08.学園の王子 ルイ
明日から交流戦が始まる。
その前日まで続いた放課後の授業で、ミオは一つだけ確信したことがあった。
ルイという男は、
何を考えているか全く分からない。
ミオが学園内で見かける彼は、常にあらゆる学年の生徒や教員に囲まれている。
いつも穏やかな笑みを絶やさず、誰に対しても模範解答のような反応を返す。感じがよく、非の打ちどころのない好青年だ。
しかし、彼の笑顔はいつも同じで、目だけが笑っていない。
このことに気づいたのは、二日目の授業だった。
一日目の授業で魔力切れを起こし、意識を失ったミオは、医務室で目を覚ました。
二日目の授業の冒頭で、ルイに謝罪した。
――「医務室まで運んでいただいたようで…ほんとうに、すみません」
――「構わないよ。体調が戻ったようで良かった」
向けられたのは、彼のいつもの完璧な笑顔。初めてそれを近くで見たミオは、彼の目が全く笑っていないことに気づいた。冷たく、どこかこちらを観察するような眼差し。
翌日から、ミオは無意識のうちに彼を観察していた。
整った骨格は、何もしていなくても微笑んでいるように見える造りだ。
そして、相手が望む言葉を返し、完璧な笑顔を差し出す。
だから、誰も彼の目の奥の色に気づかない。
ミオは感情の読めないルイに苦手意識を持ち、ルイとの余計な会話を避けるようになった。
世間話もなく、淡々と進む二人の授業は、極めて順調だった。
ミオは能力強化された状態での基礎魔法の制御を習得し、繊細な魔力操作ができるようになった。さらに、魔力操作力の向上は、ミオの扱える魔法の幅を広げた。
しかし、異能は未だに使いこなせていない。
白い光の糸を意識的に視ることもできない。
最後の放課後授業が終わり、教室から出ていく間際、ルイが話しかけてきた。
いつもは、適当な挨拶をするだけなので、珍しい。
「明日から、交流戦だね」
「あ…はい、できるだけ足を引っ張らないように、頑張り、ます」
「そんなに、気負わなくていいよ。でも、あまり異能は使わないようにね」
ミオはルイの言葉に、曖昧に笑った。
(全然使えるようになってないこと知ってますよね?)
「君が交流戦を随分と不安がっていると、テセから聞いている」
「聞いてる?」
「あぁ、定期的に君のことを話すんだ」
「…特訓の成果とかですか?」
「そういうのも含めてね」
彼は少し間を置いた。
「君は前例がないから」
珍しい。前例がない。
この学園に来てから、散々言われたことだ。ミオは少し聞き飽きつつあった。
(そういえば、テセって呼ぶんだ…)
品行方正な優等生、学園の完璧な王子にしては、引っかかる。
「テセ先生と仲良さそうですよね」
「あぁ…。僕は三歳からこの学園にいるんだ」
初等部の入学は六歳のはずだ。
(優秀な人は幼少期から入学するのかな…)
「テセも同じだよ。だから、面倒を見てもらうことが多かった。彼は卒業生だけど、在学期間は僕より長い」
「特別入学みたいな、感じですか?」
「そう。…いろいろあってね」
彼にしては珍しく含みを持たせた言い方だ。
だが、彼は穏やかに笑った。これ以上話す気はないのだろう。
「じゃあ、僕は寮に戻るよ。また明日」
ミオは寮に戻るタイミングが被らないように、いつも通り、時間を空けて教室を出た。
◇
校内交流戦の初日。
ミオの願いも虚しく、空は雲一つない快晴だ。
開会式の会場は、学園裏に広がる森の入り口。
朝から高等部の全生徒が集められたが、整列する気配はまるでない。それぞれ友人同士で自由に立っているが、視線は自然と同じ方向を向き、全体が一つの塊のようになっていた。
これから始まる交流戦を前に、高揚を隠し切れないざわめきが広がっている。高等部以外の生徒らは、体育館や食堂など、学園各所に設置されたモニターを通して、こちらの様子をみることができる。
やがて、教員の合図とともに場が静まり返った。
一日目の競技ルールが説明される。
―― 事前にエントリーしたペアで出場すること。組み換えは認められない
―― 各参加者には一人につき三枚の札が配布される
―― 競技中は、自身のクラス以外であれば、他ペアの札を奪取することが可能
―― ペアのうち、どちらか一人でも三枚すべての札を失った場合は、即失格となる
高等部校長の声が、風に揺れる木々の音しかしない会場に響く。
「札は簡易結界の役割をする。破壊される程のダメージを受けた場合、札は自然と攻撃者のものとなる」
ミオは後方で、一人校長の説明を聞いていた。耳元に心臓があるのではないかと思うほど、自分の心臓の音がよく聞こえる。今日はまだ、ルイの姿を確認できていなかった。
(緊張する…ルイ君、ちゃんといるよね)
「なお、競技中は、遠隔で教員団が常に皆の様子を見守っている。これは採点のためでもあるが、危険行為が確認された場合は、すぐに教員が介入。もちろん失格だ」
校長が指を鳴らす。
パチン、と乾いた音が会場に響いた。
次の瞬間。
全生徒の頭上に赤・青・黄色の三色の札が浮かびあがる。
「最後に。森には魔物が多数いるから、退屈はしないだろう」
校長がいたずらっぽく口角を上げたその瞬間だった。
周辺一帯が真っ白な光に包まれた。
あまりの眩しさ、反射的に目を閉じた。
しかしすぐに、光が和らいだことが瞼の裏からでもはっきりと分かった。
目を開くと、背の高い木々が風に揺れ、足元は先ほどよりも少し柔らかい土に変わっていた。少し離れた場所から、他の生徒たちの話し声や、枝を踏むかすかな足音が聞こえる。
(森、だよね)
「おはよう」
「ヒッ!」
突然後ろから声がして、ミオの心臓が大きく跳ねた。目の前の変化に唖然とし、全く気づいていなかったが、ルイの魔力の気配がすぐ後ろにある。
「…驚かせるつもりはなかった」
振り返ると、やはりルイが立っていた。
「あ、いえ」
気を引き締め、辺りの気配を探ると、いくつかの方向に二人分の魔力を感じる。どうやら、近くに他のペアもいるようだ。
「高等部校長の魔法すごいですね。全生徒をペアに振り分けて、森に転移させるなんて」
「そうだね。驚いたよ」
(全く驚いていなそうな顔ですけど)
周囲の魔力がちらほらと動き始めた。行動を開始したのかもしれない。
(私たちはどうするんだろう)
ミオはルイの行動を待った。
そこへ、前触れもなくペアの気配が増えた。移動をしているようだが、どのペアも徐々にミオたちとの距離が縮めてきている。
「こっちに近づいてきているペアが六組いますね」
「そうだね。想定通りだ」
ルイは移動するつもりはないらしく、辺りの気配に意識を巡らせているようだ。
そこへ、「ルイはあっちだ」という声が聞こえてきた。
(えー…近づいてきている人たちって、ルイ君狙い!?)
「ちょっと、僕の後ろにいてくれないか」
ミオは三人分ほどの距離を空けて、ルイの背面に立った。
しかし、すぐにルイに手首を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
「ごめん、もう少し近くに」
ルイはミオの手を離すと、手のひらを地面と平行に、前方に左腕を伸ばした。
二人の足元を中心に、ルイが繰り出す結界と同じ、雪の結晶のような模様が光となって現れる。
次の瞬間。
周囲の空気が張り詰め、温度が一気に下がったように感じた。
ルイの結界が一気に広がる。
近づいて来ていた魔力が、壁にぶつかったように弾き飛ばされた。
間髪入れずに、辺りから「うわぁ」と驚くような声が聞こえ、辺りの魔力が消えた。
「なにしたの!?」
「魔力をはじく結界で押し出した」
(そんなこと出来るの!?)
遠方から、赤い光が七つ、飛んでくる。よく見ると、札だった。
それは二人の頭上で止まり、迷いなくルイのポケットへ滑り込んでいった。
(え、いきなり七人の札を奪ったの…)
ミオは思わず、ルイを見上げた。
彼は、大したことはしていない、といった様子だ。
「すぐに戻ってくる人たちもいるだろうけどね」
まるで、退屈しのぎでも始めるかのような口調だった。




