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17.糸を視る者

「糸を視る者だな、お前」


三つ首の一つが、ミオを見下ろして笑った。

腕の産毛が、ざわりと総立ちになった。


(なんで、”糸”のこと知ってるの。こんな化け物に会ったことないのに…)


「おい、ルイどうする?」

「ここが、どんな場所なのか分からない以上、戦わずに済むならそれが一番いいな」

「…残念ながら、そういう訳にはいかなそうよ」


アンナの指さす方向を見ると、

魔物の尾の先で、青白い光が脈打っていた。

突然空に現れた存在に圧倒され、気づかなかったが、トロフィーはすぐ近くにあった。


「おーい!」


突然大声を出したエリオに、三人は目を見開く。


「その尻尾についてるやつを探しに来ただけなんだ!」


(ちょっ、エリオ!)


「返してもらえねぇか」


静かな廃村に、エリオの声はよく響いた。

風と共に、元は家だったであろう瓦礫が音を立てる。


静かな空間にしゃがれた笑い声が響いた。


「生贄が何を言う」

「面白いのぉ。剣の魔法使い」



魔物は尾でトロフィーを弄ぶように、宙に投げては掴む。

まるで子供が玩具で遊ぶように。


「それはできんな。生憎、これを気に入った」


エリオが一歩前に出た。

剣を抜く音が、静まり返った廃村に響く。

ルイはふっと、小さく笑う。彼の魔力の流れも僅かに変わった。


「だったら、取りに行くしかねぇな」


エリオが地面を蹴る。

石畳が砕けた。

次の瞬間、エリオの姿は魔物の懐にあった。


鋭い斬撃が魔物の尾に叩き込まれる。

金属同士を打ち付けたような衝撃音。

火花が散った。


しかし、剣は鱗に浅く食い込んだだけだった。

一つの首が、ゆっくりとエリオを見下ろす。


「…玩具にもならんな」


翼が一度、動いた。


それだけだった。


次の瞬間、

暴風のような衝撃が広がる。


「ぐっ!」


エリオの身体が弾き飛ばされる。


「エリオ!」


ミオが叫ぶ。

エリオは空中で身体を翻し、石畳に向かって剣を振った。

空気の斬撃を利用して、彼は叩きつけられることなく、着地した。


「なるほどな」


再び剣を構える。


「こりゃ、任務でもなかなかお目にかかれないな」


エリオが再び、地面を蹴った。

その時、ミオの隣でルイが動いた。


「もう少し、相手のデータが欲しいね」


ルイが左手を、魔物に向けて、かざした。


「拘束できる?」

「――《デスモス》」


アンナの詠唱に合わせて、線上の光が、エリオと交戦する魔物の頭上に現れた。

光は一本のロープとなって、魔物に巻き付いていく。

翼が広げられなくなった魔物は、みるみるうちに高度を下げていく。


そこへ、ルイから放たれた大きなアメジスト色の光が三つ。それぞれの首に向かって伸びた。


エリオが魔物から距離を取ったのが見えたのと同時。

一つは、首に命中し、頭を吹き飛ばした。

そこから、紫の靄が広がる。


だが、他の二つの頭は、大きく口を開けて青い炎を放った。

二つのアメジストの光は、炎に包まれ、消えた。


魔物は地面に叩きつけられる寸前で、アンナが放った拘束魔法を解いた。


「…!」


魔物は翼を広げた。

バサバサと音を立て、高く飛び上がる。


「魔力量が高いだけで、大したことはない人間だな」


先ほどルイが切ったはずの首が、断面からうごめき始めた。

徐々に、元の姿を形作っていく。


「なるほどね、三体同時に魔法が使えるようだ。おそらく、三つの首を同時に落とさないと倒せないのかな」


(すごい…三人とも)

(私も何か出来ること考えなきゃ)


ミオの視界に映る無数の糸を辿る。

魔物の身体の中心から、一本の糸が伸びていた。

その先にあるのは、トロフィーだ。


(あの糸を切ればいいんじゃない?)


しかし、切るためには、ミオとは繋がっていないその糸に、彼女の手が触れる必要がある。


「あの!トロフィーと魔物は糸で繋がっています」

「糸?」

「糸ってなによ」


ルイとアンナの声が重なった。


「多分、私にしか見えないと思うんですけど。

それを切れば、あれを倒さなくてもトロフィーを奪えると思います」


三人のもとへ、一つの頭が放った禍々しい紫の塊が飛んでくる。

ルイが三人を囲むように、結界を作る。彼の作った氷の結晶のような結界は、魔物の攻撃を弾いた。


エリオが魔物に切りかかっているのが視界に入る。


「へぇ。じゃあ、君がその糸を切れるようにアシストすればよいのかな」


ルイは、息一つ乱さず問いかける。


「どのくらい、近づけば切れる?」


魔物から伸びる糸は長さがあり、弛んでいる。


「やってみないと分からないですけど…五メートルくらいでしょうか」

「分かった」


ルイは短く返事をすると、結界を解いた。


「待って、本当にミオにやらせる気?」


アンナの問いかけに、ルイは何も言わずに、微笑みを向けた。

そして、ミオの腰に手を回すと身体ごと引き寄せた。


「ちょっ、ちょ、何するの!?」


背中に彼の熱を感じるとともに、サボンがふわりと香る。

ミオは、自分の頬が熱を持ったことが分かった。


「ここならね、誰も気づかないだろうから。そろそろ、異能を見せてもらおうかと思ってたんだ」


(誰も気づかない?)


アンナの問いに対する答えか、ミオへの発言かは分からない。

彼の言葉と同時に、ミオは靴底が地面から離れたのを感じた。


アンナの姿がどんどんと視界の下へと外れていく。


(浮いている!浮いてる!)


ミオは自分の置かれている状況に気づき、背後から回された手にしがみついた。

耳元でルイが笑った。


「俺が手離したら、お前落ちるよ」

「…!絶対に、絶対に!離さないで」


下を見れば、今にも腰が抜けそうだった。

ミオは魔物がいることも忘れて、目を閉じた。


「おい、バカ女。目を開けろ」


身体の上昇が止まった。

目の前には、エリオと交戦する魔物。


一つの頭が、こちらを振り返った。

それが口を開くと、奥で青い炎が見えた。


(来る…!)


ルイは、ミオを抱えていない方の手を前にかざした。

目の前で青い炎と、大量の水がぶつかり合う。


「今から、お前に飛行魔法を付与する」


頭上でルイの声がする。


「効果はおよそ一分程度だろう。チャンスは一回だ」

「え、飛び方分からない――」

「喋るな。舌噛むぞ」


答えはなかった。


次の瞬間。

目の前に無数の魔法陣のような光が現れた。

そこから、赤いマグマのような何かがゆっくりと表す。


(矢…?)


目の前の光景に気を取られていると、しがみついていた腕が突然離され、背中を思いきり押される。


ミオの身体はものすごいスピードで魔物から離れていく。

一瞬だけ、視界の端で、魔法陣から離れた無数の炎の矢が、魔物に放たれていく様が見えた。


全身で風を切っている。

空気の圧で、呼吸をするのも苦しい。


思わず、叫びそうになるが、先ほどのルイの言葉を思い出す。


(これ、どこまで飛ばされるの!?)


そう思った刹那。

身体が、グンッと方向を変えた。

ルイの魔法に引き戻されたのだ。


(え!?なになになに)


視界の先では、エリオが頭の一つに切り込んでいるのが見えた。

頭が切り落とされた。

続くように、魔物の頭上に展開された魔法陣が炎の矢を降らせる。


物凄い勢いで、魔物の背に近づいていく。

魔物は翼を羽ばたかせ、炎の矢を蹴散らしている。


(待って、私まであれに巻き込まれない!?)

(まだ、死にたくないよぉぉ!)


魔物の背が迫る。

相手は切られた頭の再生と、降り注ぐ矢に意識を取られ、ミオの存在には気づいていないようだ。


青白い光が見えた。

長い尾の先が、トロフィーに巻き付いている。


ミオは縦横無尽に動き回るそれを、目で追った。

身体が、尾の動きに引き寄せられるように動いた。


飛行魔法が有効なのは残り何秒だろうか。


(急がなきゃ)


白い光の糸は見えていた。

尾の動きに合わせて、宙を遊ぶように動き回る。


尾が空気を払うように、視界を横切った。

糸が弧を描くようにミオの目の前まで伸びる。


掴んだ。


右手の中で白い糸が震えている。


『切れ』


左手を軽く持ち上げ、人差し指と中指を開く。

糸を挟む。


『切れ』


指を閉じた。


その瞬間、耳の奥で鋭い音が弾けた。


キィン――


トロフィーを繋いでいた糸が切れた。

途切れた糸は、スッと空気中に消えていく。


だが、頭の中で鳴り続ける甲高い音が、消えない。

まるで、体のどこかが危険を訴えているかのように。

平衡感覚が揺れる。


(あっ、落ちる…!)


飛行魔法が切れた。


急激に身体が重くなり、下に引っ張られる。

トロフィーはあっという間に、視界から消えた。


身体が落ちていく中、見上げる。

トロフィーに巻き付いていた尾が、何かに剝がされるように緩んだ。


(やっぱり、糸を切れば、離されるのね)


ミオの身体は、どんどんと速度を増して落ちていく。

頭上で、魔物が態勢を変えたのが分かった。


六つの眼が、こちらを怒り狂った様子で捉えた。


その時。

サボンの香りに包まれた。


背中と膝裏をすくわれる。

ミオは横抱きにされていた。


「面白い異能だな」


ルイは、そう言って頭上に魔法陣を展開した。

魔法陣から放たれた炎の矢は、翼を広げ、今まさに、こちらに急降下しようとしていた魔物に直撃した。


ルイは地面に足をつけると、ミオをそっと下ろした。


(あー、地面最高!)


地に足がつく感覚を喜ぶのも束の間。


ゴトッ、と鈍い音がした。


「――《デスモス》」


落ちてきたトロフィーは、逃げる間もなくアンナによって拘束された。


「出口を探そう。このまま戻るぞ」


四人が揃った。

後はここから脱出するだけ。


その瞬間。

突然、生暖かい液体が四人に降りかかった。


(…なに?)


頬についたそれを手でぬぐい、確認する。


黒っぽい赤。


「ひっ!」


血だ。

ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い音が背後から聞こえる。


振り返る。


(っ!)


おぞましい光景だった。


石畳に爪をめり込ませた魔物。

三つあった頭は、二つに減っていた。


二つの頭は、競い合うようにして一つの首に嚙みついている。

既に、頭部は消えていた。

肉を鋭い歯で切り裂き、飲み込む。


血を被った顔の一つと目があった。


「なぁ、運命の支配者よ」


そのおぞましい顔が口を開くと、赤い液体が滴り落ちた。


「お前はこちら側の人間ではないか。生贄と何をしに来た」


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