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03.学園の入り口はカラオケ店

二日後の朝、ミオはテセを待っていた。

今日から国立魔法学園での生活が始まる。


集合場所に指定されたのは、池袋駅から数分の繁華街にあるビルだった。

都会の排気と長年の雨にさらされた質感がうっすらと残るカラオケ店のビルの前で、彼を待つ。


(魔法使いって、変な場所で待ち合わせるんだな)


ミオは手元のスマートフォンに目を落とした。

『世界犯罪率、過去最低を更新』

『専門家「史上最も平和な時代」』


今日も、完璧なくらい穏やかなニュースばかりだ。

それでも、ミオの胸は落ち着かなかった。


(これが、作られた平和だなんて…)


「お待たせ」


約束の時間ちょうどに、テセが現れた。


「よく眠れた?」

「はい」

「ここが入口だよ」

「…?」


テセは自動ドアをくぐる。


(え!?カラオケだよね)


声を出す間もなく、締まり始めた自動ドアをミオも慌ててくぐった。

中は普通のカラオケ店。白い蛍光灯の光が床のタイルに反射し、壁際に見慣れたポスターが並ぶ。


「学園の入り口はいくつかあるけど、君の家からだとここが近いよ。覚えてね」


そう言いながら、テセは受付に真っすぐ向かった。

カウンターの向こうで、制服姿の中年の男がこちらに気づき、マニュアル通りの笑顔で迎える。


「いらっしゃいませ!ご利用人数は何名様でしょうか」

「二人。フリータイム、ワンドリンク制で。ドリンクはメロンクリームソーダ、ダブルアイス、チョコクリーム追加、でお願い」


(な、な、なにその注文!?)


一瞬固まった店員は、すぐに笑顔を作り直した。

案内されたのは、一階の一番奥の部屋。


テセは迷うことなく通路を進んだ。入口の明るさとは少し違う、落ち着いた間接照明の廊下。どこからともなく最近流行りのアイドル曲が聞こえてくる。


途中、いくつもの扉を通り過ぎる。

テセは廊下の突き当り、少し奥まった位置にある扉の前で足を止めた。


受付で渡された紙のカードを扉にかざすと、カチリ、と音がした。


「入って」


ミオの背後で、鍵が閉まった音がした。

部屋の鍵がついていること以外は、普通のカラオケボックスのように見える。


ミオは一人分の空間を空けて、テセの隣に座った。


「さっきの注文、覚えた?」

「た、多分…」


テセは満足そうに頷き、テーブルに置かれたタブレット型の選曲端末を手元に寄せた。


「番号は後で教えるね」


そう言って、指先は迷いなく<番号入力>を押し、テンキーを選択していく。

ピッ、ピッ、と電子音が控えめに鳴る。

五回目の音が鳴った次の瞬間、液晶画面の色調が変わった。

壁越しに聞こえていた廊下に垂れ流されているアイドル曲が、すっと消える。


液晶画面に映る<認証完了>の文字。

ぐらり、と足元が揺れる。


(地震!?)


扉の向こうで光が大きく動き、世界が傾くような感覚。


視界の端に、見覚えのある、無数の細く光る糸が走った。

空間に張り巡らされた糸は、扉の向こうに伸びている。

数本が指や足に絡みついたように感じた。


しかし、瞬きをすると、糸は消えている。


(…なんなの)


思わずテセにすり寄り、彼のシャツの裾を掴んだ。


「大丈夫だよ」


彼の暖かい手が、そっと頭に置かれると同時に、揺れは止まった。


しかし、先ほどまでと廊下の様子が違う。扉の透かし窓から明るい光が差し込み、壁越しに風のような音が聞こえる。

まるで、外に繋がっているようだ。


ソファーから立ち上がったテセは、ゆっくりとドアノブに手をかけた。


「ようこそ、国立魔法学園へ」


扉が開き、眩しい光が一気に流れ込んでくる。

思わず目を細める。


先ほどまで確かに薄暗い廊下だったはずの向こう側に広がっていたのは、どこまでも澄み渡る青空だった。


一歩、外へ踏み出すと足元には石畳。

人工的な室内の空気とは異なる、柔らかい風が頬を撫でる。


目の前には広大な敷地が広がっていた。


手入れの行き届いた芝生の庭の奥に、洋風の宮殿を思わせる壮麗な建物がそびえ立つ。陽光を受けた壁は、蜂蜜を溶かしたような淡い黄土色に染まっていた。


(なに、これ…)


「驚いた?」


隣でテセが楽しそうに笑う。


「ここは外側からは見つけられない場所なんだ」


(こんな場所が、世界から隠されているなんて)


振り返れば、そこにあるのはカラオケ店の扉ではなかった。

くすんだ青緑色の装飾を纏った重厚な鉄扉へと姿を変えている。左右には厚く積み上げられた黄土色の石の壁がどこまでも続いていた。


ミオが呆然としていると、遠くで鐘の音が鳴った。


「さぁ、行こうか」



まず連れて来られたのは、入口正面の大きな建物だった。

品の良い装飾が施された、来客用と思われる部屋に案内された。


「まずは手続きと学園の案内をしたいんだけど、僕はこれから授業があるんだ。事務員のお姉さんを呼んでくるから少し待ってて」


テセはそう言って、部屋を出ていった。

一人、静かな空間に残される。


(なんだか豪華な学校だな…)


革張りのソファーから立ち上がって、窓の外の様子を見に行く。

先ほど、歩いてきた門からの道が見えた。

授業時間なのか、生徒の気配は全く感じない。


部屋を見回していると、入口で物音が聞こえた。

振り返る。


(…っ!)


驚きのあまり、声も出なかった。


扉の前に、あの、黒い影が立っていた。


肌の上を冷たいものが這う。


(なんで、ここに…)


心臓の音が耳の奥で響き続けていた。


影がゆっくりと近づいてくる。

だが、足が床に縫い付けられたように、動かない。


――「君を餌として認識しましたから」


あの夜、白銀の髪の男が言った言葉を思い出した。


(やだ、やだ、やだ!まだ死にたくない)


影はソファーをすり抜けるように、まっすぐとミオに向かって来ていた。


視界が滲み、よく見えない。

だが、影はもう目の前だった。


(あの白い光!どうやったら見えるの!?)


影の黒い手が伸びてきて、

目の前が真っ黒に包まれた。

途端に、強い吐き気が襲った。


「うっ…」


(なに、これ)


吐き気は強まり、意識が遠のいていくのを感じた。


(私、死んじゃうの…)


その時だった。

視界を覆う黒の中に、細い光が見えた。


(来た)


ミオの足元から無数の白い光が伸びている。

迷うことなく、黒い影の胸へと繋がるその一本に手を伸ばす。

まるで、それが相手の命綱だと分かっているみたいに。


熱い。掴んだ瞬間、焼けるような痛みが走った。

だが、離さない。


黒い影は、酷い叫び声をあげた。

姿を大きく歪め、苦しんでいる。


『切れ』


頭の奥で声がした。


『切れ』


だが、ミオの意識は途絶えかけていた。


(動けないの…誰か、助けて)


カクッと身体の力が抜ける瞬間、目の前が真っ赤に包まれたのを見た。

炎が黒い影を飲み込んでいた。





そんなミオの様子を、遠くから見ている者がいた。

白銀の髪にハニーブラウンの瞳をもつ男子生徒――ルイ。


彼の手のひらに浮かんだ鏡には、気を失ったミオの姿が映し出されていた。彼が鏡を消すと、不意に、何もなかった廊下に木製の扉が浮かび上がる。


ルイは扉の中に入った。

そこは、学園内でも限られた者しか存在すら知らない部屋だ。

中では、三人の男女が丸テーブルを囲んでいた。


部屋には植物が所狭しと置かれ、奇妙な花々が、まるで耳を澄ませているかのように揺れている。薔薇の蔓がひとりでにティーポットを持ち上げ、彼らのティーカップに紅茶を注いだ。


「遅くなり申し訳ございません」

「構いません。座って」


女の短い促しに従い、彼が席に着くと、蔓はもう一組カップを用意し始める。

男が口を開いた。


「珍しいことに、高等部に今日から転入生が来るようだね」

「はい。任務帰りに、魔物に襲われていたところを保護しました」


ルイが答えると、もう一人の男が愉快そうに笑う。


「魔物に襲われる魔女か、可愛いじゃないか」

「彼女の魔力量は極めて少ないのですが、異能は視えませんでした」


場の空気が僅かに変わる。


「視えない?」

「はい。存在しているはずなのに、輪郭が掴めないのです」


女が続きを促すように、顎をあげた。


「なんの異能かは分かりません。しかし、彼女には何かが視えているようです」

「視えている?」

「はい。保護した時、彼女に近づいた魔物は一瞬ですが怯むような様子を見せました。気になったので、先ほど、彼女のもとに同じ魔物を送って試してみました」


ルイは淡々と話しているが、三人の口元には僅かな笑みが浮かんだ。


「彼女が何かを掴んだ仕草をした途端、魔物が苦しみ始めました。ただ、結局、彼女は気を失ってしまったので、魔物は僕が消すことになりました」


男が笑う。


「いやぁ、ルイ君は怖いねぇ」


ルイは気にする素振りもなく、問う。


「監視対象としますか」


女が即答した。


「当然でしょう」


彼女のカップの中で、紅茶の表面に波紋が広がる。


「彼女の異能が視えない以上、放置は出来ません」



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