エピソード8 障害 <NaoKo Part>
陰陰滅滅とした空気が 薄暗い202号室に立込めている。
南向きのベランダから暮れ泥む 町並みが見える。
どうやら、礼子さんと先生達の話し合いは 上手く行かなかったらしい。
直人:「直子か僕か、どっちかが寮に入る事、それが学校に残る為の条件。」
お兄ちゃんが難しい顔で 話し合いの内容を説明してくれる。
直子:「お兄ちゃんと別れる位なら、学校止める。」
直人:「そう言う訳には行かないよ。」
お兄ちゃんは 空になった乳酸菌飲料の容器を口に咥えてプラプラさせながら、折りたたみ式のちゃぶ台に 俯す。
直子:「だって私、お兄ちゃんの唾液を8時間おきに補給しないと 影のヒトに襲われちゃうんだよ。」
でもそんな事、誰にも言えない。
…きっと、病院に入れられちゃう。
直人:「そうは言っても、何時までも 僕の唾液 飲まないと居られないっていうのも…不便と言うか、困るよね。」
直子:「だってしょうが無いじゃない…。」
私は、足の指で お兄ちゃんの脇腹の肉を ぎゅーっと摘む。
直人:「加茂の先生に頼んで、また ブレスレッドに御呪いをしてもらう?」
直子:「お兄ちゃんは 私と離れ離れになっても平気な訳?」
お兄ちゃんは、干潟のハゼの様な顔で吃驚して 私の顔を見上げる。
直子:「嘘つき…、何時でも抱き合っていたいとか言ってたくせに。」
…聞こえるか聞こえないかの囁き声でサブリミナルする。
直人:「ちょっとバイト行かないといけないから、帰ったら相談しよう。」
私は、立ち上がりかけたお兄ちゃんを、ジトーとした目で睨みつける。
直子:「ふーん、あの女の所行くんだ、そうだよね、彼女できたから妹の事なんか どーでも良いんだよね。」
直人:「そんな訳無いだろ。」
お兄ちゃん、ちょっと赤くなってる? 何でだ??
直人:「バイトしないと、いざという時のまとまったお金も作れないんだから。」
そう言うお兄ちゃんの顔は 確かに ちょっと焦ってる。
…何かを隠してるに違いない。
直子:「あ〜あ、お兄ちゃんなんか好きになるんじゃなかった。」
直子:「嘘つき…、直子が欲しくて堪らないとか言ってた癖に。」
…聞こえるか聞こえないかのささやき声でサブリミナルする。
直人:「何だよ、それ… なんで 拗ねてる訳?」
直子:「別にぃ…拗ねて何か無いですよぉ。」
私は、足の指でお兄ちゃんの脹ら脛を思い切り抓る。
お兄ちゃんは、時計を見てソワソワしている。
直子:「まるでデート行くみたい…、」
直人:「考え過ぎだって!」
直人:「じゃあ、行って来るね。」
直子:「ちょっと待ってよ、どーせ帰りは遅くなるんでしょ! バイト行く前に夕方の分頂戴。」
直人:「コレで良い?」
お兄ちゃんが乳酸菌飲料の容器をフルフルさせる。
直子:「やだ、乳酸菌嫌い。 要するにベロを絡ませなければ良いんでしょ、
私上向いて口開けてるから、お兄ちゃん上から垂らしてよ。」
私は お兄ちゃんの膝に頭を載せて、…大きく口を開ける。
直子:「あーん。」
お兄ちゃんは、口の中に唾液を溜めて、それを私の口に トローっと垂らす。
…冷たい粘り気の有る液体が、私の口腔を満たしていく。
直人:「コレくらいで良い?」
直子:「まは、もっほ…」
私は餌を待つツバメの雛の様に、大きく口を開けたまま…
やがて唾液のおかわりが垂れて来る、
私は舌を出してそれを受け止める。
口の中で自分の唾液と噛み混ぜながら、少しずつ…喉に送る。
何だか、酔っぱらいのおじさんの気分?
目がトロんとして…身体がほんわかして…
直子:「今日は金曜日だから ご馳走だよ、早く帰ってくるんですよ。」
直人:「分かった。」
今日の所は、コレくらいで勘弁しといてやろう…
直子:「あ、そうだ、管理人室に荷物運んで置いてあげるから、鍵貸して。」
直人:「段ボール、結構重いから良いよ、帰ったら自分で運ぶから…。」
靴ひもを結ぶお兄ちゃんは、私には部屋の鍵を渡さない気?
直子:「何? 妹に見られちゃ不味い物でも入ってるの?」
直人:「そう言う訳じゃないけど… じゃあ、怪我しない様に気を付けてよ。」
しめしめ、管理人室の鍵をゲット。
これで、どうしたってお兄ちゃんは 私の所に帰って来ざるを得なくなった訳だ。
そして、そそくさと お兄ちゃんが出て行った。
直子:「さてと、」
まずは、ロフトの上で自分が使ってた布団を引き摺り落す。
こっちをお兄ちゃんの部屋に持っていく。
少しでもお兄ちゃんの匂いが付いた布団は、私がキープする。
敷き布団を丸めて、狭い玄関をすり抜ける、
…築26年の 軋む外階段を慎重に下る。 足下が全く見えない。
直子:「だあぁっ!」
で、お約束の様に 最後の一段で…転ぶ。
直子:「いったぁ…」
管理人室、
改めてじっくり観察してみると、実にいろいろな物が置いてある。
ビニール紐で束ねた古新聞、
新聞屋が置いていった山積みの洗剤、
箱買いした駄菓子?
漫画雑誌の山、主に「本当に有った怖いお隣さんの話」、
狭い部屋が更に狭い。
本当に、こんな所に布団が敷けるのだろうか…
ロフトにも何やら段ボール箱が満載されている。
チラチラと周囲を見回す…
部屋の隅にゴミ箱、
…山盛りの、ティッシュ、
直子:「ふーん、」
別に、ちょっと見るだけだから…
なんで、こんなに沢山ティッシュ?
別に、ちょっと疑問に思っただけだから…
ゴミ箱の前にしゃがんでみる。
別に、もうちょっとゴミが入る様に、少し整理するだけだから…
ティッシュが…邪魔なのよね…
仕方が無いから一塊を摘まみ上げてみる…
…何故だか、知らないけれど…拡げてみる?
直子:「ふーん、」
礼子:「何してんの?」
私は、思わずそのティッシュで鼻をかむ〜!!!!!
直子:「チーーーン!」
何時の間にか礼子さんが背後に立って、私を観察していた。
一体、いつから?? もしかして見られた???
歯の根が合わない…!!
心臓がばくばく行っている…!!
直子:「は、礼子しゃん。」
礼子:「凄いティッシュの量ね、まさか …また風邪ぶり返した?」
直子:「だ、大丈夫…でしゅ。」
直子:「礼子たん、どうひて此処に?」
礼子:「私は、ちょっと書類を取りに来ただけ、直人クン居ないんだ。」
直子:「はひ、バ、バイトに行きまひた…。」
何故だか、変な喋り方になっている…、
礼子:「直子ちゃんはどうしたの?」
直子:「お兄ちゃんの、布団を運んで来た…」
礼子:「確かに、狭いね。 ギリギリ布団敷けるか敷けないか…位か、」
礼子:「後、他に運ぶ物有るの? 手伝うわよ。」
直子:「段ボール箱が二つ。 ありまふ…。」
礼子:「じゃあ、私 この部屋さっと片付けちゃうから、運んで来てくれる?」
直子:「了解でふ…。」
危なかった…
まかり間違えれば、一生 変態の「汚名」を着せられる所だった…
直子:「よいしょ!」
202号室に戻った私は、仕方なく段ボールを持ち上げ…
…ようとするが、持ち上がらない。
結構重い。
蓋を開けてみる。
…主に、本。
コレは重いよ…
…私はさっさと断念する。
直子:「もう一個の方は、」
…主に洋服類。 比較的現実的な質量。
段ボール箱を抱えて、狭い玄関をすり抜ける、
…築26年の 軋む外階段を慎重に下る。 足下が全く見えない。
直子:「だあぁっ!」
で、お約束の様に 最後の一段で…転ぶ。
直子:「いったぁ…」
箱の中身を、散撒いてしまった…、
礼子:「大丈夫?」
書類封筒から、薄い本が顔を出している…、
礼子:「何、この本、…ちょっと! 直人君も 男の子ねぇ〜、」
なんだか、礼子さんが じっくり薄い本を 読み耽ってる…
…見ると、写真立ても 零れ出している。
赤ん坊を抱く女の人。 直美さんの写真。
…言われてみれば、確かに何処と無く私に似ている。
礼子:「あら、この赤ちゃん 直人君よ。 彼、こんな写真持ってたんだ。」
礼子さんが、写真の女の人と、私を見比べる。
礼子:「もしかしたら直人クン、貴方にお母さんの面影を見ているのかも知れないわね。」
直子:「お兄ちゃん、遅いぃ…」
何だか身体の具合が変だ、
でも、影のヒトの影響とはちょっと感じが違う。
未だお兄ちゃんエキスが効いているから、影のヒトは全然見えない。
なんだろう、変な疼き…
だから、23時過ぎの管理人室に忍び込む。
お兄ちゃんの布団に寝てみる、…ってこれ私が寝てた奴じゃないの。
どうせなら、もっと目一杯 マーキングしておこう。
服を脱いでみる。
ここは、お兄ちゃんの部屋…、
今お兄ちゃん帰って来たら 結構 大変…、
何だか そう言う設定だけで ドキドキする。
いっその事、下着も全部脱いでみる。
更に 言い訳の出来ない領域に 足を踏み入れる。
それで、布団に包まってみる。
色々と 擦り付けてみる。
直子:「何か、空しい…」
裸のまま布団を抜け出し、玄関へ…
お兄ちゃんの靴が置いてある、
一足取って…匂いを嗅いでみる。
直子:「くさっ!」
妙な匂いがする。
もしかして柑橘系? それとも獣系?
臭いけど、何か惹かれてしまう? ミタイナ…
何度も嗅ぎ直さずにはいられない? ミタイナ…
猫の口? 猫のお尻? 的な…
何故だか…履いてみる。
自分で、なんでそんな事をやってるのか意味不明になる。
しかも、全裸で男物のスニーカーって、どうなの?
それから、ぶらぶらと部屋の中を徘徊する。
そして、結局 また、此処に戻って来る。
ゴミ箱の前…
先刻は礼子さんが突然現れたので、十分に確認出来なかった。
いや! これは純粋に科学なのだ。 何故か全裸だけど…
私は、お兄ちゃんの唾液で元気になる。
私は、お兄ちゃんの血液を舐めると絶頂に達する。
ゴミ箱の中の紙くずを拾い上げる…
私は、お兄ちゃんの…アノ液で、一体どうなってしまうのだろう…。
丸めたティッシュを拡げてみる。
何だか、がびがびになっている。
鼻を近づけると、
あんまり匂いはしない。 ちょっと甘い匂い?ミタイナ…
何故だか涎が溢れて来る、
何時の間にか、頭が「馬鹿モード」になっている。
ちょっと舌を付けて、舐めてみる。
唾液に濡れると、それは…ぬるっとする。
変な…味?
半日以上経っているからか、特に何も効果は現れないミタイ、
直子:「あぁ~血ぃ舐めたい…」
…言ってから、自分でびっくりする?
何で 私、血なんか欲しがってるの???
突然、ドアが開く!!
…私は心まで真っ白になって硬直する。
仁美:「管理人さん? 、えっ、直子ちゃん??」
振り返ると、野良猫女が立っていて、素っ頓狂な声を上げている! いや、当然と言えば当然…
仁美:「どうして? …裸??」
直子:「いやあ、ちょっと、色々、大変なので、」
私は何を言ってるのだろう…
仁美:「って、それどころじゃない!」
仁美:「直人が、誘拐された!」
仁美:「黒ずくめの大きな車に連れ込まれて、どっかに連れて行かれちゃったの!」
仁美:「どうしよう〜、」
…えっ、何の話?
登場人物のおさらい
朝比奈直子:主人公、極稀に変態
春日夜直人:お兄ちゃん、極稀に不埒
中川礼子:管理人のおばさん
森口仁美:野良猫




