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15.糸が導く森の奥

周囲を漂う魔力の流れが、どうにも気持ち悪い。


ミオはゆっくりと辺りを見回した。

霧は同じ高さで漂い、木々の並びにも見覚えがある。

足元の石も、欠けさせたところまで全く同じだ。


トロフィーを抱える腕に、グッと力が入る。


一歩、二歩と歩き、駆けだす。


二十歩ほど進んだところで、再び石が転がっていた。


欠けた角。

まだらに生えた苔。


間違いない。さっき見た石だ。


(同じ場所を歩かされている…)


トロフィーを捕獲できた。

だが、ルイたちと合流できなければ優勝はない。

このループから抜け出さない限り――。


(まずは、現象を理解しないと)


魔法は魔力が引き起す現象だと、授業で習った。まずは、何が起きているかを理解することが状況を変える第一歩になるはず。


(糸が使えるといいんだけど…)


意識を切り替えると、視界に白い光の糸が現れた。それは、指の先にも無数に繋がっている。


ルイには異能を使わないように言われているが、魔力量も使える魔法も少ないミオにとって、頼みの綱だ。


ミオは足元で木の枝を十字に組んだ。目印になるはずだ。

体の向きを変え、これまでとは垂直方向に歩き出す。

いくつかの糸の向きが変わる。

これらが、何に繋がっているかは全く分からないが、空間の方向を確認するのに使えるかもしれない。


数歩、進む。


糸は、進んだ分だけ、向きが変わる。


しばらく歩いていると、前方に十字の目印が見えてきた。

少しずつ糸の角度が戻っていく。


(糸が…!もとに戻った)


目印にたどり着くと同時に、糸の状態も振り出しに戻っていた。


「どんなに歩いても、ここに戻ってくるってこと?」


見覚えのある木々や倒木。霧も同じ角度で漂っている。


途中までは、糸の向きはミオの動きに合わせて変わっていた。


景色だけじゃない。

ミオ自身も移動している。


(どこかでワープしてるんだ!)


周囲の魔力の流れを探る。

相変わらず、気味が悪いほどに微量の魔力が規則正しく流れ続けている。

特別な気配はない。


ミオは振り返った。


空中に薄く漂う白い霧。

不自然なほど、空気の流れが変わらない。


(…ここだ)


「――《エーテル・ショット》」


霧に向かって魔法を放つと、空気が歪み、薄い氷に走る亀裂のようなものが現れた。


(結界…?)


「――《エーテル・ショット》」


先ほどよりも威力を増した空気の弾丸が、亀裂に命中する。


ミシッ。

空気が軋む音がした。

透明な壁に、大きな亀裂が走る。


結界は砕かれた。景色が音を立てて崩れていく。


そして、先ほどまでとは異なる木々と小川が現れた。


(抜けられたんだ!)


トロフィーをギュッと抱きしめ、安堵のため息を吐く。


相変わらず、森は薄暗く、白い霧が漂っている。

だが、霧は、風とともに自然な流れをしていた。


周囲に生徒の気配はない。


ルイやエリオ、アンナの気配を探し始めた時だった。


空気の中に編み込まれた細い光の糸が、小川の向こう、森の奥に流れ込んでいくことに気づいた。

風に流される訳でもなく、まるで、糸が自分の意思を持って進んでいく。



ミオは無意識に、その糸の流れを追いかけていた。

薄暗い森の奥へ誘われていく。


気づけば、常に漂っていた高等部校長の魔力も消えていた。

風の音も、葉のざわめきもない。

ただ、ミオの枯葉を踏む音だけが落ちる。



(なに、あれ…)


どれだけ歩いたか分からない。

数分のことだったか、あるいは数十分は歩いたかもしれない。


前方で、大きな何かが光っている。

薄暗い森の奥に浮かんでいたのは――


白く光る巨大な繭だった。

人が丸ごと飲み込まれそうな大きさだ。


ミオは導かれるようにそれに近づく。


よく見ると、いつもミオの指に絡む糸と、同じ光だった。

糸がいくつも合わさって、巨大な繭を形作っている。


(綺麗…)


考える間もなく、手が伸びていく。


「痛っ!」


触れた瞬間、指先に刺激が走った。

慌てて、手を引っ込めると、遅れて、熱を感じる。

繭から伸びた大量の糸は腕にまで絡んでいた。


ミオが手を引くと、繭からほどけるように糸が伸びていく。


やがて、ミオの顔一つ分ほどの大きさの穴ができた。

光が溢れているその穴の中を、恐々、覗いてみる。


「はっ…!」


思わず声が漏れた。


心臓がドクドクと鳴っている。

腕の力が抜け、トロフィーが足元に落ちるが、ミオはすっかり目の前の光景に気を取られていた。


繭の中には、異空間が広がっていた。


青空の下。

西洋風の村が広がっていた。

だが――


生きている気配がまるでない。


家のほとんどが屋根は破れ、窓は割れ、原形を留めていないものも。

通りらしきものも見えるが、荷車が横転している。

中央には何かが引きずられたような黒い跡まである。


異様な光景だが、魔力は全く感じない。


(なに…これ)


「ヒッ!」


足元でなにかが動いた気配がして、背筋が粟立つ。


視線を落とすと、トロフィーが青白い光を脈打っていた。


(やばい…!)


慌てて、手を伸ばすが、間に合わない。


トロフィーは繭の中に吸い込まれていった。


「え…」


ミオの背筋に冷たいものが流れる。


「ちょっ、待って!」


慌てて穴の中に手を伸ばすが、すでにトロフィーの姿は視界から消えている。


ミオの指に絡んでいた糸が、居場所を見つけたかのように繭の穴を埋め始めた。

一緒に取り込まれそうな恐怖から、慌てて腕を引く。


あっという間に繭の穴は閉じられた。


「ど、ど、どどうしよう!!!」


もう一度、繭に触れれば穴は空くだろうが、トロフィーはあの広い異空間に消えてしまった。すぐに見つけられるだろうか。


(トロフィー無くなったら…競技中止?だよね)


競技一日目が終わった後のことを思い出す。

クラスメートだけではない。

学園中の冷たい視線、罵倒が向けられるのは目に見えていた。


(あ、れ、もしかして…これもモニタリングされてる!?)


「今すぐ、取りに行きます!」


ミオが再び、繭に手を伸ばした時だった。


「ちょっと、ミオ。一人でなに言ってんの」


ミオは振り返った。

そこに立っていたのは、呆れた顔をしたアンナだった。


「ア、アアアアンナちゃん!!」

「何よ、慌てて」


アンナは肩をすくめながら辺りを見回す。


「空間の座標位置がずれたから来てみれば、随分と奥まで来たわね」

「座標位置?」

「そう。あなた、また何かしたの?」


座標位置のずれというのは、ミオにはよく分からない。

先ほど、繭に穴を空けてしまったことが関係しているのだろうか。

だが、アンナはミオの回答を待たずに続ける。


「ちょうどこの近くに、私と等価交換できる魔物でもいたのね。合流できて良かったわ」


どうやら、アンナは等価交換の異能で、この場所に移動してきたようだ。


「座標位置のずれって、他の人にも気づいてるのかな」

「何言ってるの、私の専売特許よ。等価交換の持ち主じゃなきゃ、気づかないわ」

「そ、そっか。それなら良かった」


ミオがほっと息を吐くと、アンナは訝し気な表情を浮かべた。


「やっぱり、何かやらかしたのね」

「…トロフィーを無くしました」

「…?」

「トロフィーがね、この繭みたいなやつのなかに吸い込まれちゃったの」


アンナは全く何を言っているのか分からない、といった顔をしている。


「もしかして、私なんかがトロフィー捕まえたって、信じてない?」

「…いや、それは信じてるけど。あなた、何か訳ありな力持ってるみたいだもの」


(いや、トロフィーは魔力量が少ないから捕獲できただけなんだけど)


「ミオが言ってる、繭っていうのはどこにあるの?」


アンナは辺りを見回した。


「…何も見えないけど」

「…はい?」


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