしいほどの死体遺棄現場になっているわけだ。

 しかも、この人は出口を見つけられなかったってオマケつき。

 それでも、もしかすると見逃していた可能性もあるから、あたしは一階をしっかり調べるべきだと思う。

 何より暗いって言うなら、あたし達も地下には行けないはずだし。


 だとすると探すべきは二階以上かな?

 いや、その前に男連中だ。これを見せて意見を聞けば、ハルタ辺りが良い提案をしてくれると思う。

 確信は出来ないけど、男連中は一階に居るだろう。あたし達と同じで、出口を探してるならまず一階を重点的に探すはずだ。


 なら、やる事は変わらないと思ったところで、ズリッ、ズリッと音が聞こえた。

 心臓が飛び出るかと思った。トモも同じようで、目を白黒させている。

 どうする、さっき読んだノートだと部屋に隠れてやり過ごしたとあった。

 ならばあたし達もそうしよう。トモの腕を掴んで、ドアへ向かって走る。


 結構離れているけど、定期的に聞こえる音が怖くて手が震えているのか、ドアのノブが回らない。

 ギッと奥歯を噛み締めて、無理やりノブを回した。入って、音を立てないように閉める。

 部屋の中を見回すと、一応死角になる場所がいくつかあった。

 トモには楽な姿勢を保てる場所を指差して隠してやり、あたしは立ったまま本棚の影に隠れた。


 ズリッ、ズリッと音が近くなるにつれて、あたしの心臓の音も大きくなる。

 どれだけ離れているんだろう。何故かこの音だけは離れていても大きく聞こえるような気がする。

 ただ、判る。段々と近づいている。

 さっき読んだノートせいで、余計怖い。あの音の正体は、サキって人を殺して、ノートを書いた人も殺したんだろう。

 足が震えている。ここからだとトモの姿は見えないが、きっとトモも震えているだろう。

 あたし達はただ無言、無音で、あいつが通り過ぎるのを待つだけ。

 でもとてつもなく長い時間に感じる。


 ズリッ、ズリッと規則的になっていた音は、多分、あたし達の隠れている部屋の前で、止まった。

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