06.交流戦のペア
入学翌日から、早速、個別授業が始まった。
テセは、派手な見た目をしているが面倒見の良い先生のようだ。
同級生との授業についていけるわけがないミオのために、しばらくの間は個別授業を組むように、彼が調整してくれたそうだ。
「まずは、魔力を認識することから始めようか」
授業開始の五分前。テセは、授業開始のチャイムを待つことなく言った。
「魔力の塊を作る。逃げてね」
「はい?」
次の瞬間、見えない空気の塊がこちらへ突っ込んできた。
バチンと音が響く。
「痛っ!?」
肩に当たった瞬間、静電気のような衝撃が走り、髪が逆立った。
バチン!
「ちょ、ちょ、待ってください!」
バチン!
「なんで静電気付きなんですか!?」
教室を横切りながら叫ぶと、テセは椅子に座ったまま、楽しそうに頬杖をついた。
「分かりやすいからねぇ」
再び迫る見えない何かを、身体をよじらせてかわす。
「目で追おうとしなーい。感覚を掴むんだ」
「感覚って何ですか!?」
「それを今から探すんだよ」
容赦がない。
逃げて、弾かれて、また逃げる。
それを何度も繰り返した。
何度目かの休憩時、テセは金色の包み紙の飴を渡してくれた。
微量の治癒魔法が練りこまれているらしい。
「そういえば、昨日、魔法薬学の爆発に巻き込まれたらしいね。初日から災難だったね」
飴を舐めていると、テセが軽い調子で言った。
「そうですね。それに、ちょっと不思議なことがあって」
ミオは糸が視えること。そして昨日は、それを掴むと、落ちてくるフラスコや液体の軌道が変わったことを話した。
「まさか…あり得ないな」
一通り話し終えると、テセは酷く驚いた顔をしていた。
出会ってからずっと、どこか余裕のある雰囲気を醸し出していた彼には、珍しい。
「糸、か…」
テセの表情が、わずかに強張った。
まるで、触れてはいけない単語を聞いたかのように。
「これまでにその“糸”を見たことは?」
「あります。先生と初めて会った夜、襲ってきた魔物と私を繋いでいました。そういえば、学園に来るときも見えた気が…」
テセの低い声色に、緊張感が漂う。
「でも触ったのは今朝が初めてでした」
あの瞬間、糸を引いた感触を思い出す。
指先が焼けるほど熱くなり、明らかに自分の意志で、動かした。
テセは口に手をあて、なにやら考え込んでいた。やがて、脈略のない質問を問いかけてきた。
「ミオちゃんのご両親は、幼い頃に亡くなってるんだよね?
魔法とか、特別な能力があったって聞いたことはない?」
彼の言う通り、ミオの両親は生まれたばかりの頃に、交通事故で亡くなったらしい。祖父母からも、二人の話は詳しく聞いたことがなかった。
「いえ…ないです」
「そう…。魔法使いの能力は、遺伝することが多いから。
ご両親も同じだったんじゃないかって気になったんだ」
(あの夜まで、魔法なんて何も知らなかった。
でも、おじいちゃんたちは何か知っていたのだろうか…)
今まで、記憶にない両親のことを気にしたことはなかった。
いや、考えないようにしていたという方が正しい。
なぜなら、どうしたって、ミオに両親という存在はいないのだから。
だが、もし、あの糸が本当に何かに繋がっているのなら。
知りたい。
ミオは拳を静かに握った。
「異能は、魔力がコントロール出来るようになるまでは、あまり使わない方がいいね」
テセは諭すように、穏やかな声で言った。
「その、異能と魔法ってどう違うんですか?よく分からなくて」
「お、いい質問だねぇ」
テセは空気を変えるように、演技じみた声を出した。
「どちらも、原動力は魔力だけど違う。異能は、魔法使いそれぞれが持っている、先天的な特殊能力や特技だと思ってくれたらいいかな。ミオちゃんの異能については僕ももう少し調べてみるよ」
ミオは頷いた。
結局、テセがなぜ驚いたのかは全く分からないが、答えてくれそうな雰囲気はない。
「ところで、来月に校内交流戦があるんだ。それまでに、異能の発動をコントロールしたほうがいいね」
「交流戦?」
(嫌な予感のする行事名だ…)
「うん、高等部だけの行事だよ。簡単に言えば、クラス対抗魔法バトル!」
「…すごく、危なそうじゃないですか」
テセは否定をせず、にこりと笑うだけだ。
ミオは無意識に制服の裾を握りしめた。
「…私、魔法使えませんけど」
絞り出した声は、自分でも分かるほど上ずっていた。
「そうだね。でも、大丈夫。何もできないまま出すつもりはないよ」
そう言って、テセは立ち上がった。人差し指で軽く宙をかき回すような動作をすると、空気が僅かに揺れた。
「僕も、クラスのみんなから恨まれたくないからね」
胃のあたりが重くなる。
クラス全員の冷たい視線が、自分へ向けられる光景が脳裏に浮かんだ。
(交流戦の日、体調不良になりますように)
バチン!とすっかり聞きなれた音がする。
「痛っ!」
「授業再開だよ」
◇
ホームルーム開始時間の直前に入った教室は、昨日よりも賑やかだった。
その理由は、すぐに分かる。
ミオの隣の席に、白銀の髪が輝く男子生徒が座っている。
彼の周りに男女問わず集まった沢山のクラスメートは、ちょうど自席に戻るところだった。
(助かった…やっぱりギリギリに教室に来て良かった)
クラスメートが大方散ったのを確認して、ミオも自席に向かう。
彼とは、学園に入学するきっかけとなったあの夜以来だ。何か声を掛けるべきか、一瞬迷ったが、目立つのは避けたい。静かに着席すると同時に、テセが教室に入ってきた。
「はーい、みんな!今日は待ちに待った、来月の校内交流戦について説明するよー」
その声に、教室のあちらこちらで歓声が上がる。ミオには聞くだけで胃が痛くなるイベントだが、生徒からの人気が伺える。
「去年までは観戦のみだったから、みんなが実際に競技に参加するのは初めてだね。今年は、なんと、学園裏の森が会場でーす」
森という単語に、クラス内で不満そうな声がちらほらと挙がる。
(魔物が出てくるって聞こえたけど…学園内なのに?)
「一日目はペア戦。一人三枚ずつ配られる札を奪い合ってもらいます。どちらかの札がなくなったら即失格。終了時点で上位のみが二日目へ進出だよ」
ペア決め。ミオの最も嫌いな単語だ。
幼い頃から友人が少なく、常にあぶれてきた。小学校の遠足のバスの座席決めでは、残ってしまった女の子がミオと隣になるのが決まると「ミオちゃんじゃ嫌だ」と泣き出した、という苦い思い出まである。
「ペアは基本的に自由。だけど、一組だけはこちらで指定します」
教室の空気が少し張り詰める。
「ミオちゃんとルイ、君たちはペアで」
(か、かか勘弁して…!)
空気が一瞬だけ凍ったような気がしたが、一拍遅れて、悲鳴が上がり、誰かが立ち上がった音がする。
「なんで能なしがルイ君と!?」
「ルイさんの足引っ張ったら退学にしてもらえよ」
羨望、苛立ち、怒り、困惑。様々な感情が入り混じった視線を向けられ、非常に居心地が悪い。「みおちゃんじゃ嫌だ」と泣かれた、幼いあの日の声と視線が蘇る。
「テセ先生!なんでですかー」
「こらこら、静かに。これは僕が勝手に決めたことじゃなくて、教員会議で決まったことだからね」
テセはそう言ったが、教室はまだ騒がしい。
彼は、「それに」と生徒を宥めるように口元を緩める。
「入学したばかりで魔法にも不慣れなミオちゃんが、強い奴とペアになるのはクラスにとってもメリットがあるんじゃない?」
恐々、視線だけ隣に向けると、ルイは特に不愉快そうな様子はなく、涼しい顔をしていた。
「分かりました」
血色のよい薄い唇が、淡々と告げる。
そして、視線が一瞬、ミオを射抜いた。突然向けられたハニーブラウンの瞳に、ミオは反射的に顔を逸らした。
(ちょ、ちょ、分かりやすすぎない?私…)
「監視か…。随分と警戒しているな」
冷たい刃のように鋭い声は、ミオに届いていなかった。
彼女は顔を戻すタイミングを考えることに必死だった。




