エピソード3 接近 <NaoTo Part>
ガラス越しの春の日差しが、まどろみを誘う、
眠い…
はっきり言って、昨晩は 殆ど眠れなかった。
まず、神の贔屓としか思えない様な 超絶美少女が眠る 同じ6畳間で、呑気に眠っていられる男子の方が どうかしていると思う。
そして、波状攻撃的に訪れる「ちょっと覗いてみるだけ…」という誘惑を撥ね退ける為に、結局僕は夜の3分の1を 近くの公園で過ごす事になる。
もしも、「自然の呼びかけ」の命じるままに その甘い匂いに囚われていたなら、同棲一日目にして かなり痛い結果を招いていた事は 火を見るよりも明らかだった。
よく耐えた、…偉いぞ、僕!
という訳で 既に僕は精神的にも肉体的にも相当なダメージを被っていたから、 昼休みになって「これでようやく大手を振って机に頭を預けられる」という状況にすっかりその身を委ねていたとしても、至極仕方の無い事だった訳だ。
女子1:「転校生!」
顔を上げると、見た目 地味な眼鏡の女子 が僕の事を見下ろしていた。
…僕は 今にもくっ付きそうな両瞼を 必死の想いで体性神経の支配下に呼び戻す。
直人:「うううぅ…」
女子1:「お昼、食べないの?」
……朝も飯抜きだったから 出来れば食べたいのは山々なのだけれど…、
直人:「…ちょっと、財布 忘れちゃって…。」
女子1:「私が貸してあげるよ。 一緒に購買に行こう。」
なんだろう? この やけに馴れ馴れしい女子は??
寝ぼけ眼を押し開けると、そこには… 肩まで掛かる髪を左右で束ねたお下げと。そこそこメリハリのあるトランジスタ・グラマーな女子が立っていた。 身長は155cmくらいかな?
女子1:「ほら、早くしないと売り切れちゃうよ!」
大人しそうな顔立ちとは裏腹に、眼鏡女子は有無を言わせず 強引に僕を引っ張り立たせる…
女子2:「おっ、転校生、早くも捕まっちゃったのね。」
女子3;「仁美は、常に誰かの面倒見て無いと気が済まないからな、」
女子1:「うるさいなぁ、私は委員長としての責務を果たしているだけよ、」
ああ、委員長なんだ。 それで世話を焼いてくれるという訳か…
女子2:「まあ、悪気は無いから、諦めて付き合ってやってね。」
女子3:「仁美って結構良い身体してんでしょう、いっぱいスキンシップしてあげてね」
女子1:「何 馬鹿な事言ってんのよ、そんなの駄目に決まってるでしょ… ねえ。」
いや、僕に「ねえ、」と聞かれても なんと答えていいものやら困るのだが…
購買の列に並んで、漸く お互いの顔を確認する。 二人とも ちょっと照れている…
女子1:「改めまして、私 森口仁美、宜しくね。」
直人:「ああ、春日夜直人です、よろしく。」
まずは、握手。 結構 握力強い…
仁美:「何 食べる?」
直人:「じゃあ、メロンパンを、」
仁美:「おばちゃん、メロンパンとメンチカツとオムソバパン、それとブタ饅と 後コーヒー牛乳。」
直人:「凄い いっぱい食べるんですね。」
仁美:「何言ってるの? 二人で分けるに決まってるじゃない。」
直人:「えっ…」
仁美:「心配しなくても奢ってあげるよ、…転校祝い。」
そして、机に向かい合って座る。 買ってきたパンを広げる…
仁美:「どれでも好きなの食べて。」
直人:「じゃあ、オムソバパンと言うのを…」
仁美;「おっ、目の付け所がいいねぇ、これは私の一押しだよ。 オムレツの中に焼きソバが詰まってて、コッペパンで挟んであるんだ。」
早速かぶり付く。 惣菜パン独特のソースとコッペの絶妙なバランス…
直人:「美味しいですね。」
仁美:「ちょっと頂戴。」
今 僕が齧りついたばかりの端っこに 眼鏡少女が 何の躊躇も無くかぶり付く…
あっ、間接ナントやら…
これまで僕は、どちらかと言えばお上品に生活してきたものだから、こういう恋愛っぽいシチュエーションとか、女子との馴れ馴れしい掛け合いとかにはまるっきり免疫が無い。 だから自然と顔が赤くなってしまうのは、至極仕方の無い事である。
仁美:「うーん、やっぱり美味しい。」
仁美:「こっちも食べてみる?」
そう言って 眼鏡少女は 食べかけのメンチカツサンドを僕の前に差し出す。
男としては、此処で怖気づいて尻込みする訳には行かない…
仁美:「あーん。」
もしかして、からかわれてる?
…それとも、公立ではこれが普通なのか??
仁美:「コーヒーも飲んでいいよ。」
眼鏡少女が差し出した紙パックには 飲みさしのストローが刺さっている…
僕は しばし躊躇した後、…意を決してストローを咥える。
…甘いコーヒー牛乳が、口の中いっぱいに広がる。
女子4:「おっ、間接キッス。」
女子5:「へぇ、何時の間にそういう関係??」
仁美:「へへへ、ついさっき…」
僕は思わず コーヒー牛乳を逆噴射する…
仁美:「ところで、転校生は何処に住んでるんだい。」
直人:「ついさっきって、なんなんですか?」
仁美:「のりよ、のり、…それより、いい加減 その敬語っぽい喋り方止めようよ。 同級生なんだから、」
直人:「富士見の坂の上の方です。 それと、このしゃべり方は癖なんです、」
眼鏡っ娘は興味津々な上目遣いで アカラサマに僕を観察する。
仁美:「へぇ、お上品なんだぁ、」
仁美:「兄弟はいるの?」
直人:「妹が一人、居るような 居ないような…」
よく見ると、眼鏡の下の素顔は かなり可愛い??
仁美:「ふーん、」
そう言って、またコーピーパックのストローを僕の口に押し付ける。
僕が口をつけたばかりのストローで、何の違和感も無くコーヒーを飲んでいるこの少女は、普通なんだろうか? そうでないんだろうか?
今度は、僕が眼鏡っ娘に興味を抱く…
直人:「そう言えば、森口さん、何か良いアルバイト知りませんか?」
仁美:「家くる?」
直人:「えっ?」
仁美:「時給1000円で私の言いなりになる…とか、」
眼鏡っ娘は 不思議そうな目で僕の事を覗き込む…、
…いやいや、不思議なのは貴方の方です。
直人:「魅力的だけど、遠慮しとこうかな…。」
仁美:「冗談よ! 家お好み焼き屋やってんだけど、3月でアルバイトが辞めちゃって、代わりの人を探してたとこなの。」
なんだか、ドキドキするぞ、 どうしてだ??
直人:「ち、因みに、どういう条件ですか?」
仁美:「「焼き」か「配達」か、だけど…」
仁美:「時給は1000円か、500円でその代わり私を自由に出来るか、どちらか選べるわ。」
直人:「1000円の方で…、」
もしも500円と言ったら、どうなっていたのだろうか…丸っきり興味が無い訳ではない。
仁美:「確か、一日3時間以上、週3日以上、土日歓迎、…だったかな。」
直人:「時間は、何時まで?」
仁美:「夜10時までかな、平日でも7時から10時まで入れればOKって感じ。」
仁美:「10時以降、私の部屋で残業っていうオプションも有るけど、」
直人:「そのオプション、実行した人居るんですか?」
だんだん、胡散臭くなって来たぞ〜
直人:「因みに場所はどこなんですか?」
仁美:「富士見とは反対側、駅前の踏切の直ぐ傍、 商店街にある「風町」って店よ。」
流石に お好み焼き屋で いきなり襲われるって事は、無いよな…
お金が必要だってのは本当だし…
直人:「お願いしようかな…。」
仁美:「いいわよ、じゃあ決まりね。 今日から始める?」
直人:「ええっ、又いきなりですね。店長に確認したりとかしなくていいんですか。」
仁美:「大丈夫大丈夫、店長家の父さんだもん、私の言う事に逆らったりしないわよ。」
直人:「はあ、」
眼鏡っ娘は、食べ終わったパンの袋をくしゃくしゃにまとめてポケットに入れる。
…何故?
仁美:「じゃあ、今日帰り案内するから 放課後残っててね。」
それから、何だか楽しそうに教室を出て行った。
直人:「不思議っ娘だ…、」
男子:「よお、森口に気に入られたみたいだな、…御愁傷様。」
男子:「俺、鏡、鏡辰也。 宜しく。」
森口が去った席に男子が戻って来る。
直人:「宜しく。 あの人は、いつもあんな感じなの?」
辰也:「そうだな、大抵は女子の世話を焼くんだけど、男の面倒見るのはお前が始めてかな。」
…ふーん。
辰也:「最初はみんな有難がるんだけど、直ぐに面倒く臭くなって、…結局はウザがられちまうんだよな。 悪気は無いんだけど加減ってモンがすっぽり抜けてんだよ。」
…ふーん。
という流れで あれよあれよと言う間に僕のバイト先が見つかった。
月曜から金曜迄19時から22時、土日も入れれば入る。 …つまり同級生女子の家に殆ど入り浸り状態である。 本当に良いのだろうか? まあしかし、6畳一間に直子のプライバシーを確保してやる為には、こう言うやり方も有りかも知れない。
店長:「って、お前 男を連れてきたって事は、つまりなんだ、覚悟は出来てるんだろうな。」
直人:「覚悟…」
仁美:「何馬鹿なこと言ってんのよ、友達よ友達!」
眼鏡っ娘は 家では更にけたたましかった…。
店長:「まあ、ああ言うガサツな女だが、宜しく頼むよ。」
直人:「いや、僕、バイトに来ただけですから…」
何だか、店長 凄く嬉しそうなのは…何故?
店長:「遠慮スンナ、ちゃんと跡継げるように俺が仕込んでやるからよ。」
直人:「いやぁ、お父さん、ちょっと気が早いんじゃないですか?」
仁美:「そうよ、全く! 私達まだ手も繋いだ事無いんだから。」
えええ、何か妙にずれてるよね〜
店長:「馬鹿野郎! 繋ぐもんは 何でも早い内に繋いどかねえか、後になってからやっぱり駄目でした…じゃ、余計に迷惑ってもんだろうが。」
直人:「あのぉ、一体 何を繋ぐのかな?」
あれよあれよと言う間の22時、その半分以上は 微妙な親娘の下ネタトークにツッコミを入れる… つまりそう言うバイトらしい。
もしかすると時給500円とか、22時以降のオプションって言うのも、あながち冗談ではなかったかも知れない…。
直人:「それじゃ、今日はコレで上がらせてもらいます。」
店長:「飯食ってけよ。」
仁美:「そうよ、直ぐに用意するから食べてってよ。」
僕、苦笑い…
…一瞬、一食分 金が浮くと考えてしまった僕は、阿漕??
直人:「有難うございます。でも今日は帰ります。 妹にも何も言わないで来ちゃったんで。」
仁美:「妹って、他に家族は居ないの?」
直人:「ええ、色々あって、今は二人暮しです。」
何だか店長が歯を食いしばってる…
店長:「色々かあ〜、大変だなあ お前さんも、 俺にも有ったよ、色々〜」
仁美:「ゴメンね、こんな遅くまで引き止めちゃって。 心配してるだろうから電話してあげたら。」
直人:「それが、電話が無くって、」
仁美:「えっ、携帯とか、無いの。 家電は?」
直人:「それも、まだ…」
携帯などと言う贅沢品はとっくに消え失せていた。 緊急連絡先は礼子さんにお願いしてあるのだが、まあ 今日は良いだろう。
店長:「家の自転車乗ってきな。 明日来る時に返してくれりゃ良いよ。」
直人:「ありがとうございます。」
仁美::「て言うか、直人専用にずっと貸しといてやんなさいよ、全くみみっちいんだから…。 自分の親ながら呆れるわ、」
本当に、店長は仁美の言いなりだった…。
仁美:「道分かる?」
直人:「ウン、直ぐそこ駅前の踏み切りだよね、後は分かる。」
仁美:「妹さんに宜しくね。」
直人:「色々、ありがとね。」
仁美:「水臭いこと言わない。 じゃあ、また明日ね。」
僕は、黒の業務用自転車を踏み漕ぎ走り出す。
まあ、なんだかんだ言って 良いヒト達なんである。
登場人物のおさらい
春日夜直人:主人公
朝比奈直子:従妹、時々妹 対外的に
森口仁美:委員長、眼鏡っ娘、トランジスタグラマー
店長:仁美の父親、お好み焼き屋「風町」の主人
鏡辰也:クラスメイト