第一章:あと一機で
1940年9月にファシストのイタリア軍が“エジプト侵攻”を始めた。
エジプトと我国---イギリスは1936年にアングロエジプト条約を結んでおり“スエズ運河”以外からの撤退を開始する予定だった。
所が、我国は未だに撤退は進んでいない。
この砂漠の都であるエジプトは今まで我国を始め、様々な国に侵攻されては祖国を蹂躙されている。
いや、エジプトだけではない。
何処の国も“先進国”という新しい侵略者に蹂躙されているのだ。
何で軍人などになったのだろう。
疑問に思う時がある。
最初こそ祖国の為、と思い入った。
しかし、段々と分からなくなってきた。
この戦いだって、要は“政治の延長”でしかない。
そんな事で多くの物から人が消えて行くのだ。
許されるのか?
否・・・許される訳が無い。
とは言え軍人だ。
命令された事をやるしかない。
そう私は思い直して、ここに居る。
砂漠という黄色い海が延々と広がっている“北アフリカ”に・・・・・・・・・・
海を渡る舟は一人用のスピット・ファイア“Mk. V”だ。
防塵用フィルターのボークス を機首の下に装備しており、武装は20mmと7.7mmを両方備えている。
私の場合は20mmが2挺に7.7mmが4挺搭載した“Mk.Vb”型だ。
『おい、“トミー”。そっちに何か見えるか?』
無線機越しに声が聞こえてきた。
トミーとは我々イギリス兵に対して付けられた蔑称だ。
トミーはトミーガン。
アメリカが開発した“トンプソン短機関銃”をよく使用する事から名付けられた。
確かにトンプソンは使われているし、私もよく使う。
45A.C.P弾というドングリみたいな弾が使われているが、威力は申し分ない。
話を戻すと何故、私がトミーと言われているのか?
それは私がアメリカ兵に似ているからだ。
何処が似ているのかは知らないが、皆は私をトミーと呼ぶ。
ハッキリ言ってしまえば・・・下らない。
相手を蔑称する。
それが何の意味がある?
否・・・何も無い。
少なくとも私はドイツ兵を蔑称で呼ばない。
寧ろ騎士道精神に溢れた者だと見ている。
1940年7月に起こった“バトル・オブ・ブリデン”が私の初陣であった。
初陣の時は皆が焦りや不安などで、訓練通りの戦いが出来ない。
だからこそ、毎日のように訓練をするのだが実戦と訓練では違う。
訓練通りの実戦が出来れば良いが、それを出来る者が果たして何名いるだろうか?
しかし、あの戦いは我国の存亡が賭かった戦いだったから、皆は死に物狂いで戦った。
そんな時でさえドイツ空軍---ルフト・バッフェは騎士道精神を保ち続けていたものだ。
撃ち落とした戦闘機から無事に操縦士が出て来るのを見届けたり、爆撃する予定の場所が壊れていたら爆弾を海に投下したり・・・・・・・・
第一次世界大戦で活躍した“赤い男爵”の血を彼等は引いている。
その先祖を見習うように彼等は騎士道を貫いているのかもしれない。
我国もそれに倣ってはいるが・・・・・・・・・・
!?
キラッ、と光る物が見えた。
「二時方向に機影、高度差約1000m!!」
仲間に呼び掛けたが、その時には友軍機が2機ほど炎を出して落ちていた。
ルフト・バッフェの愛馬---“メッサーシュミットBf109”だ。
ドイツが開発したレシプロ機であり、私が初陣で倒した飛行機でもある。
バトル・オブ・ブリデンでも多くの戦友たちを葬り去った戦場の“駿馬”だ。
性能面では申し分ない。
こちらより高い高度から高速で降下し、機銃を浴びせて離脱する。
“一撃離脱戦法”は驚異的だ。
しかし、航続距離が決定的に欠けていた。
その為・・・我国を攻めた時も爆撃機の護衛を満足に出来なかったと聞いている。
それ以外にも私の愛馬のバージョンアップ型が出て来て満足に戦えなかった事も理由であろう。
そんな彼等を仲間内では「所詮は臆病者」、「クラウツだからな」、「ナチだから仕方ない」と言っていたが、それもまた下らないし同じ空を飛ぶ者として恥曝しだ。
彼等だって友軍を助けたい筈だ。
助けたくても燃料が無くては意味が無い。
それを臆病者と罵倒するのは恥曝し以外の何でも無いのに・・・・何故、気付かない?
だが、今はそれ所ではない。
「くっ・・・・・・!!」
私の後ろに一機のメッサーシュミットがくっ付いた。
もう一機は何処だ?
ルフト・バッフェは2機で行動し、互いをカバーする戦術を編み出した。
“ロッテ戦法”と呼ばれる。
メッサーシュミットだけでなく戦術もまた洗練とされている。
それでも負ける訳にはいかない。
私は軍人だ。
何より死にたくない。
スロットルを入れて加速し、何とか引き離して攻撃しようとするが、もう一機が邪魔をする。
だが・・・・・・・・
「甘いっ」
引き金を押して私は言う。
こちらも負けてはいない。
戦いで学んだ事は活かす。
私の前で炎に包まれてメッサーシュミットが墜ちる。
パイロットは無事にパラシュートで抜け出した。
「・・・・・・・・・・」
戦闘中だが、私は安堵の息を漏らした。
戦いだから人が死ぬのは当然である。
それでも・・・・生きてもらいたい、と思ってしまうのだ。
『トミー、これで撃墜数は9機だな』
「あぁ。9機だ」
辺りを見渡すとメッサーシュミットは居ない。
逃げたのだろう。
『後1機で“撃墜王”だな』
「・・・そうだな」
その言葉に私は少なからず興奮を覚えた。
撃墜王とは多数の敵機を倒したパイロットのみ与えられる称号である。
我が国は10機で撃墜王となれるが、ドイツもフランスもそれは同じだ。
この称号を得た者が歴史上に何人いるだろうか?
何千、何万と空を飛んで散った戦友たちの中に・・・・・・・・・・
数少ないエースの中に私も仲間入りできる。
その言葉が私の心に興奮を呼び掛けるのだ。
だが、私は・・・・まだ知らなかった。
所詮・・・私は歴史に名を残す事も出来ない“平凡な撃墜王”であると・・・・・・・・・・




