村人Aと花売りの少女
「ねぇ、アリサ。何であんなこと言ったの?」
寮官の先生に案内され学生寮の一室に入ると、今まで黙っていたフローゼが口を開いた。
「あんなこと」とは何の事だと思ったが次に続いた言葉で理解した。
「私、アリサが居ればいいのに。アリサも・・・そう、でしょ?」
「あぁ」
ルサルカの事か。
フローゼは気にいらなかったのだろうか。
「ルサルカの事は嫌いですか?」
「…そうじゃないけど、私…アリサと二人っきりの方がいい」
二人っきり。
それは何だかさびしい気がする。
生涯ぼっちだった私としては、友は多い方が望ましく思うが。
「友達が多い方が楽しいですよ?」
「それは…そうなんだけど」
フローゼは違うのだろうか。
口ごもると、じっと上目で私をみつめる。
「どんなに友達が出来ても、私にとってフローゼは大切な人で。…どんな時でも私が助けます」
「……うん」
肯定はしているが元気がない。
いささか不服のようだ。
なにが、フローゼを不安にさせているのか。
◆◇◆◇◆
フローゼはご機嫌斜めだ。
理性と感情の狭間でプンスカしている。
しばらく放っておいてほしいと言われ行く当てもなく、とりあえず街を探索してみることにした。
城下町に来たことは数回しかない。
年に一度の収穫後、余った作物を売りに来る時ぐらいだ。
村より此処のほうが高く売れるし。
私は誰にも見られないように学生寮を出る。
此処の寮は基本外出禁止で、外出時は寮官及びそれに類ずる者の許可が必要だ。
「相も変わらず賑やか」
夕暮れ時というのに人の喧騒が止むことは無い。
「お兄ちゃん」
声に目を向けると、花を詰めたかごを持った少女が私を見上げていた。
「花、買いませんか?」
花売りか。
花と言えば前回は失敗してしまったけど、今回なら。
散財は良くないけど少しならいいかな。
「ん。おいくら?」
「えっと、あの・・・」
その瞬間、少女の殺気が膨れ上がるのを感じた。
「有り金全部」
少女の手にはナイフが握られている。
花の中に隠されていたものだ。
殺意の殺し方が上手いな。
気が付けば少年少女に囲まれている。
孤児、か。
これも、貴族主義の弊害なのだろう。
「下手に、動かないで。素直に渡せば命までは取らないわ。嘘は駄目よ。お金を持っているのは分かってるんだから」
確かにこの服装はお金を持っていそうに見える。
端から見たら何処ぞのボンボンだろう。
そんな私にナイフを突き付ける少女は黒く濁った瞳で私を見据えていた。
過酷な環境に生きる子どもは時に大人より強かだ。
奪わなければ生きられない。
それは理解は出来る。
出来るが、今回は些か相手が悪かった。
先達として少し、教育をしてあげよう。
「何が可笑しいの」
「いえ。少し昔を思い出して。遠慮すると、怪我をするかもしれないよ?」
外見に口調が釣られる。
此ではまるで軽い男の様だなと他人のように思った。
「ふ、ふざけないで!」
直線的な動き。
少し挑発しただけで冷静に行動が出来なくなる。
武に少しでも心得のある人間には通用しないだろう。
きっと今まで生きてこられたのは運が良かっただけ。
守るものがいない世界というのはそういうものだ。
私は一斉に襲いかかる子どもたちを捌ききる。
うむ。中でもこの少女の拳筋は悪くない。
この世界は気骨のある女児の方が多いのか?
少し楽しくなってきた。
光る原石を見つけるのは武芸者にとって宝を見付けることに等しい。
「な、何で!?」
きっと、相手はきっと幽霊とでも相手にしているように感じるだろう。
視覚的に当たっているのに触れられない。
翠華・参勁
木の葉のように実を逃がしていく。
多対一の状況を利用して同士討ちを誘う。
乱戦に成ればなるほど私は虚となっていった。
私が手を出すまでもない。
1時間ほどしただろうか。
いや、実際は数分かも知れない。
それほどに濃い時間だった。
それなりに夢中になった。
他の子どもは途中で逃げて、残ったのは最初の少女だけだった。
息も絶え絶えで死に体で横になっている。
仲間を、それも女の子を見捨てて逃げるなんて。
後で懲らしめよう。
「はぁはぁはぁ・・・。バケモノ」
「うん。でも、人から何かを奪うのだからバケモノくらいの見分けくらいつけられないと。今回のバケモノが私で良かったね。命だけは助かるから」
「・・・命だけは?これ以上私から何を奪うの・・・何もかも奪われて。何も持ってないのに」
「ん、安心して」
「何を・・・するつもり」
近付いてくる私に警戒するが、逃げられないと思い直すと力を抜いて私を睨み付ける。
私はそれを無視して、少女の胸元に鼻をつけ息を吸い込んだ。
「な、なんなの!ガキの癖に襲うつもり!?」
真っ赤になって少女は叫ぶ。
気丈に振る舞っていたけど、狼狽えて、いるのか?
数日間同じ服を着ているのだろう。
人の濃い臭いが鼻腔を刺激した。
だけど此で覚えた。
この街にいれば見付けられるだろう。
私は顔を離すと散らばっていた潰れていないまだ綺麗な花を拾っていく。
それから少女手を引いて上半身を起こさせると、ポケットから数枚の銀貨を取り出し、それを渡した。
お花の代金だ。
「え、?」
「またね」
次はどうして鍛えようか。
そんなことを考えながら反転して背を向けた。
手の中の青い花の香りを感じながら私はため息をつく。
・・・フローゼまだ怒ってるかな?
◆◇◆◇◆【視点変更:アリサ→ラナ】(2014/3/24結合)
私の名前はラナ。
姓は知らない。
物心付いた頃からここにいる。
社会のごみ溜めと呼ばれる場所に。
奪わなければ生きられない。
犯罪が横行する、この世界でそれが私たちの日常だった。なっめ?ねもなみねと?そんなある日、一人の少年に出会った。
綺麗な服を着てこんな所でふらふらと歩いている。
羨ましい。
妬ましい。
私が近付いても少年は私に警戒を抱く事はない。
私はカモだと思った。
しかし違った。
のうのうと生きてきたように見えたその内は、私達を遥かに凌駕した化け物だった。
路傍の虫に警戒を抱かないのと同じように、少年にとって私たちはとるに足らない存在だったのだ。
十数人で攻撃して要るのに、攻撃を当てるどころか触る事さえ叶わない。
本当に相手はここに要るのだろうかと言う錯覚に陥っていく。
仲間達の放つ攻撃はすり抜け私達に向けた刃となる。
少年に恐怖し、1人また1人と逃げ出していく。
気が付けば回りには私しか居なかった。
地面を背にして空を仰ぐ。
完敗だ。
結局一度も触れられず、攻撃をさせる事もなかった。
何故この世界はこんなにも不公平なのだろう。
少年は力も平穏も私にないモノをみんな持っている。
この世を弱者と強者の二つに別けたのなら少年はまさしく強者だった。
少年が近付いてくる。
だけど、もう何も抵抗する力は残っていない。
殺されるだろうか?
売られるだろうか?
負けた人間がどうなるかなんて何度も見てきた。
緊張で体が強張る。
しかし、近づいてきた少年の行動は私にとって予想外のものだった。
綺麗に整った少年の顔が近付いてくる。
そのまま私の胸に顔を押し付けると、鼻を鳴らし匂いを嗅いだ。
かぁっと顔が赤くなるのを感じる。
ーこのまま襲われるのだろうか?
ー何日も着替えて居ないからとても匂うのではないか?
ーそもそも、何でこんな綺麗な少年が私みたいな孤児を?
そういった考えが頭の中を渦巻き混乱する。
だけど、少年は何もせずに私から離れた。
肩透かしを食らった気分。
期待した私が馬鹿みたいだ。
・・・期待?
私はいったい何を期待したのだろうか。
そんな私の混乱を他所に彼は散らばっている花を拾い集めていた。
束となるくらいに集めると彼は私に近付き私の手をとり、そっと上体を起こし上げる。
されるがままの私。
彼は私に何かを渡すと、微笑んで立ち去った。
握っていた手のひらを開くと中に納まる数枚の銀貨。
仲間は皆逃げてしまったし、分ける必用はない。
此で暫くは何とかなる。
成果としては上々のハズだ。
なのに去っていく彼の背中を見ていると謎の喪失感が拭いされない。
苦しいほどに胸が高鳴る。
◆◇◆◇◆
それから、少年は定期的に私の元にやって来るようになった。
名はアリサと言う。
何処かのお嬢様の使用人をやっているそうだ。
不思議な事に私が何処に居てもアリサは同じような時間にやって来る。
魔術だろうか。
聞いてみたら
『ラナの居場所なら離れていたってすぐに分かる』
と恥ずかしい台詞を臆面もなくを言ってのけた。
私の意思とは関係無く心臓の脈動が早まる。
最近こうなる事が多い。
病気だったら嫌だな。
「今日は何の用?」
「ラナ、付いてきて」
素っ気なく返事を返してもまるで気にする様子はない。
アリサは柔和な外見とは裏腹に意外と強引だ。
本当なら他人を信じることは愚かな事だと思う。
だけど、私が信じようが信じまいが関係無い程の実力差がある。
私が幾ら警戒しようとも、アリサが私を殺そうと思えばいつでも殺せるのだ。
これはきっと天災のようなもの。
アリサが私を害そうと一緒に居るのならそれは私の運が悪かったということ。
だから私はアリサに付いていくことにした。
どの道私は、アリサに負けているのだ。
今は彼に逆らおうとは思わなかった。
結果からいえば、それは正しかったと思う。
アリサと出会ってから私の生活はガラリと変わった。
まずは住む場所が出来たこと。
突然、王都の端にあった、空き屋敷が改築され、孤児院になったのだ。
アリサが何かしてくれた、と考えるのは都合がよすぎるだろうか?
衣食も安定した。
服はいかにもな安物で食事も1日2食の簡素なモノだけど、命懸けでその日暮らしの食事を探す事も無くなった。
数日前までは考えられないことだ。
「ここら辺にで良いかな」
「今日は何をするんですか?」
「反響定位を教えます」
「エコー……」
「反響定位です。反響を利用して周囲の環境を把握することです。コレが出来るようになれば暗闇等の視覚が使えない状況でも、十分に行動出来ます」
すぐに気付いたことだけど、アリサは想像以上に博識。
知らないことは無いのでは?と思ってしまうほどに。
何故わざわざ私の元に来るのか以前聞いた時、
『ラナは力が欲しいのでしょう?特別に私の業を教えてあげます』
と言っていた。
私の事を気に入ったから、らしいが本当の所は分からない。
単なる暇潰しかもしれない。
だけど私に断る理由は無かった。
アリサの言う通り何よりも力を渇望していたのだから。
私はアリサがくれる者を一つとして漏らさぬよう全力で考える。
正直、アリサの言う事は難しすぎて理解が追い付かない。
けれど、彼の言う事は全て私の力になるのだ。
「分かりにくいですか?」
「え、いや」
「遠慮することはありません。実際に見せた方が良いかもしれませんね」
そう言うとアリサはポケットから長い布を取りだし目隠しをする。
私が何をするのかと、ジッと見守っていると辺りを舌で打ったような渇いた音が響いた。
次の瞬間、アリサは何の躊躇いもなく飛び出した。
まるで、見えているかの様に石や樹等の障害物を交わしながら地面を蹴っていく。
大体500m行った所で止まると目隠しを外し、戻ってくる。
「このような感じです」
どのような感じだろうか。
アリサの事を知れば知るほど底が見えなくなる。
「今のは音で行いました。この世界には魔力と言うものがあり、そちらでも可能なのですが、先ずは音で感覚をつかんでみるのが良いかもしれません」
そう言いながら布で私を目隠ししていく。
見えないということは、意外と恐ろしい。
トクン、トクンと心臓の鼓動を感じる。
それが余計に私を不安にさせた。
「その状態に慣れて下さい。私の方に歩いてみてください」
暗闇からアリサの声が染み渡っていく。
不安が和らぐ。
「生き物は意外と気配を発しているものでしょう?」
「……うん」
「では、さっき私がやったように舌で音を鳴らしながら障害物を探って見てください」
私はアリサを感じながら神経を研ぎ澄ます。
………分かんない。
◆◇◆◇◆
「あ、」
何回か転びながらも、アリサの元へたどり着いた。
フワッと包み込み甘い匂いが鼻孔を擽る。
抱きしめられた?
「お疲れ」
アリサは労いの言葉と共に目を覆っていた布を外してくれた。
至近距離から映ったアリサの顔に頭が熱くなる。
私の頭をフワリと撫でるとスゥっと身体を引き離した。
「じゃあ、またね。ラナ」
そう言って迷うことなく立ち去る。
少しくらい後ろ髪を引いてくれてもいいのに。
私はアリサほど強くは無い。
別れを惜しむことくらいはある。
次、来るのは何時になるだろう。
いつの間にか、アリサが来る日を指折り数える自分に気づく。
………変わっているのだろうか。
私は。
アリサの業の~勁ですが、強化している部位です。
七勁は全体。参勁は下半身です。
※2014/3/24文章結合