第四章:妻との慣れ染め
少しばかりウォルターの家系と奥さんの慣れ染めを書きます。
「すいません、テープを代えます」
俺はここでテープを取り代えた。
「予備は後幾つあるんだい?」
ウォルター氏が葉巻をまた吹かし始めながら訊いてきた。
「4個です」
「そうか。それ位なら十分だ」
「そうですか」
「あぁ。時にモーガン」
「はい、何でしょうか?」
控えていた執事長のモーガンが前に出る。
「ソフィア達はどうだい?」
「ソフィア様なら大学から帰って店を手伝っております」
この2人を始め、ゴダール大佐、ハント大尉(国防軍時代の階級)はソフィア嬢を溺愛していると言っても良い。
血筋の繋がりなんて無いのにウォルター氏はソフィア嬢の為に多額の金を出して演劇の名門大学に入れたんだから、その溺愛振りが窺える。
とは言え、彼女自身の演技能力も高いから決して溺愛だけではない。
「クラリスとベルランテは?」
「クラリス様はゴダール様の部下から護身術を、ベルランテはハント氏が機械の操縦を教えております」
「そうか。私も孫達と戯れたいよ」
「すいません、突然来訪してインタビューなどして」
こんな事を言われては謝るしかない。
というか条件反射で俺は謝った。
「いいや。気にしてないさ。ただ、本当の孫娘は仕事に没頭でね。私の事など気にもせんから愚痴を零したくなったのだよ」
ウォルター氏の本当の孫娘はヨーロッパのブラック・ウォーター社と渾名されるプリンセス・エリザベスの女社長を務めている。
俺がインタビューして記事を書いたエレーヌ・ヴィンフィールドだ。
兄貴を「犬」と呼んだ社長でもある。
どうやら祖父との関係は良くないらしい。
「まぁ、彼女なりにベルトランの事を忘れようとしているのかもしれないな。いや、違うか・・・・見つけようと必死なのだな」
昔から意固地で自分の気持ちを素直に出来なかったからな、とウォルター氏は笑ってみせた。
「・・・祖父として嬉しいですか?」
俺は失礼にも程がある質問をした。
「嬉しいさ。孫娘に好きな男性が出来たのだからね。とは言え、ソフィアもベルトランを好きと言っている。どちらが勝つかな?」
「・・・・・まぁ、ソフィアさんが圧勝かと」
これも失礼な事だが、正直に話すとソフィア嬢が圧勝すると言うのが俺の見方だ。
「だろうね。しかし、あの娘は“諦める”、という文字が頭の辞書にないのだよ」
「・・・・・・」
「つまり、例え彼がソフィアを選ぼうと手段は選ばない。そこがエレーヌの良い所でもある」
諦めたらそこで終わり。
それが嫌だからこそ足掻くのだ。
日本人は諦めが良い、と言うがある意味で言うなら何でもかんでも諦めが早い、と言える。
それをウォルター氏は言いたいのだろう。
「北アフリカ戦で私も諦めが早かった、と思っている」
「・・・だから、孫娘はそれに似ないで良かった、と?」
「あぁ。まぁ、あの性格は妻に似たのだろう」
「先ほど話した王室の侍女の娘、ですか?」
「あぁ。私は自分で結婚相手を見つける、と言ったよ」
両親と彼女の前で堂々と・・・・・・・・・
「どうだったんです?」
「両親からは怒られたよ。親子の縁を切る、とさえ言われたが私にとっては望み通りだよ」
「・・・・・・・・・」
「さて、ここで少しばかり妻との慣れ染めを話そうか?」
「お願いします。と言うか、それすらも貴方の話す北アフリカ戦に繋がっているんでしょ?」
「鋭いね」
「ジャーナリストですから」
答えになっていないのに俺は言った。
「そうだね。まぁ、君の推測通り確かに繋がる。だが、ハッキリ言えば余り関係ない」
「それでも話してもらえませんか?」
興味深い話になる、と俺は言う。
「良いだろう。では、妻---マリアの事について話そう」
ウォルター氏は紫煙を吐きながら話し始めた。
戦友たちの事を話す時とは違い、初めて妻と出会った時を話す“夫”の顔で・・・・・・・
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「・・・まさか、ここまで来るとは」
私は自分の両親を恨めしく思った。
1941年、北アフリカ。
ここは砂と岩などで覆われた土地で、人が住むには不向きと言える。
だが、それは西洋人である私の見方であり現地に住む者たちから言わせればこうだ。
“住めば都”
これは日本の諺だ。
かつては同盟国として戦ったのに今は敵国同士・・・・国際社会ほど当てにならない物は無い。
そう私は思った瞬間である。
話を戻すと私は休暇を与えられた。
戦争ともなれば休暇など無い、と思うだろうが休み無しで働かせられる訳じゃない。
敵が来れば休暇返上で出撃だが、我が軍の方が押しているから休暇を与えられた。
もっとも私は素直に休暇を喜べなかった。
私の両親が原因である・・・・・・・・・・
昔から行動力がある両親だ、と思っていた。
だが、まさか私の休暇まで強引に行き先を決めさせるとは驚きを通り越して呆れ返る。
「やっと来たか。馬鹿息子」
父が私を見て眉を顰める。
用意されたホテルに行った途端に言われた言葉だ。
久し振りに会う息子に対して言う第一台詞ではない。
「久し振りですね。父上」
私は幼い頃から躾けられて言わされた言葉を言う。
「まだ貴様は飛行機などと言う愚かな物に乗っておるのだろ?」
「飛行機を愚かな物と言いますか。“制空権”がどれだけ大切なのか知らないで」
「私は軍人じゃない。制空権など知らん。ただ、言える事は神の所有物である空に人間が居る愚かな行為、とは知っている」
「それは貴方の考えです。私は私の考えで行きます」
「・・・・・・・」
父は私を引っ叩きたいのか拳を震わせる。
「ウォルター。今日は貴方に会わせたい人が居るの」
父の隣から母が現れた。
「婚約者なら結構です」
「会いもしないで何を言うの」
「どうせ、王室と密接な関係を今以上に築きたいんでしょ?私を道具にしないで下さい」
「私は貴方の幸せを思って言っているのよ」
「自分の幸せは自分で決める事です。神でも両親でも無い」
「そういう風に神を侮辱すると今に罰が当たりますよ」
「罰なら受けてますよ」
今日・・・両親と会った。
これが罰だ。
「・・・・とにかく来なさい」
「・・・・分かりました」
何だかんだ言っても私にとっては両親だ。
その為、何処かで妥協して、従ってしまう傾向がある。
それを自覚しながら私は後を付いて行った。
ある店に到着した私たちは椅子に座る。
「紅茶を」
ボーイが直ぐに来て父が頼む。
「間もなく相手も来る。くれぐれも失礼のないようにな」
「相手が無礼な事さえしなければ」
そう答えて私は煙草を銜えた。
「また煙草なんぞを・・・・・・」
こういう細かい事まで言ってくるから喧しく思う。
休暇ぐらいは静かに過ごしたいものだ。
だが、撃墜王に後一機でなれる。
その気持ちが休暇なぞしないで良い、と思わせてしまう。
焦りは禁物だ。
空戦において焦りは自分だけでなく隊全体を危険に曝す。
司令官も私を撃墜王にしたいが、死なせたくない。
だから、私に常々こう言っている。
『良いか、トミー。焦るな。敵は逃げない。焦っては自分だけでなく他人も危険に曝す事になる。だから、絶対に焦るなよ』
そう言われたからこそ休暇を取った訳だが・・・・ここで嫌な気持ちになると戦場に戻りたいと思う。
ライターで火を点けて煙を吐く。
そこへ紅茶がやって来る。
良い葉を使用しているな?
「やぁ、お待たせしたね」
声が掛けられて視線をそちらに向ける。
私の両親と同い年くらいの男女---夫婦が来た。
後ろには私より2歳ほど年下の女性が居る。
金髪に碧眼の女性は眼深く帽子を被り、日よけ傘をして日光を遮断していた。
何処ぞの令嬢、という印象だった。
それだけで私は別に時めきもしない。
ただ、紫煙を吐いただけだ。
「ウォルター。こちらが婚約者になるマリア嬢だ」
両親が私に笑顔になれ、と暗に言いながら紹介する。
「初めまして。英国空軍第7中隊所属、ウォルター・ネモリーズ中尉です」
煙草を灰皿に捨て私は敬礼をして名乗る。
「ご丁寧にどうも。君の事は聞いているよ。後一機で撃墜王となれるのだろ?」
マリア嬢の父君が私の手を握りながら言う。
「えぇ。ですが、焦りはしません」
「ほぉう。何故かね?普通なら焦る筈だが」
「それで友軍を危険に曝すのはいけません。司令官からも焦らずチャンスを待て、と言われたので」
「素晴らしい司令官だね。そして素晴らしい答えだ」
「ありがとうございます」
私は握られていた手を解き敬礼をする。
「いやはや立派な息子さんだ。マリアの夫して・・・・・・・・・」
「すいませんが、私はマリアさんと結婚する気はありません」
ここで私は言った。
『!?』
皆が驚く。
「失礼ながら私と彼女は初対面です。それで結婚しろ、と言われても無理です。第一、今は戦時中。このように若い女性を未亡人にする気はありません」
何より・・・・・・・・・
「自分の妻は自分で見つけます。ハッキリ言って私は両親の道具ではありません」
言うだけ言って私は再度、敬礼して立ち去る。
この後で両親に追い掛けられて怒られたのは言うまでもない。