14.逃げるトロフィーの捕まえ方
校内交流戦の二日目。
太陽が真上に差し掛かる頃、出場者が学園裏の森の入り口に集められた。
一日目で上位二割に入ったペアだけが、五人以内のチームを再編成して出場する。
ミオのクラスで勝ち残ったのは、ミオとルイ、そしてアンナとエリオの一組のみだった。
必然的に四人は同じチームとなった。
森の入り口には、十チームほどが集まり、競技ルールの説明を待っていた。
ミオは、エリオとアンナを中心に進む会話に適当に相槌を打ちながら、制服の裾を握りしめていた。
(胃が痛い…)
昨日の出来事は、すでに学園中に広まっていた。
――「ルイ君を湖に落とすなんて何考えてんのよ!」
交流戦の映像は学園各所のモニターで配信されており、ルイをずぶ濡れにした映像もばっちり写っていたらしい。
そのせいで、二日目の競技へのプレッシャーは想像以上だった。
「おーい、ミオ!」
すっかり意識が飛んでいたミオは、覗き込んできたエリオの顔の近さに驚いた。
彼の骨ばった男らしい指がミオの頬を軽くつまみ、ぐいっと横に引き延ばす。
「すっかり緊張してんのな」
「ひゃみてよ」
抗議の声に、エリオは楽しそうに目を細めた。頬に触れていた指先はすぐに離れた。
頬に残る熱を冷ますように手のひらをあてる。
「あなたが私たちに迷惑をかけることは間違いないんだから。緊張したって無意味よ」
アンナの励ましらしき言葉に思わず失笑すると、エリオが恐ろしいことを言った。
「にしても、ルイが湖に落ちたって。俺も見たかったなぁ」
(ひぃぃぃ!掘り返さないで)
瞬時にルイの顔色を確認する。
彼は相変わらず穏やかな表情をしてエリオに当たり障りのないことを言っているが、内心何を考えているのかなんて想像するのも恐ろしい。
そこへ、高等部校長の声が響いた。
「二日目の競技ルールを説明する」
周囲のざわめきが一瞬で静まる。
校長は、まるで氷でつくられているような透明な杯を持っていた。
いや、正確には持っているのではなく、浮かせているようだ。
彼の手のひらの上で浮いているそれは、赤ん坊ほどの大きさだ。
内部の青白い光が心臓の鼓動のように脈打つ。
「制限時間は三時間。このトロフィーをメンバー全員で触れることが出来たチームを優勝だ」
そう宣言した校長は、杯を掲げた。
ミオは慌てて、杯の魔力の流れに意識を向ける。
動く物体を追いかけるのであれば、認識しておいて損はないだろう。
杯はゆっくりと校長の頭上に浮かび上がると、吸い込まれるように森の中へと消えた。
「さぁ、諸君の実力を見せてもらおうか」
校長の声を合図に、周辺一帯が真っ白な光に包まれる。
(転送か)
静かに目を開けると、森の様子が昨日とは全く異なっていた。
まるで、夕方かと錯覚するほど薄暗く、白い霧のようなものが充満している。
不気味な雰囲気に、思わず唾を飲み込む。
周囲には誰もおらず、今回は一人で森に転移されたようだ。
(まずは誰かと合流しないと…)
ミオはすぐに魔力探知に意識を集中させる。
「あっ」
思わず小さく声を漏れる。
森全体に、微量の高等部校長の魔力が満ちていた。
白い霧も、薄く魔力を帯びている。
(邪魔だなぁ)
ミオは目を閉じ、意識を深く沈めた。
すると、余計な気配がすっと遠のく。
森に充満している魔力の層を押しのけるようにして、他の存在を追っていく。
点のように感じ取っていた魔力が、立体的に浮かび上がる。
森を上から見下ろしているような感覚だった。
ルイやエリオ、アンナの気配を見つけたが、三人とも少し離れた距離に飛ばされたようだ。
一か所、不自然なほど反応が薄い場所を見つけた。
そこに、生徒の反応はない。
だが、空白のようなその場所に、一つだけ動かない魔力がある。
脈打つような魔力の流れ。
(…トロフィー!?)
目を開くと、足元には白い光の線が浮かび上がっていた。
指には、無数の光の糸が絡みついていた。
「あ…」
ミオは気づく。
魔力を一点に沈めた瞬間、糸が視えるようになる。
(この感覚…掴めたかも)
トロフィーは拍子抜けなほど、早く見つかった。
まずは誰かと合流したかったが、トロフィーに向かっていれば自然と落ち合えるかもしれない。ミオは一人で、その場所を目指すことにした。
不必要に他チームや魔物と遭遇しないように気を配りながら、薄暗い道を進む。
しばらく進むと、心拍数があがり、身体が熱くなってきた。普段よりも広範囲に対して魔力探知を行うと、自然と体力が消耗するようだ。
途中、何度も交戦している気配を感じた。今、誰かに狙われたら、万事休すだ。
数分後、遠回りをしたが、脈打つ青白い光を視界に捉えた。
それは、薄暗い森の中で一人、地面から数センチの場所を浮遊し、月光のように輝いていた。
残念ながら、トロフィーとミオは、糸で繋がっていない。
ミオは魔力をかき集めた状態のまま、静かに近づいた。
あと数メートル。突然、トロフィーがバッタのように一つ、二つと跳ねた。
慌てて後を追うが、一向に距離は縮まらない。
それどころか、態勢を翻し、光を点滅させ、左右にぴょこぴょこと跳ねている。
(なんか、馬鹿にされてる気がする!!)
「――《エーテル・ショット》」
試しに、トロフィーに向かって攻撃魔法を繰り出してみる。すると、青白い光は先ほどよりも素早く、逃げていった。
(魔力に反応してる?)
ミオは魔力の収束を解いた。
一歩近づく。
トロフィーが小さく跳ねる。
さらに一歩。
今度は、ほんの少しだけ距離を取られた。
「いい子だから、じっとしててね」
声を掛けながら近づく。だが、トロフィーは動かない。
今度は魔力を少しだけ集める。
跳ねた。
「やっぱり魔力か」
いくら魔力量が少ないミオと言えども、ゼロにすることは不可能だ。
(枯渇させる?)
トロフィーに触れることはできるが、誰かと合流するまで守り切れるだろうか。
何より、気を失ってしまう可能性もある。
改めて、周囲の気配を探る。距離はあるが、自分よりも強い魔力は沢山いる。
(強い人たちのところに一気に追い込めば、私の方に逃げてくるかも)
だが、他の生徒にトロフィーの存在が見つかってしまうのは問題だ。争奪戦になれば、ミオに勝ち目はないだろう。
(ど、どうしよう!この様子もきっとモニタリングされてるよね…)
ミオが頭を抱えていると、目の前に白い霧が広がった。今日の森は、こうして定期的に霧に覆われ、視界不良になることが多々あった。青白い光が遠のいていくことに気づき、慌てて後を追う。
(そうか!)
ミオはトロフィーが自分に反応しない程度の距離で立ち止まり、目を閉じた。魔力の流れが地図のように、鮮明に見える。
(右? いや、左の方が濃い)
「――《エーテル・ショット》」
放たれた空気の弾丸を避けるように、トロフィー左に跳ねる。だが、そこには霧がある。トロフィーは迷うように一瞬停止したが、すぐに右に小さく跳ねる。
「――《リフト・ドロップ》」
できるだけ自身の魔力を流し込むようにして浮かせた大きな石を、トロフィーの行く先を封じるように焦点を定め、落とす。角が欠け、転がる。
青白い光は逃げるように、ミオの方向へ飛んできた。
手を伸ばし、駆け寄る。あと一歩。しかし、届かない。
近づきすぎたのが、一気に距離を取られてしまった。
ミオは無意識に止めていた息を、大きく吐き出した。感覚は掴めた。
(もっと、あっちから飛んでくるようにしないと)
左右に霧が充満している場所を探し、そこへトロフィーを追い込むように後ろから攻撃魔法を放つ。数回繰り返したところで、やや距離をとって立ち止まる。さっきと同じように、大きな石も転がっている。ちょうどいい。
「――《エーテル・ショット》」
「――《リフト》」
多くの魔力を大きな石に一気に流し込む。トロフィーはその気配を察してか、既にミオの方向に小さく跳ねている。
「――《ドロップ》」
(来た!)
青白い光は、臨界まで魔力を放出したミオのもとへ真っすぐ飛んできた。
追わない。
近づかない。
両手を広げ、ただ待つ。
両腕に、確かな重みが落ちた。
「…!」
ミオは思わず息を止めた。
「やった…捕まえた!」
腕の中に視線を落とす。
森は静まり返っている。
腕の中で青白い光が脈打っていた。
(よかったぁぁ)
力強くトロフィーを抱きながら、喜びを噛みしめる。
――「うおぉぉぉ!」
遠く、モニター越しにクラスメートが歓声を上げてる気がした。
まだ、周囲に他の生徒の気配はない。だが、魔力の流れに違和感を感じていた。
先ほど落とした大きな石を確認しにいく。
横長で、苔がまだらに生え、角が欠けている。
(おかしい…)
すぐそばには、見覚えのある欠片も転がっている。
ミオはゆっくりと顔を上げた。
森は、ずっと同じ角度で、霧を漂わせている。
(さっき見た光景と、全く同じだ…)




