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escape  作者: 紗凪 ケイ
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 大学のオカルト研究サークルのメンバーである俺達は、この日ある噂を元に洋館を探していた。

 曰く、「入れば生きて出られない洋館」だそうだ。

 サークルメンバーはその情報に尻込みしていたが、こういった情報は尾ひれが付く物だと誰もが知っていた。

 何より、生きて出られないならその情報はどこから来たんだと言いたいくらいだ。


 メンバーは元々そういった話が好きでこのサークルに入っているのだから、この噂の洋館を探すのに賛成の声は多かった。

 ただ、映画や話だけは好きだが、自分の足でそういった所に行くのはちょっと……と言うメンバーは留守番になった。

 嫌だと言っている人を連れまわすのは、はっきり言ってめんどくさい。


 結局、意気揚々と集まったメンバーは俺こと『コウ』、『ハルタ』、『ガンペイ』の男三人と、『トモ』、『アカネ』の女二人だ。

 それなりにサークルメンバーとして付き合いは長く、気心の知れた奴らだ。過去にも何回かこうやって噂のスポットに出向いて噂の原因を調査している。まぁ、調査とは言ってもその場所に関する簡単なレポートを書くだけだ。

 俺はメンバー内では好奇心が強すぎるらしい。ほぼ毎回、そういった噂から企画を立てるのは俺だ。

 ハルタは大体俺の暴走を止めたり、何か企画を立てると必要なものを見繕ってくれたりする。要するに、面倒見が良い奴だ。

 ガンペイは名前通り落ち着いた奴で、いつだったか俺が高速で逃げるような事態に遭遇した時、一人で原因を見つけてガハハと大声で笑っていた。

 トモは、多分アカネに付いて来たのだろう。自らこういった所に来るような性格ではない。アカネと友達だから、誘われれば来る。そんな女性だ。

 アカネは俺に近く、好奇心の塊のような存在だ。俺と違うのは、毎回トモをほぼ無理やりつれて来る事か。トモの方も別に嫌がっているわけでは無いそうだから良いのだろうが。


 さて、話によると、その洋館は最寄のバス停からしばらく歩いた森の中にあるらしい。

 確かに、森の中の洋館と聞くとそういった噂がいくら立ってもおかしくない。

 でも現実は、そういった場所というのは定期的に人の手が入る。主に浮浪者対策だったり、死体遺棄やらの早期発見のためだが。

 今まで行った心霊スポットもそういったのばかりで、浮浪者対策の見回りをしている人を幽霊か何かと勘違いした人が大々的に噂を流して色々と間違った心霊スポットが出来るわけだ。


 噂の洋館の周りにある森は結構大きく、コンパスを持っていかないと迷うと言われる程だった。

 勿論、コンパスはハルタが前もって用意しておいてくれた。

 感謝すると、ハルタはメガネをクイッと上げて、森って聞いたら準備しておくのは当然だろ、と言われた。ならきっと、遭難した時用のチョコレートなんかも持っているのだろう。

 森に入る前に、きちんと位置を確認してから入る。

 入ってしばらく歩いていたが、富士の樹海のようにコンパスがおかしくなるような事は無かった。これなら帰りも安心だ。


 が、問題が発生した。

 いつまで経っても、例の洋館が見つからないのだ。

 それなりに奥まった場所にあるとは聞いていたが、それにしては歩き過ぎている。


「もう二時間か」


 ガンペイが腕時計を眺めて呟いた。

 当然決して森をそのまま突っ切っているわけではない。きちんと道になっている場所を歩いているのだ。

 例の洋館も、当然人の出入りはあるはずだから、道の整備されていなかったとしても草や木はきちんと伐採されて、道路になっているはずなのだ。

 一応森を歩くという事で皆スニーカーやズボンなど動きやすい格好だったが、これだけ歩き続けると流石にしんどい。


「本当に、ただの噂だったんじゃないの? 洋館の存在自体さー」


 アカネがダルそうに言う。

 確かに、これだけ見つからないのは流石におかしい。全然話も聞かないような朽ちた廃墟ならまだしも、今回はきちんと形が残っている洋館だと聞いている。

 二時間歩いてきてるから、帰りもそれくらいは掛かるか……。

 アカネに頷き、俺が戻るかと言いかけた所でいきなり空に変化があった。


 確かに曇ってはいた。それでも、これは雨雲じゃないなと思えるようなうっすらとした雲だった。

 それが、いきなり雷を落とし大雨に変化したのだ。

 驚いたのは俺だけじゃなく、メンバー全員も目を見開いていた。意味が判らない、という風に。

 誰一人雨具を持っていなかったので、俺達は大急ぎで戻る事にした。


 途中、更に驚かされる事になる。

 あったのだ、例の洋館が。

 突然の大雨、雨宿り、無かったはずの古い洋館。このシチュエーションはホラー冥利に尽きると言った所だろう。


「ほ、本当に入るの?」

「ここで入らなきゃ濡れ鼠より酷い事になるわよ」

「行きに見つからなかったって事は、実は戻りにしか見つからない様にこっそり道が分岐していたのか?」


 トモ、アカネ、ハルタが口々に言って、洋館へ向かう。

 洋館は、本当に言うだけあって『古い洋館』そのものだった。

 入り口にはインターホンが無く、ドアノッカーのみ。

 確かこの森一帯は市が管理しているとかいう話を聞いたから、そのまま入ってしまっても問題は無いだろう。まぁ、鍵さえ掛かってなければだけどな。

 名目は雨宿り、目的は探索。って奴だ。

 

 さて、念のためドアノッカーをガンガン鳴らしてから少し待つ。

 そうだろうとは思っていたが、やはり誰も来なかった。なのでドアを軽く押してみる。

 ギッ、と立て付けが悪そうな音を立てて恐らく鉄で出来ているだろうドアは開いた。

 開けといてなんだが、まさか開くとは思わなかった。こういったいわゆる廃墟に近い場所というのは、普通なら南京錠なり直接鍵をかけるなりしておくものだ。


 やはりそれに気付いて訝しげな視線を送る二人。ハルタとトモだ。

 ハルタは、絶対に鍵が掛かっていると踏んでいたらしい。元々外周だけ見れればそれで良い、的な事を言ってたしな。

 トモは、このいかにもホラーなシチュエーションがかなり不安なようだった。


 先んじて俺が入る。続いて、アカネとガンペイが入った。


「本当に怖いならここで待ってても良いぞ」


 一応、そう言っておく。しかしこの雷雨と、随分森の奥まで来てしまったようで、夜に帰るのは危険だろう。ここで一泊する必要はあるかもしれない。

 ケータイは当然のように圏外だった。どっちにしろ、タクシーやら呼べるほど広い道じゃないから意味無いか。

 結局、ハルタもトモは少し悩んだ後、仕方なく館の中へ入る事にした。



 館は多少古ぼけているものの、そこまで汚いわけではなかった。

 寝転ぶには埃っぽ過ぎるカーペットと、何かぶつかったのか少し欠けている壁。入り口は多分に漏れず、大広間だった。

 見える限りだと左右に廊下と、左右に分かれている階段の下に一つずつ廊下がある。中央の廊下は、多分中で繋がってるのかな。

 外から見た時は三階の窓もあったように見えたが、大広間から登れるのは二階までのようだ。どこか別の場所に三階への階段があるのか。

 もしかすると、地下もあるかもしれない。


 なんとなく俺がワクワクしていると、ガンペイが入り口近くにある暖炉を指差した。


「このままだと風邪をひきそうだな。その暖炉使えないか?」


 古い暖炉って聞くと、途中で壊れてたりしてそうで怖いんだよなぁ。

 幸い、薪はしっかり乾いたまま暖炉の隣に積んである。

 その光景に若干の不安を覚えつつ、ハルタに声をかけた。


「ハル、レポート用の濡れてない紙あるか?」

「ああ、ちょっと待っててくれ」


 ハルタのリュックサックは防水加工がされているようで、中身はほぼ無事のようだった。

 紙を数枚受け取り、ポケットからオイルライターを取り出して火をつける。

 それをそのまま薪の中へ。

 暫く燻っていたので心配だったが、無事に火は着き暖炉から煙も漏っていない、一安心だ。


 しばらく五人固まって服を乾かしながらこれからの予定を考える。

 外は相変わらずの雷雨、とてもじゃないがこれで森を抜けるのは辛いだろう。第一、そのまま帰った場合持ってきた荷物なんかも全部ずぶ濡れだ。

 時間的にもそろそろ日が落ちるし、今日はここで一泊決定だな。

 そう思った時、もの凄い違和感に襲われた。

 洋館に入った瞬間に気付くべきだった。

 俺は多分この時、もの凄い冷や汗を流していたと思う。


「ん、コウどうした?」


 一番それに気付きそうなハルタは、俺がいきなり立ったのを見て暢気にそんな事を訊いた。

 俺はそれに答えず、駆け足で入り口のドアへと向かう。


「どうしたんだよ!」


 ハルタはもしかすると気付いているから暢気に構えていられるのかもしれない。……いや、そんなはずは無い。


「なんで電気がついてんだ!?」

「そりゃお前、掃除されてないみたいだが、人が住んでるんじゃないのか?」


 暖炉の前に座ったまま、落ち着き払ったガンペイの言葉に俺は納得しかけ立ち止まった。

 そうだよな、こんなに汚れてるからって人が住んでないとは限らない、と。

 でも違う、おかしいんだ。

 大広間を照らすシャンデリアは、煌々としていた。

 聞いた所だと、森は(・・)市が管理している、と言う話だった。それなら、この館は?

 確か聞いた人は洋館の話になると言葉を濁していた気がする、館なんか存在しない、ぐらい言っていたかもしれない。

 でもおかしい、こんな大きな屋敷を市などに知られずに造れるはずがない。それに、知られて無いならまず電気は通っていない。

 なら、市が管理しているから? そんなはずは無い。市が管理しているなら、なおさら電気は通っていないはずだ。


「ガンペイ違う、明らかにおかしいんだ、どうあっても電気が点く事はない!」


 その言葉に、やっとハルタが気付いたのか蒼い顔をして立ち上がる。

 少し離れていたので俺には聞こえなかったが、ぶつぶつ呟くと他の皆も戦慄の表情で立ち上がった。おそらく、俺が想像した事を口にしたのだろう。

 俺はそれを見てからすぐに入り口へ向かう。

 

 入り口に着いたときには遅かった。

 押しても、引いても、一番力のあるガンペイがどうやっても、一向に扉は開かなかった。

 開ける時は簡単に開いたはずだ。それも、押して。ならば引けば簡単に開くはずだ。

 しかし、開かない。どう引いても、本当に扉だったのか怪しくなるほどそれは堅く閉ざされていた。


 『入ったら生きて出られない館』そんな言葉が脳裏をよぎる。

 とりあえず、こんな時は深呼吸だ。まず落ち着く必要がある。


「は、入ったら出られないって……」

「そんなハズ無いでしょ!」


 トモに対してアカネは叫んだ。

 ビクッと身を固めるトモに対して、アカネは片手を上げてゴメン、と呟いた。


 さて、とは言うものの扉は開かない。

 出られない、という噂が立ったのはきっとこの扉の所為だと俺は思う。

 どこか別の出口があるはずだ。そうでなければ、あの噂が立つわけがない。オカルトサークルに入っておきながら言うのはなんだが、死人はものを語れないのだから。

 とは言え、説明のつかない事が多々ある。

 まず、いつこの扉が閉まったのか、という点だ。

 俺達が入った時には開いていた。いや、開けたままにしておいた。洋館の噂が怖いと言っていたトモとハルタの為だ。

 扉を閉めたら開かなくなりました、と言うのは、過去色々なホラー映画で見た事がある。

 時間差で自動的に閉まる扉なのか、あるいは……。


 それに、電気が使えているという点だ。

 あのシャンデリアの光は電気だろう。少なくとも、蝋燭(ろうそく)ではない。

 電気がついているという事は、人が住んでいるという可能性の方が高い。

 しかし本当に電気なのだろうか。

 少なくとも、電柱や電灯はこの辺りでは見なかった気がする。

 地中に電柱を埋めてあるという可能性もゼロでは無いが、限りなく可能性としては薄いだろう。

 つまり、やっぱりこれも不可解な現象の可能性が高い事になる。


「噂っていうのは、『誰か』が広めないと成り立たない」

「……だろうな」

「つまり、ここが開かないとなればどこかに別の出口があるはずだ」

「じゃあなに? その別の出口を探すワケ?」

「怖いよ……」


 全員の意見は、ほぼ一致していた。

 考えていた事も恐らく近かったのだろう。

 

 そして、考えうる最悪の状況についても。

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