第八章:異例の大尉
後2話程度で終わる予定です。
私は猛烈な太陽が出ている時間---昼間も歩き続けた。
夜になれば逆に真冬と思える程の極寒が襲い掛かる。
最初に来た時は信じられなかったものだ。
何せ昼間は暑いのに、夜は寒いのだから。
ロンドンでは絶対に体験できない。
それを私は今、体験している。
なんて・・・・楽観的な事を思っているが、本当は不安で一杯だった。
だが、不安な気持ちを出すと気が狂う。
こんな所に一人で放り込まれた気が狂ってもおかしくない。
実際の所だが、本来なら夜になるまで待つのが良い。
昼間は猛暑で動けば無駄に汗を掻き、水分を奪われてしまう。
水と食料は数日分あるが、そんな物は直ぐに無くなる。
今だって喉が渇いて水を飲みたい衝動に襲われているのが良い証拠だ。
しかし、夜になると・・・・不安になる。
自分は砂上の海で誰に看取られる事もなく死ぬのでは?
それが発狂する第一歩となるだろう。
私は恐れていた。
かと言って自殺する勇気も無い。
生きていたい。
それが私の正直な気持ちだった。
照り輝いて蒸し風呂のように私から水分を奪う太陽を・・・・恨めしく思う。
それでも必死に歩き続ける。
歩いて、歩いて、歩き続ける。
道なき道を・・・・砂上の海を。
どれ位、時間が経過しただろうか?
私は水筒を取り、水を飲んだ。
飲み過ぎてはいけない。
少し喉が潤う程度が良い。
自分に言い聞かせて蓋を閉める。
水を飲み終えた私は僅かに体力が回復した気がした。
この状態を維持する為にも、少し休むべきだ。
私は小銃---“RSAFリー・エンフィールド”のストックで砂を掘り、身体が入れる程度の穴を作った。
ストックを砂に埋めて寝袋を銃口に巻き付けて広げる。
そうすると、日陰になり汗を掻き難い。
「・・・はぁ」
私は息を吐いた。
撃墜されていなければ、今頃は飛行機に乗っていただろう・・・・・・・・・
撃墜したが、誰も見ていない以上・・・追加される事はない。
幾ら私が撃墜した、と言い張っても証拠が無ければ自分だけの主張にしかならないのだ。
「・・・・・何としても基地に帰らなくては」
司令官との約束もある。
別に両親とは会いたくない。
マリアとも特に会いたいと思わないが、礼は言いたい。
出撃前に知った事だが、彼女は直訴して私の諜報部員になる日を先延ばしにしたようだ。
それが後一週間だった。
出来るなら後一年とか・・・なんて淡い期待を抱いたが、あの両親の事だ。
私を育てたのだから、私の性格を知り尽くしている。
だから、一週間と言ったに違いない。
まったく・・・・・迷惑だ。
こんな時でさえ両親の悪い所しか私は思い浮かばない。
それだけの事を両親はしたのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
ふと、ここで仮に諜報部員になったらどうなるだろう、と考えてみた。
諜報部員は劇で例えるなら“裏方”だ。
主役が表舞台で客の脚光を浴びている時、裏で舞台装置を弄ったり、道具を用意したりなどしている。
まったく目立たずに・・・・・・・・・・
それでも彼等が居るからこそ、劇は出来あがっている。
それを考えると諜報部員の仕事も決して馬鹿には出来ない。
寧ろ彼等が居るからこそ、と思い知らされるだろう。
とは言え、両親から言わせれば空で戦わない限り、陸だろうと海だろうと関係ない。
要は私を空から引き摺り降ろして自分達の道具にしたいだけだ。
両親の事を考えるだけで、胸糞悪くなる。
ああ、そうだ。
諜報部員になったら、両親と絶縁しよう。
余り良い事ではないが、諜報部員ともなれば身内にさえ自分の居場所などは教える事など出来ない。
そこを利用して姿を消そう。
「・・・これで地獄行き決定だな」
私は孤独な笑みを浮かべた。
だが、と思う。
「まだ死ねない」
生きて基地に帰る。
そして再び空に行き、今度こそエンジェルに自分が撃墜する所を見せる。
それで私は撃墜王になるんだ。
改めて私は誓った・・・・・だが、その誓いは直ぐに打ち砕かれる事になる。
砂上の海と砂嵐によって・・・・・・・・・・・・・
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「それから、どうなったんですか?」
俺は興奮を抑え切れずにテーブルに腕を乗せて、身体を前に出していた。
「慌てないでくれ。その前に、少し休憩だ」
「分かりました」
出来るなら早く続きを、と言いたい所だがインタビューしている俺が言える訳ない。
「ブレイズ様、コーヒーで宜しいですか?」
モーガンが俺に訊ねる。
「あ、はい」
「では、少々お待ちを」
優雅に一礼しモーガンは去った。
「やるかい?」
ウォルター氏は葉巻を俺に差し出した。
「頂きます」
煙草も良いが、偶には趣向を変えるのも良いだろう。
葉巻を銜えて火を点けてもらい、静かに煙を吐いた。
「・・・良い香り、ですね」
「司令官が好んでいた葉巻だよ」
「そうなんですか・・・良い葉巻の趣味をしていますね」
「まぁね。若い頃は煙草の方を好んでいたが、司令官が頻りに勧めて来たんだよ」
奥方と付き合うようになってから、らしい。
「どういう意図なんですかね?」
「さぁて・・・・マリアに釣り合うような男になれ、と言いたかったのかもしれないね」
昔から何か物などを渡す事で、その意図を教えていたらしい。
「それもイギリス人の性格ですか?」
「かもね。大尉にも言われたよ」
『君等、イギリス人はユーモアに溢れている。ジョークだけでなく、ね』
「マルセイユ大尉も十分に、その言葉からユーモアが溢れていると思いますけどね」
ドイツ人と聞けば先ず思い付くのは、これだ。
“ジョークが通じない”
意固地で四角頭。
これがドイツ人の印象だが、そうでない事は明白だ。
まぁ・・・所謂ステレオ・タイプと言う奴だな。
「あの男はドイツ軍人の中でも異例と言える」
確かにマルセイユ大尉はエース・パイロットが数多くいるドイツ空軍の中でも極めて異例と言えた。
ドイツ空軍を始め、基本的にWWⅡ時代のパイロットは一撃離脱戦法を好んでいた。
日本も例外ではない。
よく格闘戦に固執していたと言われているが、“坂井三郎”氏を始めとしたパイロット達は下から急上昇して、一撃をやる戦法を好んでいた。
これも立派な一撃離脱戦法である。
とは言え、無線機などが悪かったせいもあり末期になるまで・・・・そういう戦法はやりたくても出来なかったが。
話を戻すと、そんなパイロット達の中でもマルセイユ大尉は格闘戦を好んでいた。
しかも、未来射撃なんて芸当を駆使して。
そして彼は何度も営倉入りしている。
要は素行不慮な奴を独房にブチ込んで、頭を冷やさせる訳だ。
そんな所の常連なのも、規則を画に描いたようなドイツ空軍の中では異例と言える。
「だが、そんな彼だからこそ・・・・今でも脚光を浴びているのだよ」
平凡な撃墜王である私とは格が違う・・・・・・・・・・・・
それを言う時、ウォルター氏はとても切なそうな顔をしていた。
「そのような顔をすると、ソフィア様達が心配されますよ」
モーガンが音もなく現れて俺にコーヒーを差し出す。
良い香りだった。
豆もそうだが、淹れる者の腕も良いな。
コーヒー党である俺には十分過ぎる程に合格点物のコーヒーだ。
「いけないな・・・どうも、大尉の事を話すと悲しくなるんだよ」
「貴方様にとっては命の恩人、だからでしょうか?」
モーガンはトレイを脇にやってから訊ねる。
「そうだろうね。しかし、もう直ぐ行けるさ」
そう言ってウォルター氏は葉巻を灰皿に捨てた。
俺はコーヒーの香りを楽しみ、一口だけ飲んでから再びテープを手にした。
「では、お願いします」
「あぁ・・・・・・・」
ウォルター氏は空を見ながら喋り出した。