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16.三つ首の魔物

「え、この大きな繭が見えないの?」


ミオは背後を指さした。


白い光の糸が何層にも重なった巨大な繭。

人を丸ごと飲み込みそうなそれが、

相変わらず静かに浮遊している。


しかしアンナは、うんざりした表情で言う。


「だから…どこよ」

「え?」


アンナは興味深そうに辺りを一周し、観察している。

だが、その視線には巨大な繭が映っていないようだ。


(そういえば、これまでも糸は、私以外には見えていないみたいだった)


「それで、トロフィーはその“繭”の中にあるのよね?」

「うん、そうなの!」

「じゃあ、取りだすしかないわね」


やり方は分かってるんでしょ、と言わんばかりに急かされる。


「それが…この中はすっごく、広そうで。なんか別世界みたいなのが広がってたの」

「はぁ?何言って―」


アンナは疑うような眼差しを向けたが、すぐにやや吊り気味の瞳を大きく見開いた。

呆然とした様子でミオを見つめる。


「いや、まさか…」


言葉が途切れる。

ただならぬ様子に、緊張感が走る。

アンナが口を開いた。


「裏の森には立ち入り禁止区域があるって、噂があるのよ」


彼女の声が低くなる。


「どんな魔法使いでも破ることができない、特別な結界で守られている場所」


ごくりと唾を飲み込んだ音が響いた気がした。


「普通は見つけることすらできないって」


(ま、まさか、その立ち入り禁止区域が…)


アンナは眉尻を下げ、困ったように言った。


「”繭”がその結界なのかは分からないけど。少なくともルイ君とは合流してからトロフィーを探した方がいいわね」

「どうやって合流する?」

「ミオの魔力探知で見つけられる?」


ミオは首を横に振った。

気づけば、随分と森の奥に来てしまっていたようだ。

魔力探知できる範囲に、ルイの気配は見当たらない。


「ルイ君は魔力量が膨大だから、一対一で交換できるようなものなんて中々ないのよね」


アンナの等価交換でも、彼を呼び寄せることは難しいようだ。


その時。

ミオは、前日の湖に落ちる瞬間のことを思い出した。


ミオが左手で糸を引っ張ると、ルイとの距離がグッと縮まった。

その糸は、左手の小指と繋がっていた。

ミオの指には無数の糸が繋がっているが、左の小指にはその一本しかない。


「あの…説明は難しいんだけど。ルイ君のこと呼び出せるかもしれない」


アンナの大きく見開かれた瞳と、目が合う。


ミオは目を閉じ、意識を切り替えた。開くと、白い光の糸が視界に映った。


左手の小指に繋がるその一本を、右手で掴む。


(お願い。来て…)


思いっきり引っ張った。


手繰り寄せるように、何度も引っ張る。


糸が強く引き返された。

ぐん、と腕が持っていかれる。


「っ!」


まるで、向こう側から掴み返されたみたいだった。


(こっちに、来て!)


ミオは歯を食いしばり、さらに糸を手繰り寄せる。

しばらくすると、糸はおとなしくなった。


「やれることは、やったけど…」


周囲の気配を探る。

まだ、ルイの魔力は近くにない。


もう一度、糸を引っ張ろうとした、その時。


背後で突風が巻き起こった。


振り返ると、枯葉が一斉に舞い上がった。

やがて、渦の中心に、二つの人影が現れた。


「あれ、ミオとアンナじゃん」

「…エリオ!」


ルイと共に、エリオが現れた。

どうやら二人も合流していたようだ。


隣でアンナが「ミオには驚かされてばかりだわ」と小さく呟く声がした。

そこへ、ルイが満面の笑みで近づいてくる。


(こ、怖い…)


ミオは思わず後退る。

ルイはミオの正面で足を止めると、顔を彼女の耳元に近づけた。


「二度とこの方法で呼びつけるな」


耳元で囁かれた声は低く、怒りを押し殺していた。

ミオは必死に、何度も、頷いた。


「それで、どういう状況なのかな」


すっかり元の王子様の姿に戻ったルイが問いかける。

アンナが一連の出来事を分かりやすく説明してくれた。




「すげぇな!ミオ」


説明の間エリオは分かりやすく、驚いた表情をしていた。

そして、アンナの話が終わると、感嘆の声をあげ、ミオの頭を撫でた。


「とりあえず、その“繭”の中にトロフィーを探しに行くしかないね」


ルイがミオの目を真っ直ぐ見て言う。


「入り口を作ってくれるかな」

「はい…」


向けられたのは、いつも通りの完璧な笑顔だった。

だが、「早くやれよ、バカ女」というルイの本音が聞こえてくるようだった。


巨大な糸の繭は、ルイたちにも見えていないようだった。


ミオは手を伸ばす。

触れた瞬間、再び、焼けた鉄を握ったような痛みが、指先を貫いた。


(痛い!熱い!)


それでもミオは手を引かなかった。


三人の目には、ミオが手を伸ばした場所から、徐々に景色が崩れていくのが見えていた。

思わず息を呑む。


(中に入らなきゃいけないから、もう少し大きな穴を作らなきゃ)


糸はミオの右手にどんどんと絡んでいく。

ミオは歯を食いしばりながら、再び、繭に触れた。

手を奥に入れ込み、穴を大きくするように腕を動かしていく。


「もう大丈夫だ」


背後でルイの声がした。


糸がほどけるようにして、穴は大きくなっていく。

既に、ミオの身長の半分ほどはあった。


そこから見える景色に、エリオとアンナは呆然と立ち尽くしていた。


「じゃあ、行こうか」


ルイはそう言うと、迷うことなく、穴の前に進んだ。

身体を少しよじらせ、中に入っていくと、視界から彼の姿が消えた。


後をエリオ、アンナと続く。


穴の向こうには、

さっきミオが覗き見た、あの廃村。


生き物の気配は、全くない。


その不気味な雰囲気に怖気づいていると、中からエリオが呼ぶ声がした。


意を決して、穴の中に足を掛けたその時。


身体が引きずり込まれた。

落ちる。

落ちる。

地面が凄まじい速さで迫る。


「キャー!」


ジェットコースターの落ちる時。その比ではないほどのエネルギーが全身にかかる。


地面から数センチ。

ミオの落下していた身体は止まった。


心臓の音だけが耳の奥で反響し、息もできない。


「大丈夫か」


エリオの手が差し出される。


しかし、放心状態の身体は言うことを聞かない。

身体が震え、差し出された手を取れずにいると、

エリオはミオの腕を掴み、ぐっと引き起こした。


「ほんと、怖がりだよな」

「ごめん…」


ミオの腕に絡んでいた糸はすっかりほどけ、穴は静かに閉じていく。

何の変哲もない青空だけが残った。

糸の気配もない。


(帰れる、よね…?)


「早速だけど、トロフィーを探そうか」

「どうやって探すんだ?ほんとに、別世界だな。すげぇな広いぞ」


その言葉に、ミオは辺りを見回して言葉を失った。

空間は、思っていたよりも広かった。

どこまでも続く青空の下、廃れた村が広がる。


三人の目がミオに向けられる。


「…えっと、魔力探知の範囲にはいないみたい」

「やっぱり、すごいな。あのトロフィーの魔力も掴めてるのか」


エリオは純粋に褒めてくれているようだが、ミオは愛想笑いしかできない。

なぜなら、隣でルイはニコニコと笑っているからだ。ミオには、それが「それで、どうすんだ」と急かされているようにしか思えない。


「トロフィーは強い魔力から逃げるんだけど…」

「僕たち以外の魔力を全く感じない。つまり、あてもなく探すしかないということか」


ルイはいつも通りの甘い声色だが、言葉に棘がある。


(イライラが隠しきれていないですよ…)


「この廃れた村、何なのかしら」


アンナはこの異様な雰囲気を気にしているようだ。


「なぜ、学園の森と繋がって―」

「あ!」


ミオは突然、大きな声をあげた。


「トロフィーかもしれません」


ミオは心臓の鼓動のような脈打つ魔力の流れを感じ取った。

それは、徐々にこちらに向かって来ているようだ。


「なんか、こっちに来てるような…」


ミオは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

突然、四人の立っている場所が黒い影に覆われた。


頭上を見上げると――

そこには、

何か大きなものが浮いていた。


「…!」


(なに、このすごい魔力…。どこから現れたの!?)


それは、巨大な翼を広げたトカゲのような生き物だった。

辺り一帯を覆い隠すほどの巨体。


それは、まるで――竜。

だが、空想上の生き物とされている、それとも少し違うのは、頭が三つあることだ。

赤い六つの眼が、獲物を見つけたように四人を見下ろしている。


「魔物だな」


ルイの言葉に、エリオが剣を抜こうとする。

だが、彼はそれを止めた。


「全員動くな」


ルイの声には迷いがなかった。


「下手に動けば、全員消える」


言葉は鋭いが、彼はどこか余裕のある表情をしている。

誰よりも任務に出ているルイ。圧倒的な経験の差を感じる。


「生きている人間の生贄か。何十年ぶりだろうな」


低くしゃがれた声だった。

その声は、明らかに四人の頭上から降ってきていた。


「…おいおい。どういうことだ?あいつら、喋ってるぞ」


通常、魔物が喋ることはない。

彼らには、言語を理解し、言葉を発するほどの知能がないからだ。


「高度な知能を持った魔物…百年前の大戦で絶滅したはずだったな」


ルイの言葉に、四人の間に緊張感が走る。


「魔法使いの四人か」

「久々のご馳走だな」

「おや、一人は違うようだぞ」


六つの眼は、なぜかミオに向けられている。

鋭い視線に、息をすることさえ難しいとばかりにミオの喉が震えた。


「離れるなよ」


ルイはミオを一歩後ろへ下がらせ、その前に立った。


「見覚えのある気配だ」


頭上で、三つ首が揃って笑った。


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