剣豪が村人Aに転生しました
剣に生きて剣に死んだ筈だった。
だが人生は奇なもので未だ心の臓は動き続けている。
ただ、肉体は以前のそれとは比べるべくも無いが。
腕は細く硬い筋肉の鎧で覆われていた身体は柔らかく、何より性別が違った。
私の前世の記憶は最初からあった訳ではない。
四歳になった頃から記憶の違和感が大きくなり、五歳になる頃には違和感が前世の記憶のそれと確立した。
私は私であり、『アリサ・メタノイア』の人格をベースに前世の記憶が知識として合わさっているような感じだ。
幸か不幸かそのせいで、女子としての生活に違和感は無い。
其に、前世の剣しかなかった、私とは違い他のものにも価値を見いだせるようなった。
だけど、剣も前世の私の全てだったせいもあって、私のなかの大部分を締めてしまっている。
時々、男児がチャンバラをやっているのを見ては腕が疼いてしまうのは仕方のない事だろう。
再び剣豪として生きてみたくもあるが、私の家は普通の農民。
精一杯の愛を注いでくれる母親を悲しませたくはない。
この事は胸の奥にしまい、今しばらくは普通の生活に身を置くのも良いだろうと思った。
◆◇◆◇◆
私の朝は早い。
お母様よりも早くに起きて、日が上る頃川に水汲みに行く。
井戸が無いので仕方がないがここでは、川まで水汲みに行くのが一般的だ。
一キロ程離れた川まで大体三往復。
良い足腰の訓練になる。
女子の為、最初はお母様も渋っていた。
だが、一生懸命に頼んだ甲斐があり任される事になった。
一往復目の帰り道辺りで教会の神父さんが起きる。
外に出た神父さんとの会話は日課だ。
前世で神を微塵にも信じて居なかった私でもなかなか興味深い。
「おはようございます。神父様」
私は汲んでいた水瓶を下ろすと、丁寧に腰を折り挨拶をした。
礼儀作法はそれなりに覚えはあるつもりだ。
ただ、下げたときに垂れる長髪はうっとおしいが、両親の頼みなので我慢している。
「おはよう、アリサさん。今日も流石に早いですね」
「いえ。日課に成ればそれが基準です。だから、私にとってこの時間が普通になってしまいました」
そう言って私は微笑んでみる。
こう見えても町一番の美少女だと思う。
自分で言うなと思うが、女性に疎かった前世の私の価値観でもそう思うのだからそうなのだろう。
「そうですか。だけど、それを続けられることは価値のある事だと思いますよ。万人が真似できる事ではありませんからね。尊敬に値します」
「あの、えっと。ありがとうございます」
「ふふ。困らせてしまいましたか。前途ある若者をいじめてはいけませんね。貴女に、神の御加護があることを祈っております」
「いえ、そんな。ありがとうございます」
「お仕事頑張ってくださいね」
「はい、神父様も」
簡単な会話をして、別れる。
二往復目でお母様が起きてくる。
「おはよう、アリサ」
「お母様、おはようございます」
「いつもありがとうね」
「いえ、自分から言ったことですから」
「アリサはいい子ね。もう少し甘えてもいいじゃない」
誉められて悪い気はしない。
顔が赤くなるのがわかる。
「後一回残ってますから」
最後の一汲みを終えた頃に朝食が出来る。
「お帰り、アリサ。お疲れ様」
「おはようございます。お母様。良い匂いです。疲れもとびます」
「ふふ。ありがとう、アリサ」
食卓に並べられた質素だが暖かい食事。
二人だけだけど幸せな時間だ。
食事が終わると、父の残した農地で畑仕事。
山菜を取りに行く。
これは、意外と前世の知識が役立つ。
林から降りると、領主の所の娘を見かけた。
私とは同年代の彼女は花を摘んでいるようだ。
母にプレゼントするのだろうか。
実に可愛らしい趣味だと思う。
「こんにちは、フローゼ様」
「あら、アリサ。ごきげんよう。何か用かしら?」
「いえ、フローゼ様をお見掛けしたのでお声をかけてみました。お花積みですか?綺麗ですね」
「貴女には関係無いわ。私、忙しいから。さようなら」
フローゼには何故か嫌われているみたいだ。
小さな村だから同年代も彼女しかいない。
もう少しお近づきになりたいのだが、残念だ。
また今度頑張ってみよう。
家に帰り、母と夕飯をつくる。
私がとってきた山菜がメインだ。
採ってきただけだが美味しいと褒められると嬉しい。
ついでに川に仕掛けてきた、罠には上手くいけば明日には魚が掛かっているだろう。
そうしたらきっともっと誉めて貰える。
明日が楽しみだ。
我ながら単純だと思うが仕方がない。
一応12歳の少女なのだ。
こんな毎日たが、幸せだ。
剣は時々でいいと思うのが今の自負の証拠なのだろう。
しまりの悪い終り方に成ってしまいました。
今後精進したいです。