第六章:皆で記念撮影
1942年、北アフリカ。
イギリスの首都ロンドンで“とても有意義な”休暇を得た私は直ぐに原隊へと戻った。
私を先ず出迎えてくれたのは酷い“ジブチ”と呼ばれる砂嵐だ。
これの前では如何に近代兵器でも大人しくするしかない。
自然の前では人間など無力だ、と教えているようなものだ。
しかし、これが出迎えた事に対して私は少なからず安堵する。
ああ・・・・私は戦場に戻って来たんだ、と思える。
そんな感動を余所に私は直ぐに司令官の所へ招集された。
「どうだった?休暇は」
「とても有意義でした」
「流石は英国人だ。見事な言葉だ」
「ありがとうございます。それで・・・黄色の14は出ましたか?」
「あぁ。貴様が帰って来るより1日早く、な」
その日、出撃した“カーチス P40”と“ホーカー ハリケーン”が5機ほど撃墜されたらしい。
黄色の14に・・・・・・・・・・・
「・・・・・・そうですか」
休暇を早く切り上げていれば彼と戦えたかもしれない。
それを思うと悔しい。
「そう落ち込むな。これからは嫌だと言う程、貴様を出撃させてやる」
「と言うと陸軍が押されているのですか?」
「あぁ。流石は“砂漠の狐”だ」
砂漠の狐とは我々が敵軍の将---“エルヴィン・ロンメル”の事だ。
本名はエルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメルで第一次世界大戦にも従軍した経歴の持ち主だ。
第3帝国になる前のドイツ---“ドイツ帝国”時代には“ブルー・マックス”を授与された事から彼の実力が窺える。
更に彼は騎士道に精通しており、捕虜となった我が国の兵達を人道的に扱っていると言う。
敵ながら彼は尊敬に値する、と思っている。
そして彼が相手では我が国の陸軍も押されて当然と思う。
「トミー、貴様は明日から出撃して敵飛行機を蹴散らせ」
「明日から?今日からでも良いですよ」
「そうはいかん。今日は休め。そして飛行機を念入りに整備しておけ」
そうすれば・・・・・・・・
「貴様は撃墜王となる。俺を失望させるなよ?」
「勿論です。必ず敵機を撃墜し司令官殿に撃墜王の名を持って帰って来ます」
「良い答えだ。では、行け」
「はっ!!」
敬礼をして私は自分の愛機へ向かった。
司令官の心尽くしだろう。
私の愛機は私専用である。
撃墜王にならなければ与えられない特権を与えられている事に、興奮と感動を覚えるのは仕方ない事だろう。
愛機に近付くと整備兵が敬礼をする。
「どうだい?私の愛機は」
「はっ。良い状態です」
整備兵はスピット・ファイアを撫でた。
「後一機で撃墜王・・・羨ましいです」
「そうでもないよ。寧ろ、その一機が私の命取りになる」
「?」
訳が分からない整備兵は首を傾げる。
「後一機・・・・それだけで私はエースの仲間入りだ。だから、焦るし作戦を忘れる」
それを恐れていた。
「皆、そうだと思いますよ。私だって中尉の立場だったら、そう思います」
「だろうね。皆が憧れているからね」
撃墜王に・・・・・・・・・
「確かにそうですね。それで今日は出撃しないんですか?」
「あぁ。明日からだ。どうやら陸軍が押されているらしい」
「砂漠の狐、ですか。騎士道精神を持った将軍と聞いておりますし、卓越した戦術家だとか」
「あぁ。それに比べて私たちの最高司令官は・・・・物量主義者だからね」
「そんな事を言っては駄目ですよ。当たってますけど」
私と整備兵は顔を合わせて笑い合う。
私たちの最高司令官---“バーナード・モントゴメリー”将軍は物量主義者と言われている。
彼は8月18日を持って北アフリカ戦線に参加している“第8軍”の司令官に任命された。
その彼だが、とにかく圧倒的な物量でドイツ軍を押すような方法を取っている。
更に言えば慎重“過ぎる”性格の持ち主とも陸軍の友人から聞いたから苦労するだろう。
空軍である私には直接的な関係はないが、少なからず私たちの間ではモントゴメリー将軍に対して良い印象を持ってはいない。
恐らく彼は後々・・・・とんでもない失敗をやりそうな気がする。
それこそ歴史に汚名を残すような大失敗を、だ。
「どうしたんですか?」
整備兵が私の顔を覗き込み訊いてくる。
「いや、どうも・・・嫌な予感がしたんだ」
「勘、ですか?」
「それに近いね。しかし、勘なんて簡単に当たる物じゃない」
「まぁ、そうですけど・・・・・・・嫌な予感ほど当たる物ですよ」
「君も嫌な予感がするのかい?」
「えぇ。どうも、嫌な予感がするんです。今の指揮官---モントゴメリー将軍は、何れとんでもない失態を犯す、と思うんです」
「私もだ。それで、私に関しては何か感じるかい?」
「いいえ。寧ろ・・・・撃墜王として歴史に名を残す予感がします」
整備兵は笑顔で親指を立てる。
「ありがとう。それじゃ、君は撃墜王の愛機を整備した者として歴史に名を残すよ」
「おいおい、それなら俺は僚機---相棒としてだろ?」
「それなら私は司令官だ」
何時の間にかエンジェルと司令官が来た。
「記念撮影を撮るぞ」
いきなり司令官は言った。
見れば後方にはカメラを持った兵士が立っており2脚にカメラを設置している最中だった。
「さぁ、並べ」
司令官は中央に何時の間にか用意した椅子に座る。
こういう事に関してはテキパキしているな、と改めて思う。
まぁ、私も司令官の隣に腰を下ろしているが。
エンジェルは私の隣、整備兵は司令官の隣に座った。
愛機が背後にある。
「では、良いですか?撮りますよ」
『あぁ』
私達は声を揃えて頷いた。
パシャ・・・・・・・・
軽い音と光が一瞬だけ私たちを包み込んだ。
「もう一枚、撮ります」
カメラマンとなった兵士は、またシャッターを押した。
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「これが、その写真ですか」
俺は渡された写真を見る。
スピット・ファイアを背後に4人の男たちが椅子に座った姿が写っている。
若い頃のウォルター氏・・・・かなり美形だ。
007を演じる俳優みたいで、“初代”に似ているな。
実際、諜報部員をした過去があるウォルター氏なら本物の007と言われても驚かない。
「・・・・・懐かしいよ」
ウォルター氏は、もう一枚ある写真を見ながら言う。
あの時代を思い出したのか僅かに瞼が濡れている。
「この写真に写っている方たちは・・・・・・・・」
「皆、死んだよ」
僅かに哀しみを込めてウォルター氏は答えた。
「・・・・・・」
「最初に司令官、次にエンジェル、次に整備兵という順番で死んで行った」
大戦中ではなく大戦後で、かなり年月が経ってからだと言う。
彼等からすれば戦後も無事に生きて死ねたのだから、ある意味では幸福だったのかもしれない。
司令官は北アフリカ戦がイギリスの勝利に終わった後で、左遷されたらしいが、本人は気にしていなかったようだ。
「今でも司令官の言葉は覚えている」
『俺は撃墜王の司令官だ。どれだけ撃墜王の司令官が居る?星の数こそ居る司令官の中でも稀だ。俺はその稀に選ばれたんだ!!』
それを晩年まで言い続けていたらしい。
「良い司令官ですね」
「あぁ。相棒だったエンジェルも良い奴だった。整備兵---ギャビンも良い奴だったよ」
彼等とも晩年も変わらず親交を続けていたらしい。
しかし、彼等はもう居ない。
否・・・・果たして、あの時代を経験した者達が今、どれだけ居るだろうか?
殆どの者は既に土の下に居る。
ウォルター氏やモーガン、ゴダール大佐、ハント大尉は稀だ。
そして、彼等もまた居なくなってしまう。
「さて、そろそろ話に戻ろうか?」
騎士道が生きていた、と思った瞬間の話を・・・・・・・・・
「そうですね」
俺は写真を返して再びテープを持ち頷いた。
ふと、その時・・・・飛行機のプロペラが回る音が聞こえた。
上を見るが、何も見えない。
どういう事だ?
しかし、ウォルター氏には解かったのか眼を細めた。
「ああ、大尉・・・もう直ぐ貴方との出会いを話せますよ」
マルセイユ大尉の事だろうか?
ウォルター氏は話を始めたので、俺は話に集中した。
未だに耳から離れないレシプロ機のプロペラ音を聞きながら・・・・・・・・・・・・