第五章:休暇と婚約者
私は休暇をイギリスで過ごす事になった。
もちろん両親から半ば強制的に居ろ、と言われ司令部からも「上からの命令だ」と言われたから従うしかない。
理不尽な命令だろうと、従うしかないのが軍人の悲しい性だ。
ホテルで私は一人、煙草を吸いながら気持ちを落ち着かせる。
本当なら・・・・今頃は空を飛んでいたんだ。
そこで敵と会い撃墜する。
私が撃墜されるかもしれないのに、それは考えなかった。
相手を撃墜する事しか頭に浮かんでこない。
20mmを敵機に撃ち込み・・・撃墜王になる。
司令官や戦友たちから持て囃されて、勲章を貰う。
そんな光景しか私の頭には浮かんでこない。
つい先日までドイツ兵だって、自国の為に戦っている。
そう思っていたのに・・・・・今では撃墜王になる為の獲物としか見ていない気がする。
こんな気持ちで空に飛ぶ位なら休暇を満喫するべき、と自己完結した。
焦るな、と司令官に言われたのに焦るのだから重症だな。
コンコン・・・・・・
ドアが叩かれる音がした。
「誰だい?」
『マリアです』
「・・・・・」
私は暫し考えてからドアを開けた。
「あの、入っても宜しいですか?」
「・・・どうぞ」
マリア嬢は不安そうな顔で私を見つめて来たので、私は彼女を中に入れた。
帽子と日よけ傘を取り払った彼女は差し詰め・・・・聖母マリア、と言った所か?
汚れが一つも無い無垢な女。
そう私に印象付ける。
「あ、あの、ミスタ・ウォルター」
「何でしょうか?ミス・マリア」
私はバルコニーの椅子に座り、マリア嬢を部屋の椅子に座らせながら訊ねた。
「怒っていますか?」
意を決したように彼女は問い掛けてくる。
「何に、ですか?」
「私との婚約です」
ズバリ言ってみせる彼女に少しばかり驚きながら私は頷いた。
「正直な話を言いましょう。私は自分の両親が嫌いです。そして勝手に婚約された事に怒りを覚えています」
自分の価値観を子供に植え付けようとするし、勝手に自分達の人生をより良くする為に道具とする。
中世時代じゃあるまいし・・・時代錯誤も良い所と言える性格に辟易している。
恐らく彼女も勝手に婚約させられて怒っているに違いない、と思っていた。
「私は貴方となら構わないです」
しかし、彼女から放たれた言葉は予想外で私は驚く。
「どうしてですか?初めて会った男を好きになった、なんて三文小説だって書きませんよ」
「・・・私は貴方と初めて会っていません」
え?
初めて会った訳じゃない?
「失礼ですが、私は覚えておりません」
「それはそうです。だって、本当に一瞬・・・貴方と眼が合っただけですもん」
あるパーティーの事だ。
彼女はそこに出席して酒に酔った将校に絡まれていたらしい。
困り果てていた所を・・・・・・・・・
「貴方に助けられたんです」
「ああ、ありましたね」
確かにそんな事があった。
今になって思い出した。
当時の私は少尉になったばかりで相手は大尉。
階級は向こうの方が上だが、淑女を困らせるのは紳士のする事じゃない。
そう思い助けた。
その代わり・・・・・思い切り殴られて痣が数日間ほど消えなかったが。
「あの時、貴方を見て私の騎士、と思いました」
女性は夢を見る、と言うが彼女は地で行くようだな。
「それで両親に頼んで婚約者になったんです」
私としては大迷惑以外の何でも無い。
自分の夢を叶える為に、私を生贄にしたようなものだ。
しかし、そんな一途で自分勝手な所も女性らしいと言えば女性らしい。
女性と言う生き物は生まれてから死ぬまで・・・・本能の赴くままに生きている。
誰かが・・・・娼婦が言った言葉を思い出して、納得した。
「そうですか。ですが、私は自分の妻は自分で見つけます」
本能の赴くままに生きるのは勝手だが、私を生贄にされるのは御免被る。
「では、貴方の眼に叶う女性になります」
「・・・一生、貴方を見ないかもしれませんよ」
「そうはさせません」
「死ぬかもしれませんよ」
「そうなったら修道院に入り貴方の為に祈ります」
「・・・他の女性と結婚するかもしれませんよ」
「そうはさせません。でも、そうなったら心から貴方を祝福します」
私が言えば、即座に返してくる。
しかも、一向に引く気配を見せない。
・・・・案外、頑固だな。
彼女の碧眼は幾ら言おうと自分の意志を貫く眼だった。
こういう女性ほど苦手だ。
一時的な回避にしかならないが、私は言った。
「・・・・・では、ご勝手にどうぞ」
「はい。勝手にします」
これが私と彼女の初めて2人切りで話し合った会話だった。
色気も、雰囲気も、夢も、希望も何も無い。
ただの売り言葉に買い言葉的な会話だった。
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「凄い会話ですね」
俺はウォルター氏の話した奥方との会話に唖然とするしかない。
「そうかい?私たちの時代では普通だと思うが?」
「確かに・・・あの時代は古い世代と新しい世代のぶつかり合った時代でしたからね」
ウォルター氏に話し掛けられたモーガンは懐かしそうに答える。
・・・・世代が違うと、ここまで違う物か?
「まぁ、こんな感じが私と妻の慣れ染めだよ」
「そうですか。それで奥様は貴方にどういう事で関係していくんですか?」
「彼女が私の両親に直訴したんだよ」
「直訴?」
「あぁ。私が妻は自分で見つける、と言ったのが原因で強制的に諜報部員にされそうになったんだよ」
「失礼ですが、貴方の両親はどういう方だったんですか?」
話を聞く限りでは、かなり自己中心的で自分の価値こそ絶対、と思っている性質の悪い性格だ。
そして王室とも関係があるなど計り知れない面もある。
「後で調べた事だが、どうやら私の家系はかなり古いが・・・・王族の庶子だったようだ」
「つまり何時の時代か分かりませんが、時の王が平民の女性に産ませた子の末裔だと?」
「あぁ。もっともカトリックから“イングランド国教”になった時代の時は既に過去の物となっていたらしい」
イングランド国教とは現在の王室も信仰している宗教の事だ。
事の始まりは“ヘンリー8世”という王が世継ぎ---男子を産めない王妃---“キャサリン・オブ・アラゴン”と離婚する為に作り上げたとか・・・・・・・・・
今はそれだけではない、と言われている。
話を戻すとウォルター氏の祖先はヘンリー8世より前の時代に生きた王の庶子という事だ。
本当かどうかは知らないが、それなら廃れようと少なからず影響力があるのは頷ける。
何かと陰謀だとか黒い噂が絶えない英国王室だが、上手く利用すれば何でもないだろう。
「話を纏めると、ヘンリー8世以前の王室の庶子である貴方の家系だから、少なからず色々な所にパイプがあったという事ですね?」
「恐らくね。しかし、先ほども言った通り今では殆ど影響力は無い。それでも上などに物事を言えたのは両親のやり方だろう」
「・・・・“ドラキュラ”好みですか」
「あぁ。まぁ、そんな手を使われた事で危うく私は撃墜王になる前に諜報部員をやらされそうになった」
「それを奥方が直訴して止めさせたんですね?」
「その通り。今にして思えば、あれは妻にとって私に大きな借りを作る為の事だったのだろう、と思うね」
「まぁ、結婚した訳ですしね」
「本人は死んだから何とも言えないが、マリアならやる。どちらにせよ私にとっては、その時は良かった」
平凡な撃墜王だろうと・・・・・なれたのだから。
「そして、改めて思ったよ」
あの時代---近世になった今も“騎士道”が存在したのだと・・・・・・・・・・・・・・
「では、続きを話そう」
「お願いします」
俺はスイッチを押した。