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村人Aと切り裂き魔

「近くの街に切り裂き魔が出ているらしいの」


「切り裂き魔、ですか?」


「そうなの。アリサは可愛いのだから気を付けないと襲われちゃうわよ?」


ある日の母の会話。

切り裂き魔。

心踊る響きだ。

腕が疼く。

戦いたい。

剣の道は、己の心も高めなければならない。

剣のみ高めれば、それに溺れ今の話のような切り裂き魔などに堕ちる。

前世でも道を外れた剣徒と幾度となくやり合ったが、彼等には彼等の念があり、剣の道を歩んできただけの力があった。

あぁ、戦いたい。

血が沸く。

いや戦いの血はきっと流れていない。

この場合は、魂が沸く、か。

どちらでもいい。

剛の者が近くに居るかも知れないのだ。

獣もいいが、やはり高めてきたであろう剣ともやり合ってみたい。


(ちょっとなら良いよね)


誘惑には勝てなかった。





◆◇◆◇◆





村の武器庫から、気付かれないように小さなレイピアを借りた。

あの程度の鍵なら簡単だ。

本当は曲剣が欲しかったが小さな私が持てる剣があっただけでも運が良かった。




両親の話から毎晩彷徨いて数日が過ぎた。

が未だに合うことは叶わない。

だけど、今夜は。


きっと来るだろう。


そんな確かな予感に心が高鳴る。

これではまるで恋い焦がれる乙女だ。


風邪が凪いだ。

張り詰めた空気が私の五感を刺激する。

この痺れるような、久しい感覚が堪らない。


「今晩は。切り裂き魔さん。良い夜ね」


「少女・・・」


音もなく、男は直剣を抜く。

言葉は無粋。

私もレイピアを引いた。


私の頬の横を刃が通り抜ける。

良い突きだ。

迷いの無い真っ直ぐな剣。

鼓舞する筋肉が伝わってくる。

薙ぎ、突き、突き。

受けては、いけない。

レイピアの細い刀身では、たちまち折れてしまうだろう。

ギリギリで避け、時には流していく。


(良い腕だけど)


それだけだった。

もののふには及ばない。

リズムを少しずつ、ずらしていく。

それだけで、隙は出来る。


「付き合ってくれたお礼に、剣技の一端をお見せしましょう」


「ッ、なめるなぁ!」


今まで一番速い剣。

男の渾身の一撃だろう。


「ふっ」


音も光りすら置き去りにしてきた。

たかが一刀、されど一刀。

音も無粋。光りも無粋。

ただ、結果だけを感じて欲しい。

前世での私人生とも言える一刀だ。


直剣が切り落ちる。

折ったのではない、切ったのだ。

なめらかな断面がその常識はずれの技を物語っていた。


「ありがとう。お休みなさい」


男が、声を上げることはない。

私は血の一滴もついていない、刀身を倒れた男の脇に刺す。

傷の一つ無い刺突剣が地面から真っ直ぐ伸びる。

銀色の刀身が月光を反射させ死者の魂を静める。

然り気無い墓標。せめてもの手向け。


「私と戦った事、あの世で自慢すると良い」


さて、戻るとしよう。

私の日常に。

私はたぎる瞳をとじる。

何時もの私へともどる儀式だ。

魂が鎮まるのを感じる。


切り替わる。

うん。

まだ、いつもの私でいられる。





◆◇◆◇◆(2014/2/2結合)





切り裂き魔の事件から数日が経った。

世間は魔王の出現にアワワワワ。

勇者選抜、軍備強化、それに伴う税の徴収。

ま、一介の農家の娘には関係の無い話だ。

生活は苦しく成るだろうがお母様だけならどうとでも成る。

今日も頑張ってお仕事だ。


(・・・・・・・)


・・・。

・・・魔王強いかな?

魔族の王という位なのだから強いのだろう。

いやいや、駄目だ。

一日や其処らで行けるものじゃないだろう。

魔王がもののふであればいずれ刃を交える機会もあるだろう。


「アリサお姉ちゃん!!」


「ん?マリィちゃん。こんにちは」


農具の手入れをしていた私に近づいてくる小さな影。

一直線に私に向かってくると一気に私の胸に飛び込んだ。


「うん~♪お姉ちゃん!」


私の胸の中にうずくまると、気持ち良さそうに頬擦りする。

この少女は村の子どもで、マリィちゃんと言う。

私になついてくれるので可愛い。

妹みたいな存在だ。


「どうしたの?マリィちゃん」


「あのね。お姉ちゃんに会いに来たの。お姉ちゃん、お仕事中?手伝ってもいい?」


「うん。ありがと」


「えへへ」


私が撫でるとはにかんだように笑う。

マリィちゃんは体を反転させるとここが自分の指定席と言うかのように私の膝の上に座った。

ご機嫌に歌う歌に私も合わせて、歌詞はわからないからメロディだけを口ずさんでみる。

歌なんて、と前世では思っていたが以外といいものかもしれない。

時折見上げてくるマリィちゃんと目があってはなんとも言えないむず痒さと心地よい暖かさがが込み上げてくる。




パン、パン、パン、パン。


歌の伏しに入った頃拍手の音が近づいてきた。


「とても良い声だったぜ」


染み1つ無いキレイな服を着た、男が近づいてくる。

年は17つほどだろうか。

この村で初めて見たキレイな銀髪だ。


「いやぁ。こんな糞みたいな場所に来て、俺ってなんて不幸って思いきや、こんな可愛らしい歌い手さんに出会えるなんてね」


「貴方、誰?」


「お姉、ちゃん?」


自分の好きな村を悪く言われ、感情が声に出てしまったようだ。

我ながら未熟者だ。


「俺か?俺はただの宮廷魔術師だ。所謂役人って奴だな。

どこぞの糞がこんな辺境で第一級指名手配犯を殺したせいで派遣されたンだよ。

切り裂き魔もこんな所に何しに来たんだか。まぁ、殺した奴、分かンねぇから懸賞金節約になるし、

お前みたいのも見つけたから悪いことばっかじゃねぇな」


第一級指名手配、切り裂き魔・・・。

何処かで聞いたな。

あぁ、アレか。


「そんなこと、どうでも良いんだ」


どうでも良いのか。

だったら、何しに来たんだ。

早く帰れ。


「俺の嫁になれよ」


クイッと顎を上げられる。

うざい。

危ない。

反射的に殺してしまいそうになった。

目の前の軟派者の見てくれは悪くは無いが、前世の記憶のせいかどうにも男を恋愛対象として見れない。

こんなことされても気持ち悪いだけだ。


「おー、おー。睨んだ顔も良いじゃねぇか」


「ダメー!!」


「うぐふっ!!」


マリィちゃんの頂心肘(チョウシンチュウ)で吹き飛ぶ男。

よわ。

教えたの私だけども。


「ガキぃ。テメェやるな。腰の入った良い拳だったぜ」


あたったのは(ひじ)だろうが。

足が震えてるぞ。


「お姉ちゃん、いじめちゃダメなんだから!!」


両手を大にして広げるマリィちゃん。

頼もしい。


「ふ、お譲ちゃんに免じて今日のところは諦めてやる」


そう言って猫背に去っていくその背中には哀愁があった。

本当に何しに来たんだ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


宮廷魔術師と大層な肩書きを持っていたが、先日の切り裂き魔の方がまだ気骨があった。

面白い人間ではあったなと、少しは思ったけど。


「ん、大丈夫。ありがとう、マリィちゃん」


「あのね、私がお姉ちゃんと結婚するの。それでね、お姉ちゃんのコトずっと守る!」


今日だけで、2回も求婚されてしまった。

前者と後者では比べるべくもないが。

子どもの求婚と言うのは、きっと愛情表現の1つだ。

本質は理解していない。

なんて愛らしいことか。

こう言うのは、数年もすれば時効になってしまうけど、素直に嬉しい。


「うん、有り難う。頼もしいね」


「ほんとだよ。もっと強くなるから」


期待しないで待ってるよ、と、そういう意味を込めて抱き締めた。

マリィちゃんは目を細めて、より深くまで顔をうずめた。






2014/2/22話と3話結合

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