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エピソード4 変化 <NaoTo Part>

昨日は、危なかった。


余りにも可憐かれんだったから、つい抱きしめてしまった。

今でも、柔らかな感触が この腕に残っている。

髪の匂い、肌の匂いが 脳に沁み着いたまま離れない。


華奢きゃしゃな身体、

涙に濡れた長い睫毛、

物憂ものうげな唇、

そして、始めて見せてくれた 愛くるしい表情、


「一緒に居て欲しい」と少女は言った。



あの時、僕の感情は確実に理性をオーバーシュートしていた。

全てを壊してでも、あの子を自分の物にしたいと感じてしまった。


実行しなかったのは…たまたま、運が良かっただけだ。



直人:「お兄ちゃん…か、」


僕にとって、朝比奈直子はどうしようもなく特別な存在である様な 気がする。


可愛い子、綺麗な子、それだけなら、コレ迄に何人も知り合って来た。 勿論、いずれも恋愛には至らなかったが、それは僕がそう言う気持ちに成れなかったからだ。


今や、僕は苦悩の渦の中で耐えている。

従妹いとことして、そして妹として護ってやらなければならない筈の少女を、どうしてコレ程迄に欲するのか。 6畳+ユニットバスの閉鎖空間の中で、僕は完全に行き場を失っていた。 まるで蛇に追いつめられた蛙の気分だ。


このままでは、確実に僕が 彼女を傷つける。

だから、僕は逃げようとしていたのだ。

無意識の内に、直子を遠ざけようとしていたのだ。



直人:「彼女でも作ろうかな。」


単に性欲のはけ口が必要なのだとしたら、嘘か本当か 隣のお姉さん?が相談に乗ってくれると言っている。 急変した生活環境への不安を慰めてくれる異性が欲しいのだとすれば、献身的な委員長がきっと力になってくれるだろう。


でも、僕は「朝比奈直子」が欲しくて堪らないのだ。

…全く困ったモノである。





時計のアラームが鳴る。

時計:「ピピピ…、」


…僕の、モノでは無い。

時計:「ピピピ…、」


そう言えば、昨日直子が「お弁当を作ってくれる」とか言っていたっけ、

時計:「ピピピ…、」


それにしても、何時まで経っても鳴り止まない。

もしかして 直子は「起きられない子?」なのだろうか…

時計:「ピピピ…、」



流石に、壁の薄いアパートで目覚まし放置@早朝は顰蹙ひんしゅくを買う…


時計:「ピピピ…、」



僕は意を決してロフトの階段を上がる。

時計:「ピピピ…、」



…昨日出来たばかりの妹は、 果たして熱にうなされていた。





直人:「済みません、こんな朝早くから。」


美人の管理人さんが 僕に解熱剤を手渡してくれた。

申し訳ない事に 彼女は 寝間着ねまきのままだった。



礼子:「良いのよ、気にしないで。 それにしても、三日目にしてダウンとはね、やっぱり引っ越しのストレスが原因かな。」


直人:「多分、髪を乾かさないで寝ちゃったからだと思います。 昨日の夜も鼻をすすってましたから。」


直人:「本当は病院に連れて行ってあげれば良いんですけど。」

礼子:「まあ、医者に行ってもクスリくれるだけよ。」


礼子:「お兄さんも感染うつされない様に気をつけなさいよ。 過度な接触は避ける様に…」

直人:「過度な、って…。」

礼子:「粘膜接触とか?」


直人:「し、失礼します…!」





それから、ご飯をお湯で炊いておかゆにする。 お塩を少々、



直子:「お兄ちゃんゴメンね。良いよ、後 自分でやるから。」


直人:「良いから寝てなって、クスリ飲んで、少しだけお腹に何か入れて、一日 大人しくしてるんだよ。」



直子:「ねえ、お兄ちゃん。」


可愛らしい妹が 甘えた声を出す。



直人:「な、に?」

直子:「今日、お兄ちゃんのお布団で寝てても良い?」


直人:「ええっ? なんで?」

直子:「イチイチ ロフトに上がるの、ちょっと面倒くさいかなって…。 駄目?」


…そう言う事なら、



直人:「良いよ。」

直子:「ありがと。」


直子:「お布団! お布団!」


…なんか、違う目的がありそうな気配、



直人:「お腹空いたら、お粥温め直して食べるんだよ。」

直子:「うん、分かった。」


熱でぼーっとした直子の顔が妙に色っぽい。


昨日から、何だかテンションが変だと思っていたが、この熱が原因だったのだろうか…、



直人:「先生には伝えておいてやるから。」

直子:「1Aの田中先生。」


直人:「じゃあ、行って来るね。」

直子:「まだ7時30分だよ、早く無い?」


靴を履く僕のシャツを直子が摘む。



直人:「学校行く前に、昨日バイト先で借りた自転車を返して来る。 今日はバイト休んで早く帰るから。」


直子:「お兄ちゃん、…早く帰って来てね。」

直人:「ああ、今日は僕がご飯作ってやるよ。」


直子:「えへへ、お兄ちゃん、作れんの?」


…やばい! パジャマ姿で微笑む妹、可愛すぎる!!

僕は思わずキスしそうになるのを 腹式呼吸して必死にこらえる。


直人:「い、行ってきます!!!」





黒の業務用自転車が 下りの坂道を疾走!

昨日の夜15分かかった道のりを、僅か5分で到着する。


駅前の踏切傍、商店街にあるお好み焼き屋「風町」、

勝手口の呼び鈴を押すと、二階の窓から仁美が顔をだした。



仁美:「お早う、早いね。」

直人:「実は、今日 妹が熱を出しちゃって。 昨日の今日で悪いんだけど、バイト休ませてもらえるかな。」


仁美の部屋着はピンクのTシャツにグレーのスウェットのジャージ。

…僕は思わず凝視してしまう。



仁美:「良いよ。 それワザワザ言いに来たの? 学校でも良かったのに。」

直人:「後、昨日借りた自転車返しに来た。 今日午後来れないから。」


仁美:「ずっと、使っててくれて良かったのに。 ちょっと待って、着替えるから、一緒に学校行こう。」


店の奥、暖簾のれんの先に厨房が有って、その先が4畳半位の和室に成っている。  妙に縦長な間取りの家だ。



仁美:「妹さん、どうしたの?」

直人:「実は、頭乾かさないで寝ちゃったら、風邪曳いたみたいなんだ。」

仁美:「あらま、大変。」


和室横の廊下から通じる階段を、仕事着の店長が降りて来る。



店長:「おお、直人クン、お早う。」

直人:「お早うございます。」


店長:「悪いね、寝起きの悪い娘を起こしに来てくれたのか。」

仁美:「それより朝ご飯ちゃんと食べたの?」


仁美は、余計な事を言うな…と、朝刊で父親の尻を叩く。



直人:「いや、まだ。」

仁美:「少し時間有るから、うちで食べて行きなさい。」


直人:「そんな、悪いから。」

仁美:「何 遠慮してんのよ。 早く上がって、」


和室のちゃぶ台に、温かいご飯とみそ汁、ほうれん草のおひたし、それと卵焼きが出て来る。



仁美:「食べてて、私 着替えて来るから。」


そう言えば、この家、おばさんを見かけないな…



二口目を口に運んだ所で、仁美が降りて来る。

…着替え、早!



仁美:「これ、歯ブラシ、 洗面所は廊下の奥だから。

…食べたら ちゃんと歯を磨くのよ。」


何だか、弟に成った気分…



仁美:「妹さんは、何ちゃんだっけ?」

直人:「直子。」


仁美:「直子ちゃんは ちゃんと食べてるの?」

直人:「お粥を置いて来た、後、知り合いのおばさんにお願いして来たから、多分大丈夫。」



仁美は 座敷の隅の仏壇に正座すると、お線香を一本立てて火をつける。

…それで「チーン!」


幼稚園くらいの男の子の写真が飾られている。



直人:「その子は…。」

仁美:「弟、もう10年以上前に死んじゃったんだけどね。」


仁美は 気にしてないよ、という風に笑って話す。

でも、そんな訳が無い事くらい、僕にも分かる。



悲しみは紛れたかも知れないけれど、思い出は何時迄も残るのだ。


生きているにせよ、死んでしまったにせよ、別れは心に変化を遺す。


きっと、今の僕の「無意識に前向きであろうとする性格」も 突然居なくなってしまった母がくれたモノに違いなかった。



直人:「僕も、お参りしても良いかな?」

仁美:「有難う、…。」


ちょっとだけ涙ぐんだ仁美に 気付かない振りをして、僕は仏壇の前で手を合わせて黙祷する。





始業前、職員室の田中先生を訪ねる。

…厳しそうな、ちょっと男前の数学教師。



田中:「君は、朝比奈さんとはどういう関係なんだ。」

直人:「従妹いとこです。 僕の母親の妹が、朝比奈さんのお母さんで、」


田中:「そうか、彼女の連絡先が分からなくって困っていたんだ。 電話番号とか、彼女の連絡先を知らないか。」


直人:「僕らの面倒を見てくれている中川さんって言う方の連絡先がこちらです。」


メモ紙に礼子さんの電話番号を書き写す。



田中:「ふーん、

…ところで、君たちのご両親は、どうされているの。」


直人:「僕も、朝比奈さんも、父親は仕事の関係で今 チリに行っていて不在です。 その間 僕達は、父の友人の中川さんの家に厄介になっています。 二人とも、母は居ません。」


一つも、嘘は言っていない。

まさか6畳一間で直子と同棲しているなんて事は、恐ろしくて言えない…



田中:「そうか、分かった。

…先生が力になれる事が有れば 何でも言ってくれ。」





仁美:「直人、私帰りに直人んちに行って、夕飯作って上げるよ。」


もしかしたら…とは思っていたが やはりこう言う展開が訪れる。



直人:「流石に、それは遠慮するよ。 妹も、吃驚びっくりするだろうし。…うち、狭いし。」


まさか、兄妹という設定だったとしても、6畳一間で同棲していると言うのは、幾らなんでも刺激が強すぎるだろう。



仁美:「でも、直人の妹って事は、私にとっても妹みたいなもんじゃない?」


…どうして? なんで、そうなる??



直人:「いやいやいや、うちの妹 人見知り激しいから、」

直人:「できれば、又元気な時にでも…」



仁美:「まあ、そうね、初対面が病気のお見舞いってのも 後々ね、」


…だから、後々、何なんだ!!!


成る程、このノリでお節介を焼き続けると、確かにウザがられるかも知れないな…と、改めて実感する。



仁美:「でも、私には遠慮しないでよ。 分かった?」

直人:「仁美には感謝してるよ。」


うっ…、ついうっかり、下の名前で呼び捨てにしてしまった。


チラ見した仁美の顔は、ちょっと困ってる? 赤くなってる?



仁美:「わ、分かれば 良いのよ。」


二足歩行ロボットよりもギクシャクした動作で仁美が教室を出て行く…




辰也:「転校二日目にして、お前達 夫婦みたいだな。」


うっ、シャレになってない。



辰也:「でも、相手が森口って処がちょっと残念だったな。」

直人:「どういう事?」


辰也:「あいつスタイルはそれなりだけど、顔は地味子だし性格は粘着質だしな。 それにちょっとストーカーっぽくて怖い。」


…えらい言われようだな。



辰也:「どうせストーカーされるんなら、今度1年に転校して来た長髪の女の子の方が良いな。」


直人:「えっ、1年に転校して来た子って?」


辰也:「ああ、お前知らなかったのか? 昨日結構な騒ぎになってたの。」


辰巳は、うっとりした様に 思い出しニヤケ笑いする…



辰也:「長髪で、背は小さくって、目は大きくって、オーラ発してるっていうか、粒子振り撒いてるっていうか、そんじょそこらのアイドルぶっちぎりって位可愛い。 ていうか、きっとどっかの芸能事務所に所属してる本物のアイドルなんだろうな。 ああ言う子に付きまとわれるんなら、俺、人生捨てても良いかも…、」


…はあ、よく分かるよ、その気持ち。

…うちにも一人居るんだ、そう言う子。





スーパー「イチカワ」で買った晩ご飯の食材と

ホームセンター「タカヨシ」で買ったドライヤーを持って坂を上る。


病人に食べ易くて、栄養も摂れるとなると、鍋焼きうどんだよな。



直人:「上手く作れると良いんだけど。」


どんな顔して食べてくれるだろう

…少し楽しみ、



直人:「ただ今!」


返事が無い、 …寝てるのかな?


僕は布団にくるまったままの妹を、…そっと覗いてみる。



直人:「なお…こ?」




全身汗だくの美少女は、目を見開いたまま……息をしていない??

登場人物のおさらい

春日夜直人:主人公

朝比奈直子:従妹、場合により妹

森口仁美:委員長、稀に世話女房

店長:仁美の父親、「風町」の主人

中川礼子:管理人のお姉さん?

田中清:数学教師、直子のクラス1Aの担任

鏡辰也:直人の前の席の男子、多分友達

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