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09.狙われる交流戦

ルイの言った通り、遠くに押し出された魔力の一部は、すぐに二人のもとに近づいて来ていた。先ほど突然現れた気配の中では、最も魔力量が多かった二組だ。


(すごいスピード。どうやって移動しているんだろう)


「さっきと同じ二組が戻ってきていますね」

「同じ?よく分かったね」


そう言いながら、ルイはミオの肩に一瞬だけ触れた。


「能力強化した」


二組はそれぞれ、前方と後方から近づいて来ている。あっという間に残り五十メートル程度の距離となった。


(来た…!)


後方からミオに向かって、青い炎の塊のようなものが一直線に飛んでくる。


ミオが《シールド》を詠唱しかけた刹那、二人の周囲を囲むように、水が静かに立ち上がった。

そして、炎に触れた瞬間、ジュと音を立てて少量の蒸気を残し、光の粒子となって消えた。


「あの炎はシールドじゃ、防げないよ」


ルイが助けてくれたようだ。

炎の飛来した方向、木々より少し高い位置に、男子生徒と女子生徒が現れた。彼らは、すぐに降下し、ミオたちの前に着地した。


(空飛んでた…)


ミオは、人が飛行するのを見るのは初めてだった。

やや遅れて、反対方向からも二人組が降下してきた。こちらは、眼鏡をかけた線の細い男子生徒と、豪快な笑みを浮かべる大柄な男子生徒のペアだ。


ミオは彼らの制服の袖口を見た。

袖口のデザインは学年ごとに異なる。

アラベスク模様のライン。全員三年生だ。


(三年生に挟み撃ちにされた…けど、魔力量はルイ君の方が上)


「ルイ君が落ちこぼれとペアにされたとは聞いてたけど。あなた、本当に魔力量が少ないわね、可哀想」


女子生徒が右手のひらの上に、青い炎を浮かべながら嘲笑う。先ほど、飛来した炎は彼女が放ったものだったようだ。


「彼女は、炎の異能だ。あの青い炎は、水以外は何でも燃やし尽くす」


ルイは落ち着いた声で、淡々と説明した。先ほど、《シールド》では防げないと言ったのは、その透明な壁すら燃やしてしまう炎だったのだろう。


男子生徒二人の魔力の流れが変わった。ミオは、いつでも応戦できるように身構えた。


「俺たち、ルイ君が高等部に上がってくるのを楽しみにしてたんだぜぇ」

「随分と特別扱いされているようですから、どんなものか気になりましてね。ポンコツちゃんとペアみたいですが、お手並み拝見させていただきますよ」


全く表情を変えなかったルイが、ここで、眉尻を下げ困ったような顔をしてみせた。


「ご期待に添えるか分かりませんけど」


ルイはそう言うと、ミオを囲うように結界を構築した。そして、すぐさま周囲の木々の二倍ほどの高さまで上昇する。


「あ、おい!」


ミオに対して魔法を繰り出そうとしていた彼らは、ルイを見上げて慌てる。


ルイが左腕を前に伸ばした。

「キュッ」と蛇口を捻るような音とともに、彼を中心に放射状の水が勢いよく噴出した。水は瞬く間に量を増し、滝のような勢いで落下する。

ミオは反射的に、両腕を上げ、顔を守る姿勢をとった。だが、水が叩きつける衝撃はこない。目を開くと、彼女の周囲の結界が水を弾き返していた。


水はうねるように周辺をかき回しているようだ。やがて、粒子のようにキラキラとした光に変わり空気中に消え、ミオの周りの結界も消失した。辺りは景色が切り取られたように、更地と化していた。


降下するルイのポケットに、赤い札が四枚滑り込んでいく。

三年生四人は一か所に集められていた。ずぶ濡れの彼らの頭上には、青と黄の二枚の札しか残っていない。

四人は茫然としていたが、すぐに事態を把握したようだ。


「ふざけやがって!――《エーテル・バースト》」


「――《シールド》」


ミオは反射的に詠唱した。

大柄な男子生徒が放った空気の弾丸は、シールドに食い込むように着弾した。鈍い破裂音のあと、分裂した複数の弾丸が、次々とめり込む。透明な壁が大きく揺れる。


(割られる!)


ミオは自分の内側にある魔力に、全神経を向けた。

魔力の流れの根源――小さな、小さな泉。意識を沈めるように、そこへ集中する。

頭の中に、静かな水面にしずくが落ち、波紋が広がり光り輝くイメージが浮かんだ。


視界の端に、足元から伸びる無数の白い光の線が現れた。

気づけば、指にも無数の糸が絡んでいる。


その瞬間、シールドの表面に、頭の中でイメージした水面と同じ波紋が走る。透明な壁の密度が一段高くなったのを感じると同時に、空気の弾丸は押し返され、霧散した。

しかし、一息つく間もなく、大柄な男子生徒がまた魔法を唱えた声が聞こえる。


(間に合わない!)


その瞬間、男子生徒からミオの頭上に白い光の糸が伸びた。


咄嗟に右手で糸を払った。

触れた場所に、紙で切ったような痛みが走る。

同時に、男子生徒の放った《エーテル・バースト》は不自然な弧を描いて、ミオから外れた。


「おい、今のなんだよ」


慌てた様子の男子生徒に向かって、ルイがアメジスト色の光を放った。

光は空気を引き裂くような凄まじい音を伴って直進し、彼の青色の札を正確に捉えた。さらに、同じ光が追いかけるように空気を走り、今度は彼の黄色の札を叩き落とした。


「あっ」と小さく声をあげ、彼は慌てた顔をしたが時既に遅く、頭上の二枚の札はルイのポケットに滑り込んでしまった。


「すみません。僕の勝ちですね」


ルイの言葉と共に、大柄な男子生徒と彼のペアの失格が決まった。


「君の異能はあまり使わないようにね」

「はい…」


彼らのすぐ近くにいた女子生徒は、一連の出来事に驚いた様子で、膝をついて固まっていた。彼女のペアが、右手を挙げた。


「空気を裂き、壁となれ!」


ミオは足元の空気が変わり、微かにスカートがはためくのを感じた。風は瞬く間に勢いを増し、「ヒューッ!」と耳を突く鋭い音ともに、ルイとの間に立ち上がる。


(あ、スカートが…)


風を避けると、当然、ルイとの距離も開いてしまった。突風はさらに土や枯葉を巻き込みながら大きく膨らみ、縦横に一枚の板のように広がっていく。巻き上げられた土埃のせいで、風の壁の向こうは完全に霞み、ルイの姿は視界から消えてしまった。


(ルイ君と分かれさせて、私を狙うつもりだ!)


すぐに、ルイの魔力を探った。

突風の壁の向こうで魔力がぶつかり合っている。

ルイの正確な位置を掴めない。


壁越しに、女子生徒と男子生徒の魔力の流れが確実に変わったのを感じた。

呼吸を整え、いつ来るか分からない攻撃の気配を探る。


だが、壁の向こうで魔法の衝突音が続いている。

どうやら、二人がミオを狙う前に、ルイが応戦をしているらしい。


しばらく待てば、突風もルイによって収まるだろう。その間、予想外の襲撃によって札を奪われることがないよう、周辺の気配を探る。


その時だった。

僅かに羽音のような重低音が聞こえた。


(虫…?)


森の奥、百メートルほど先に黒い影が見える。

影はゆっくりと蛇行しながら宙を漂っていた。


ミオは反射的に魔力を探る。


(生徒じゃない…?)


魔力の流れが、人間とは違う。

不規則で、妙に濁っている。


影が徐々に近づき、その姿が見えた。


(ハチ!?)


まだ距離はある。

だが、ミオの顔が二つ並ぶほどの巨体だと分かった。

辺りの様子を窺うようにゆっくりと飛ぶそれは、まだミオのことを認識していないようだ。


(ど、ど、どうしよう…!)


ミオは虫、特に飛ぶ虫が大の苦手だ。ハエのような小さな個体であろうと、見つければ周りも驚くような大げさな反応をしてしまう。

ミオはできるだけ音をたてないよう、少しずつ、すり足で後退る。


黒光りするハチの眼と、目が合った、気がした。

その刹那、「ブォォォン」と明らかに音圧が増す。


(きてる!こっちに来てる!)


姿がはっきりと見える。ハチの身体は予想以上に大きく、ミオの身長の半分程度はありそうだ。


「――《エーテル・ショット》」


ミオの震える手から放たれた空気の弾丸は、巨体の横をかすめ後方の木に当たった。

ハチは「カチカチ」と爪でガラスを叩くような音を鳴らしながら、一直線に向かってくる。


「いゃあぁぁ!むりぃぃー!」


こうなったら逃げるしかない。


ミオは森の中を、人生で一番の全速力で逃げた。

背後の羽音は徐々に大きくなっていた。


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