07.放課後の特訓
「テセ先生!やっぱり、また、ここでお昼食べてるー」
校内交流戦まで残り一週間となったある日の昼休み。
テセは高等部校舎の外れにある空き教室にいた。
一日中日陰となるその部屋は、教員も生徒も好んで足を運ばない。人に好かれ、いつも囲まれている彼は、集中したい仕事や考え事をする時によくこの場所を使っていた。
だが最近は、彼の憩いの場を知ってしまった人物により、静かな時間を過ごせないことが増えている。
教室に入ってきたミオは、テセの隣で自身のお弁当箱を広げ始めた。
学園の生徒は三食支給され、昼食は日替わりのお弁当だ。彼女は、いつも一人で食べているようだが、テセが空き教室にいると、このように嗅ぎ付けてくる。
ミオが初めてこの教室に来た時を思い出す。
――「先生を探してて、魔力でここだって、分かりました」
魔力探知は魔法使いの基礎だ。だが普通は、対象の魔力量を感じ取れる程度のものだ。彼女のように誰の魔力かを把握し、まして、広い校舎の中から対象者を探すことはテセでも難しい。
魔力量が少ないからこそ、コントロールを身につける中で感覚が鋭くなったのだろう。素晴らしい精度だ。
「また来たのかい。僕のこと大好きなのはとーっても嬉しいけど、先生としては同級生との仲も深めて欲しいなぁ」
「そんなに好きじゃないです!それに、私、この学園の人と仲良くなれる気しません」
ミオはお弁当のから揚げを頬張りながら、最近の嫌がらせを愚痴っている。テセは適度に相槌を打ちながら、ぼんやりとミオの様子を眺めていた。
(教室にいる時とは大違いだなぁ)
ミオは出会った時よりも、随分と表情が出るようになった。
しかし、教室では、未だにまるで無表情だ。テセに懐いてくれていることを嬉しく思う反面、友人をつくって学生らしい時間を刻んで欲しい気持ちも大きい。
「そういえば、私、金髪のお嬢様になんか目を付けられてるみたいなんです」
「ん?」
「入学した翌日から、なんか監視されてるというか…行く先々に彼女がいるんですよ」
ミオはしかめっ面をして見せた。
「話しかけてはこないんですけど、こーんな顔でいつも見てくるんです」
テセはその様子を想像して、思わず噴き出した。
彼女の言う金髪のお嬢様とは、クラスメートのアンナのことだろう。
彼女は妙に鋭いところがある。魔法薬学の爆発に巻き込まれた件以来、ミオの異能に興味を持っているのかもしれない。
(あまり、首を突っ込んでほしくはないが…)
「声掛けてみたら?仲良くなれるかもよ」
アンナも同様に、周囲の生徒とは相容れないようだ。二人にも楽しい学園生活を送ってほしいというのは本心だ。
(それに、ミオちゃんの平穏な学生生活をいつまで続くか…)
視えない異能。
それに加えて、彼女の周りはどうも怪しい。
テセは、ミオに”糸”の話を聞いて以来、彼女の両親について調査していた。
すぐに、生まれも経歴も、事故の件も情報が出てきた。それが、どうにもきな臭い。
まるで、調べられることを想定していたかのようだ。
目の前の少女は、そんなテセの心配もつゆ知らず。
先ほどの言葉に頭を抱え、悩んでいる。彼女は、どうも友人を作るのが苦手なようだ。
「ところで、ルイとは話せた?」
「…まだです」
「ペアになるんだから、ちょっとは交流しておいた方が安心じゃない?」
「…近寄りがたくて」
ミオは急に視線を落とした。
分かりやすい反応に、テセは笑う。
「ルイはさ、やさしーい奴だから大丈夫だよ。僕、親切だから、あいつにお願いしといたよ。放課後の授業」
「え、どういうこと?」
「今日から交流戦まで放課後は、ルイが先生になってくれるよ」
ミオが目を大きく見開く。今にも手に持っている箸を落としそうだ。
「ちゃんと、何をしたら良いかは伝えてあるから安心してね!」
「安心してじゃなくて!無理です!…え、先生も一緒にいる?」
「僕、仕事が溜まってるんだよねぇ。ごめんね」
ミオは真っ青な顔をして固まった。かと思えば、すぐに、一転して顔を真っ赤にし、テセになにやら文句を言い始めた。
あまりに忙しい表情の変化に、思わず吹き出してしまう。
◇
放課後、ミオはテセに指定された場所に向かった。そこは、昼休みを過ごした教室よりもさらに奥にあり、薄暗く、埃の匂いが漂っていた。通常の二倍程度の広さはあるが、教卓や机、椅子なども見当たらない何もない教室だった。
(よかった…ルイ君はまだいないみたい)
彼が来る前に、換気をすることにした。古いのか、軋みをあげて動く窓を開けると、淀んでいた空気を押し出すように、外の新鮮な風が入り込んでくる。
ルイは今日も教室にいなかった。
生徒に課せられる任務は、実力に応じて内容や頻度は様々だ。
ルイは討伐任務の常連らしく、授業を受けていることはほとんどないようだ。
背後で扉が静かに開いた。
振り返ると、爽やかな笑みを浮かべたルイが立っていた。
「待たせたかな」
「い、いえ」
声が上ずってしまい、ミオは自分の顔が熱くなるのを感じた。
「…その、任務後だと聞きました。わざわざ、すみません」
「いや、構わないよ」
ルイはそう言うと、僅かに目を細めてミオの顔をじっと見つめる。
(な、なんだろう。綺麗な人は…緊張する)
「異能、発動したらしいね。でも、相変わらず、君の異能は視えない」
彼の冷たい指先が、ミオの頬にそっと触れた。
呼吸が、一瞬止まった。
「”糸”の異能…君、本当に面白いね」
「そ、そう、ですか…」
まるで何かを確認するような眼差しでそれだけ言うと、手を放した。
「じゃあ、早速だけど。僕はテセに指定された強度の結界をつくる。君はその結界を壊すのが課題だ」
ルイはそう説明しながら、ミオの右肩に一瞬だけ軽く触れた。
(なんだろう…?)
特に身体に変化は感じない。
だが、ルイは「端に立っていて」と言うと、教室の反対側へ向かい、二人の間には、およそ十メートル以上の距離ができた。
彼は左手を前にかざし、氷の結晶を思わせる美しい結界を、無詠唱で作り出してみせた。
ミオが結界に見とれている間に、ルイは出窓へ移動して腰を下ろした。結界は変わらず、ミオの直線上に展開されたままだ。
「じゃあ、どうぞ」
ミオは、体の中で薄く漂っていた魔力が整えられていく感覚を確かめ、唇を開いた。
「――《エーテル・ショット》」
その瞬間。
ミオの周囲の空気が張り詰め、一つの弾丸のように圧縮された。
弾丸は空気を割きながら結界に一直線に走り、衝突した。
弾丸は弾かれ、分裂し、欠片がミオに向かって飛んでくる。
ミオは慌てて、基礎防御魔法を詠唱した。
「――《シールド》」
欠片は、ミオの目の前に展開された透明な壁によって弾かれた。
(す、すごい。いつもよりショットの威力も強かったし、シールドも瞬時に作れた)
「君は能力強化してある。跳ね返りを計算して、エーテル・ショットを繰り出さないと」
「能力強化…?」
「僕の異能だよ。…僕は異能を二つ持っていてね。一つはアビリティサイト。もう一つが、能力強化だ」
『アビリティサイト』は相手の異能の特性や強度、魔力量などを視覚することができる極めて珍しい能力だ。
一方、『能力強化』は、自分や他者の身体能力や魔力の底上げができる異能。
「テセから、君が能力強化をした状態で基礎防御魔法、攻撃魔法を制御できるようにして欲しいと頼まれてる」
ルイはそう言いながら、指先を宙で軽く振った。分厚い本が彼の手の上に現れる。
「とりあえず、結界にひびを入れるところから。もっと集中して、自分の中の魔力を一気に開放しないとね」
それだけ言うと、彼は分厚い本をめくり、静かに読み始めてしまった。
そこから、途切れることなくミオは結界に基礎攻撃魔法を打ち込んだ。
ルイの構築した結界に、確かなひびを走らせることができたのは、夕食の時間は過ぎ、食堂の灯りが消えた頃だった。
息があがり、肩で呼吸をする。
(どうしよう…魔力の流れをもとに戻せない)
頭がふらふらし始めた時、ミオの指から白い光の線が伸びているのが見えた。
無数に伸びているうちの一本。他よりも少し太いそれを辿ると、ルイの左手に繋がっていた。
倒れる寸前。思わず、その一本を手繰り寄せた。
左手の指先に、確かな手応えがあった。
(やばい…魔力切れ)
硬い床との衝突を覚悟した。
だが、衝撃はいくら待ってもこない。
気づけば、さわやかなサボンの香りをまとった温もりに支えられていた。
「糸、か…嫌な能力だ」
頭上から、ルイの冷たい声がした。




