05.学園の序列
医務室に戻る途中でテセと合流した。
既に一日の最後の授業、ホームルームの時間となっていた。
「じゃあ、最後にクラスに顔を出しに行こうか」
テセの後を追うように入った教室は、通っていた高校のそれとは異なり、小さな講堂に近かった。天井は高く、視線を上げれば白い漆喰と装飾の入った梁が広がっていた。机は段差のついた半円状に配置され、後列になるほど高くなっている。
教室前方の黒板の前に立った瞬間、その視線の冷たさで悟った。
(あ、歓迎されてない)
驚きと嘲りが混じったざわめきが広がる。
「あの魔力量で、よくこの学園に入れたな」
「あれじゃあ、魔力なしと変わらないな」
(魔力量?そういえば、少ないってテセ先生も言ってたかも)
どうやら魔法使いは、誰もが相手の魔力量を知ることが出来るらしい。そして、それが少ない者は蔑みの対象になるようだ。
「じゃあ、ミオちゃん自己紹介お願いします」
テセに促されたミオは、蚊の鳴くような声で簡単な自己紹介を終えた。
「席は窓側の後ろから二列目ね」
テセの一言に、今度は別のざわめきが起きる。
「なんでルイ君の隣なんですか」
「最底辺のくせに」
指定された隣の席は、空席だった。本日は不在のようだが、名前が挙がるだけで教室の空気が変わる生徒。
(テセ先生お願い!違う席にしてください…)
視線で訴えたが、テセは穏やかに微笑むだけだった。
指定された席は、教室の前からだとかなり距離があった。
冷たい視線に耐えながら、やっと席に着き、小さく息を吐く。
テセはプリントを配布し、何かの説明を始めた。
周囲では、時折、小さな笑いや相槌が起こる。だが、ミオには半分も理解できず、ぼんやりと文字の羅列を眺めていた。
そこへ、扉が開く音が響いた。
先ほどの金髪に縦ロールの女子生徒が教室に入ってきた。
(あ、あの子、同じクラスだったんだ)
再び、プリントに視線を落とす。
すると、突然、目の前の紙がひとりでに折れ始めた。
「あっ…」
四角、三角と折られ、紙はみるみる形を変えていく。
慌てて、紙を引き延ばすが、すぐに元の形に戻ってしまう。
斜め後ろから男子生徒の忍び笑いが聞こえた。
気づけば、A4の一枚の紙は、白い鶴になっていた。
「この程度にも抵抗できないのかよ」
囁くような低い声に、胸に小さな痛みが走る。
けれど、目の前で生き物のように動く様子に、視線が釘付けになった。
羽が数回上下に小さく動き、ふわりと浮かび上がる。
(す、すごい…)
鶴は軽やかに舞い上がり、陽光を受けて白い羽がきらりと光った。
そして、半開きの窓から外へと飛び去った。
「しょうもないな」
背後の声に、拳を握る。
しかし、浮かんだのは怒りではなかった。
(魔法って、こんなに綺麗なんだ)
悔しさよりも、胸の奥に小さな憧れが灯った。
早く色々な魔法を使えるようになりたい。
テセはホームルームを終わらせると、会議があると言って急いで教室を出ていった。
教室の空気が一気に緩む。
椅子を引く音、鞄のファスナーを閉める音が重なり合い、教室を満たしていく。友人同士で声を掛け合いながら立ち上がる者、さっさと教室を出ていく者。ミオに声を掛けてくる生徒はいない。
(寮に行く前にプリント探しに行こう。
もし見つからなかったら…テセ先生に相談かなぁ)
校舎を出て、自身の感覚を頼りに、先ほど鶴が飛んでいった教室の窓を探す。
放課後の学園は、授業が終わり、それぞれの時間を楽しむ生徒で活気があった。
(確か、方向的にはこのあたりだと思うんだけど)
高等部校舎裏。放課後は日の当たらないその場所は、学園の雑多な雰囲気からは切り離された静かな場所だった。背の高い木々は秋の色を纏い、冷たい風に枝を揺らしている。
カサカサと乾いた音が聞こえ、一番大きな木を見上げると、鶴が枝に引っかかり葉に埋もれていた。見つけたものの、ミオの身長よりも遥かに高いその場所に、到底届きそうにもない。
(登る…?でも結構高いしな)
何度か落ちていた枝を使って鶴を落とそうとしたが、まるで駄目だった。
諦めて寮に帰ろうとした、その時。
背後から女子生徒の声がした。
「――《エパノドス・モルフェ》」
後ろから空気を裂くような音が迫り、すぐにミオの耳元を通過した。
驚いて、足が縺れる。
白い閃光は勢いよく鶴の引っかかった木に当たり、全体を包んだ。木は大きく枯葉を揺らし、太い枝を落とした。土埃と乾いた葉が舞う。
紙の鶴は空中でほどけるように一枚の紙に姿を戻した。
空気を受け、何度も身を翻しながら落ちてくるそれを、ミオは慌てて受け止める。
(折り目もなく、綺麗に戻ってる!)
「こんなのも、どうにか出来ないのね」
慌てて振り向くと、金髪の女子生徒が立っていた。
(すごいパワフルな魔法だった。助けてくれた…よね?)
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「それとも、何も出来ないふりでもしてるのかしら」
彼女はぶっきらぼうに言い捨てると、そのまま踵を返した。
やや吊り気味の大きな瞳が、気の強さを感じさせる美少女。
ハーフアップにまとめられたオレンジがかった金髪の縦ロール。そして、制服のリボンには大きなルビーのブローチ。
(お嬢様? 悪役令嬢…? そんな言葉が似合いそうな人だなぁ)
ミオはプリントを鞄にしっかりとしまい、一人で、女子寮に向かった。
女子寮の重厚な木の扉を開くと、優雅な空間が現れた。
正面には、左右に大きく分かれて伸びる優雅な階段。頭上には円形のドーム天井があり、中央のシャンデリアの光を柔らかく広げていた。
「わぁ」
思わず声が出る。
クスクスと笑い声がして、横を見ると、ガラス窓越しで中年女性が笑っていた。
「君が転入生かい?」
慌てて自己紹介をすると、女性は立ち上がった。
彼女の背面にある壁を見て、何かを探している。
ガラス窓から覗くと、その壁は一面、木製の鍵が吊るされていることが分かった。
その数、何百本。
「すごい、鍵の量ですね」
寮の建物は大きかったが、ここまで沢山の部屋があるとは思えない。
「全部部屋の鍵だよ。建物にね、拡張魔術がかけられているんだ」
しばらくして、女性は一つの鍵を渡してくれた。
「新入りちゃんの部屋はここだよ」
寮は一人一室。ミオの部屋は小ぶりだったが、相部屋でないことが何よりありがたい。
部屋に入ると、中央に段ボールが積まれていた。
昨日、自宅で最低限の荷物を詰め、テセから渡された送り状を貼った。そこに書かれていたのは「国立高度技術専門学園」の文字だけ。住所はどこにも記されていなかった。
まるで、どこにも存在しない学校のようだった。
(ちゃんと、荷物届いて良かった)




