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20.動き出す思惑

エリオが目を覚ました。


交流戦の翌日の午後のことだった。

医務室を訪ねると今朝まで静かに眠っていた彼は、ベッドの上で上半身だけ起こし、剣を磨いていた。


「お!ルイ、来てくれたのか」

「…意識が戻ったようで良かったよ」


入り口で彼と目が合ったルイは、いつも通りの完璧な笑顔を作り、踵を返そうとした。


「おーい、ちょっと話してこうぜ。王・子・様」

「ハァ…」


ルイは渋々といった表情で、エリオのベッドに寄った。

ベッド脇のパイプ椅子に腰かける。


「体調は?」

「もう大丈夫だ。明日には寮に戻っていいって言われてる」


エリオは剣を軽く振って見せた。


「安静にしてろ。俺が磨いてやるから」


ルイが剣を取り上げようとすると、彼はひょいとかわして笑った。


「猫かぶるのやめたのか」

「…」

「剣はもう磨き終わったから大丈夫だ」


そう言って、エリオは剣を鞘に納めた。

そして、真剣な顔で問う。


「ミオは?…大丈夫か?」

「あぁ。昨日のうちには、寮に戻った」

「そうか、元気なら良かった。借りができたな、ミオに」


目の前の男は心底安心した顔をして、頬をかいている。


「…ただ、今日から四日間、謹慎処分を言い渡された」


エリオが目を見開く。


「ミオだけ?」

「あぁ」

「…やっぱり、異能のせいか?」


その問いには答えるつもりがなかった。


「俺たちが昨日入り込んだのは、やはり、立ち入り禁止区域だったようだ」

「誰も壊すことが出来ない結界に囲まれてる、ってやつ?」

「あぁ。あの中での出来事を、おそらく、学園に聞かれると思う」


エリオは驚いた顔をして、言葉を失っていた。


「あいつの異能については、俺から答えるから、何も言うな」

「…分かった。と、言っても、俺はミオが何をしたのか、全く分かってないけどな」


「ミオのやつ、何者なんだよ」というエリオの言葉は、誰かに向けられたものではなかった。だが、同感だとルイは小さく笑った。


そこへ、医務室の扉が開く音がした。

振り返ると、アンナが入ってきた。


「あら、エリオ。やっと目を覚ましたのね」

「お、アンナ。心配かけたな」

「大して心配してないわよ」


口は悪いが、彼女も安堵の表情を浮かべている。

ルイは立ち上がった。


「俺は、ちょっと呼ばれてるから。もう行くよ」

「あぁ、ありがとうな。ルイ」


アンナの釣り目と目が合う。


「言われた通り、昨日のミオの行動についてはよく見ていなかったって答えたわ」


彼女はここに来る前に、テセに呼び出されていた。

昨日の報告だろう。


(昨日のうちに指示しておいて正解だったな)


「…だけど、結界をミオが破った件については誤魔化しようがないから言ったわ」

「あぁ、それはそう言うしかないからな」

「…まったく。あの子どう見ても平凡なのに、何者なのよ」



ルイは医務室を出ると、本部棟の最上階に向かった。

薄暗い隅の廊下で、周囲に人がいないことを確認する。


左足で二回靴底を鳴らした。

すると、何もなかった廊下に木製の扉が浮かび上がった。


ドアノブに手をかけ、中に入ると植物が所狭しと置かれた部屋が広がっていた。

部屋にはテセと三人の男女がいた。

高等部校長、副校長と初等部校長だ。


「昨日の件でしょうか」


ルイの声に、高等部副校長が目の前の椅子に座るように促した。


(ッチ…この魔女やりづらいんだよな)


着席すると、ひとりでに薔薇の蔓がティーカップを用意し始める。

ルイはこの部屋で、副校長より出されるこのお茶を口にしたことはない。


「どこからお話すればよろしいでしょうか」


そう問いかけると、テセが口を開いた。


「さっき、アンナちゃんに昨日の件を聞いたんだけどね。ミオちゃんの行動はよく見ていなかったって、言うんだ」


テセは穏やかな笑みを浮かべている。

だが、関係が深い分、油断ならない相手であることを理解している。


「まさかとは思うけど、ルイがそう答えるように指示したわけじゃないよね?」

「…まさか。今日まで忠実に彼女を監視してきた僕が、なぜそんなことを?」


数秒間、テセと無言で見つめあっていると初等部校長の笑い声が響いた。


「まぁ、まぁ。私はルイを信用しているよ」

「それで、彼女の異能は?」


姿勢を整える。


「はい。彼女には“糸”が視えるようです。そして触れることができる」


左手を持ち上げ、中指と人差し指を開き、閉じる。


「こうして、糸で繋がった魔物とトロフィーの関係を断ち切ったようでした」

「…魔物というのは、知能がある竜のようなものだったかな?」


魔物については、アンナが既に報告しているのだろう。


「はい。話すことができ、記憶力もあるようでした」

「記憶?」

「…魔物は彼女を、“糸を視る者”や“運命の支配者”と言い、以前から知っているような口ぶりでした」


ガチャ、と食器のぶつかる音が部屋に響く。

副校長のカップの中で、紅茶が大きく揺れている。


四人は全員驚いた顔をしていた。


(この反応は…)


空気が一気に重くなる。

部屋を埋め尽くす動く植物の葉のざわめきだけが空間を流れる。

しばらくして、高等部校長が口を開いた。


「ついに、我々が長年、追ってきたものに近づく時が来たな」

「ええ。でも彼女は危険人物で確定ね…上手く使わないと」


(何を追っているんだ?)


思わず、机の下で拳に力が入る。


「彼女は糸を切る他に何ができる?」

「詳しいことは分かりませんが、糸を介して他者に何かを送れるようです。エリオは魔物の攻撃を受け、治癒魔法も効かない状態でした。だが、彼女がおそらく糸を掴んだ後、エリオは意識を戻しました」


あの瞬間を思い返す。

エリオに施した治癒魔法の光が消えた時は、流石に焦った。なぜなら、光が消えるというのは、彼の命の灯が消えかけていたということだからだ。


「魔法ではないと思います」


(あいつの異能は…魔力の使用がほとんどない)


「それは、何かを送ったというより運命操作―」

「テセ」


初等部校長がテセの言葉を止めた。


(へぇ、運命操作ね)


「ありがとう。…ちなみに、結界はルイにも見えなかったの?」

「はい。彼女にしか見えていませんでした」

「それで、彼女が触れただけで結界が崩れたとね…」


初等部校長は満足そうに頷いた。

他の三人も、神妙な顔つきだ。


「…なぜ、あのような場所が学園の森と繋がっているのですか?」


誰も答えない。

しばらくの沈黙の後、初等部校長が口を開いた。


「それは、私らにも分からない。学園長だけが知っているのだよ」


(本当か、嘘か…どっちだ?)


男の顔を見つめるが、柔和な笑みを浮かべた彼の真意は分からない。

そこへ、目の前に蔓が伸びてきた。ひとりでに、ルイのティーカップを片付け始める。


(帰れということか…このクソ魔女)


口角をキュッと上げ、いつもの笑顔を作る。


「よろしかったら、僕は退席いたします」

「報告ありがとう。お疲れさまでした」


(あっちが隠す気なら、こっちで情報を得ていくしかない)


部屋を出たルイは、医務室に戻ることにした。


(情報を得るなら、あのバカ女に直接聞いてくしかないが…)


ミオは謹慎中で寮の自室に缶詰め状態だ。おそらく、昨日の出来事を当事者から確認し、情報統制をかけるために彼女を隔離したのだろう。


(あいつが寮から出てくるのを待っていたら、学園に色々と隠された後だろう)


どうにかして、ミオと接触する必要がある。

だが今、彼女の自室には、自由な出入りが出来ないように結界が張られているはずだ。


(結界を壊すことは難しくないが、探っていることを勘づかれるのはまずいな)


思いついた接触方法は一つ。だが、それには協力者が必要だ。


医務室の前に着くと、ちょうどアンナが出てきたところだった。


「戻ってきたの?」

「君に用があってね」

「何かしら…」


ルイは制服の胸ポケットから紙切れとボールペンを取り出した。廊下の壁に紙を押し当てるようにして、書き込んでいく。


視線は手元に向けたまま、聞く。


「あいつの部屋には誰も入れないのか?」

「あいつ、ってミオ?」

「…」

「入れないわよ。結界が張られてるの」


ペンが紙を走る音だけが廊下に流れる。


「食事は?」

「あっ、そういえば。寮母が毎食部屋の中に持って行ってるわね。結界で魔法を通さないようにしてるから、手で運んでいるのよ」


(やっぱりな)


「じゃあ、これを、その寮母に渡してくれる?」


ペンを止め、インクを乾かすために紙を数回仰ぐ。


「…魔法陣?何よ、これ」

「上手くやれよ」


ボールペンを胸ポケットに戻し、出口に向かう。

背後で「ちょっと」と不満そうな声が聞こえるが、応えるつもりはない。


(あのバカ女は…俺にとって重要な鍵だ。

他の連中に横やりを入れさせるわけにはいかない)





その日の夕方。

コンコン、と鳴る扉の音でミオは目を覚ました。

右手にペンを持ち、魔導書を下敷きにして、気づけば寝てしまっていたようだ。


「夕飯をお持ちしましたよ」


寮母の声だった。


「はーい」


扉が開き、寮母がトレイを持って部屋に入ってきた。


「今日はいいものを持ってきましたよ」

「いいもの?」


差し出されたトレイの上に、淡いピンク色の封筒と本が乗っている。


「金髪の女の子が、缶詰め状態で暇しているだろうからって」


(…アンナだ!)


「入学早々、謹慎処分だなんて驚いちゃったけど。いい友達を持ったのね」

「…はい」


ミオは曖昧に笑った。


寮母が部屋を出ていくと、一時的に緩められた結界が張りなおされたのが分かった。

謹慎期間中、結界は寮母に対してのみ緩められる。

自室にシャワールームや簡易キッチンまで備え付けられているので、生活に困りはしないが一日目にして、既に退屈していた。


早速、ピンク色の封筒を手に取る。


(友達かぁ…嬉しいな)


自分のことを気にかけてくれる人がいる。思わず、顔が無防備に緩んでしまう。


封筒の中で、半分に折られた便箋を開くと、一枚の小さなメモが挟まっていた。


「…魔法陣?」


便箋に説明が書かれていることを期待したが、そこにはアンナらしい言葉が並んでいた。


―― 部屋に閉じ込められて退屈でしょうから、本を貸してあげる。

   寝てばかりいないで、しっかり勉強しなさいよ。

   特に、51ページからはよく読んだほうがいいわね。


ミオは封筒と一緒に渡された本に目を向けた。


(51ページ?)


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