エピソード2 接触 <NaoKo Part>
目を覚ますと見覚えの無い天井、 やけに低い。
…そうか、此処は新しい家なんだ。
…しかも物置用のロフト。
チョットだけ アルプスの少女の気分、或いは橋の下のボクサー?
そーっと下を見下ろす。
お兄ちゃんは、…居ない。 布団も片付いている。
どうやら、もう出掛けたらしい…、多分私が着替えるのに気を遣ってくれたのだろう。
昨日は、ほとんどお兄ちゃんと お話できなかったな…
部屋の隅に蹲って居る 影のヒトを睨みつける、
直子:「お前の所為だ。」
黒蝗の姿も 既に見当たらなかった。 何処かに行ってしまったのだろうか。
直子:「お兄ちゃん、大丈夫かな。」
無性に不安になる。
不安は私の景色を更に曇らせる。 …まるで仄暗い水の底に漂っているみたい、
昨日 炊いたご飯はそのまま残っていた。
直子:「お兄ちゃん、朝ごはん食べなかったのかな、」
お兄ちゃんは 私の作ったご飯を「美味しい」って言ってくれた。
思い出して 何だか胸がホンワカする。
直子:「お兄ちゃん、思ってたよりも 格好悪い…」
でも、何だかちょっと可愛いかも…
直子:「お兄ちゃん、センス悪いし、」
…自然と顔がにやけてしまう
「お兄ちゃん」と口にする度に、何だか胸がキューっと締め付けられる。
…決して不快ではない痛み。
直子:「お茶碗、もっと可愛いのが良かったな。」
まあ、御揃いだから良しとしよう。
直子:「お弁当 作ってあげたかったな、」
あっ、お弁当箱…無い。
ユニットバスの中にも 相変わらず 影のヒトが居る。
髪の毛が若布みたいになった女のヒトが、じっと鏡を見て過呼吸気味に肩で息をしてる。
此処数日、影のヒトが増えている。 何か悪い事が起きる前触れなのかな?
直子:「邪魔。」
ブレスレッドを握りしめながら、不吉な存在と目を合わせない様に注意して洗面台の前に立つ。
どうしたって背中に気配を感じてしまう。 背骨の横を指で抉られてるみたい…
私は苦虫を噛み潰す。 自然と眉間にしわがよる。
それでも、爆発した寝癖を梳かさないと…
ドライヤーを忘れたのは大失敗だったな。
持ってきた整髪スプレーをふって、残りの量を確認する
直子:「新しいの買ってくれるかな?」
直子:「髪、切ろうかな。」
心にも無い事を呟いてみる。
直子:「うっ…」
鏡に映った 影のヒトが、私の背後から じっと私を睨んでる。
私はもう一度ブレスレッドを握り締める。 見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ…
ふと、下を見ると、排水口から明らかに私のモノと分かる長い髪の毛が覗いてる、
直子:「やだ、掃除するの忘れてた…」
ビニール袋を持ってきて、髪の毛を拾い入れる。
…短い縮れ毛が混じってる。
直子:「これって もしかして?」
思わず赤面する
…指で摘んで、確認する。
…パンツを捲って見比べる。
直子:「私の? じゃ無いよね。」
じっくり観察する。 私のより…ずっと濃くて太い…
直子:「お兄ちゃんの…いんもー?」
微妙…いや、ちょっと可愛い? かも、
待てよ、…脚の毛かも知れないし、脇の毛かも知れないし。
自分の脇を見てみる、
直子:「ちゃんと綺麗にしてある。」
ふと、何だか景色が変わっている事に 気づく、
振り返ると、影のヒトが居ない。 …消えている。
…なんでだ?
試しに、右手で摘んだ「縮れ毛」を、洗面台に置いてみる。
…暫くすると、壁の隙間から 湧き出す様に 影のヒトが現れる。
もう一度、縮れた毛を摘み上げる。
…さぁっと辺りが明るくなって、 影のヒトは周りの空気に溶けて消えてしまう。
直子:「おおおぉ…、」
感動…!
これまでお母さんのブレスレッドでも、影のヒトに触られない様にする事はできても、存在を消してしまう事はできなかった。
念の為にもう一度…
お兄ちゃんの毛 を洗面台の上に置く。
…もやもやっと影が湧き出してきて、滲み出す様に影のヒトが姿を現す。
…何だか弄ばれて 怒ってる??
さっと、お兄ちゃんの毛を摘みあげる。
…再び光が差してきて、世界は途端に色鮮やかになる。
…影のヒトの姿は 既に何処にも見当たらない。
直子:「お兄ちゃん、って …凄い!」
これは、魔法のアイテムだ…
直子:「これ 欲しい~」
しかし、…流石に嬉しがって陰毛を持ち歩くのは、高校生女子として 気が引ける、
他に、同じ効果をもたらすものは無いだろうか…
例えば、お兄ちゃんが身に着けているもの
きちんと畳んだ布団の上の、お兄ちゃんのパジャマ
手にとって、抱きしめてみる。
直子:「おおっ!」
部屋の隅に居た 影のヒト が 薄ぼんやりとしか見えなくなる。
ついでに…ちょっと、匂いをかいでみる。
一瞬、クラっとする…
直子:「お兄ちゃんの匂い…」
でも、パジャマを持ち歩く訳には行かない。
洗濯物を詰めたビニール袋が 布団の裏に隠してあるのを 引っ張り出す。
…ちょっと、いけない事をしている気分、
中を見ると、洗濯前の靴下、シャツ、パンツ…
…私は、何故だか 生唾を飲み込む。
直子:「試すだけだから、」
当然、シャツの事である、
…シャツを手に取ると、影のヒトの影?が 薄くなった。
一応、匂いを嗅いで見る。
…ちょっと、未だ新品っぽい匂い。
直子:「匂いが薄いと、完全には消えないのかな…」
次! 靴下、
…私って、もしかして変な子??
…手に取ると、影のヒトは、瞬く間 何処かに消えうせる
直子:「凄い! 効き目…」
決まり事だから、…匂い嗅いで見る。
ちょっと、咽る…
直子:「変な匂い。」
軽い溜息、…何だか、身体の芯の方が 疼いて来る。
胸のドキドキが止まらない。
…私は 影のヒト みたいな じとーっとした目で、「それ」を見つめ続ける。
…既に3分くらい
直子:「いや、これはあくまでも科学的な好奇心よ、」
自分に言い聞かせて、とうとう「それ」を手に取る。
一瞬で! 不快そうに 私を覗き込んでいた 影のヒトが 雲散霧消する!
景色が、それまでとは うって変わって見える。 今まで何だか薄ぼんやりと暗かった視界が、ぱっと晴れて色鮮やかになる。
自分の意思とは関係なく、私は 自動的に「それ」を鼻に近づける。
もう、何も考えられない…
私は、健康女子の本能に促されるまま 思い切り「それ」を 肺の奥に吸い込んで うっとりと、目を閉じる…
直子:「…って、馬鹿? 私、馬鹿??」
思わず! 我に返り、真っ赤になって 大声で叫ぶ!
礼子:「何! どうしたの? 直子ちゃん! 大丈夫?!」
壁の向こう201号室から 礼子さんの叫び声、
直子:「す、すみませ~ん! なんでも無いで~す!」
私、赤面仮面…
はっ! と気づくと …不味い! もうこんな時間
でも まさかパンツやら靴下やらを物色して 学校に持って行く訳にもいかない。
それに誰かにばれたりしたら、登校一日目にして、私はまた イジメラレッコに逆戻り?
こんなお宝アイテムなのにぃ…
お兄ちゃんに事情を説明して譲ってもらう?
…いや、生きて無い人が見えるなんて知られたら、きっと気味悪がられちゃう
…いやいやいや、それ以前にパンツ欲しいなんて、ただの変態じゃない!
直子:「うううう…」
お兄ちゃんにも、皆にも 見つからない様に持っていけるもの…
やっぱり、「アレ」しかないよね
私は洗面台に戻って「それ」を摘み上げる
再び、私の視界は 雲が晴れたかのように明るくなる!!
これは、もう 手放せないわ…
これまで、どれだけ辛い思いをしてきただろう。 思い返すと 涙が頬をつたう、
…もう、怖い思いしなくて良いんだ!
一瞬で 肩の重荷がとれたかの様にすっきりする。
まさに魔法のアイテム。
…でも、どうやって持っていけば、見つからないで済むかな?
直子:「木の葉を隠すには森の中…よね」
私は「それ」をパンツのクロッチの内側にそっと忍ばせる。
何か、禁じられた事をしてる気分~、
しかも 実の兄妹なのに…
時計の針が私を急かす! …やばいよ、本当に遅刻しちゃう!
ばれないように お兄ちゃんの洗濯物を元に戻し、
…急いで制服に着替える
直子:「世界って、こんなに綺麗だったんだ!」
これ迄の私の人生は、余り幸せなモノとは言えなかったと思う。
でも これからは…
私は清清しい気持ちで 勢いよく部屋を飛び出した。
登場人物のおさらい
朝比奈直子:主人公
春日夜直人:お兄ちゃん、時々 御守製造機