13.王子の仮面の裏側
冷たい水の中で、強く抱き寄せられた。
ルイの腕だった。
かつてないほどの近さで、
ハニーブラウンの瞳がミオだけを見つめている。
(この表情は…何を考えているんだろう)
ミオの意識が遠のいていく。
◇
「おい、バカ女…バカ女!」
安堵と苛立ちが混じった声だった。
ミオが目を開けると、視界一面にルイの顔と背景の青空が映り込んだ。
起き上がると、ルイの腕がまだ肩を支えていた。
その距離の近さに気づき、ミオの心臓が跳ねる。
慌てて離れた。
辺りを見回すと、湖の岸辺のようだ。周辺には二人以外、人影はなかった。
気を失う直前、水中で見た輝くハニーブラウンの瞳を思い出す。
「す、すすみません!巻き込んでしまって…本当に申し訳ないです」
ミオは首が折れそうになるほど、何度も頭を下げた。
「大丈夫だよ。すぐに魔法で乾かした」
確かに彼には、水に濡れた形跡が全くない。
ミオの髪や制服も同様に濡れた形跡がなかった。
「君も冷えただろ」
「すみません、私まで乾かしていただいて」
顔を上げ、ルイに謝罪をすると、彼の頭上に三色の札が並んでいるのが目に入った。
(あ、私の札!)
慌てだしたミオを見て、ルイは小さく笑って言った。
「そっちも、大丈夫。残ってるから。彼らの札は僕がとった」
ミオが安堵のため息をつくと、ルイは立ち上がった。
「君が問題ないなら、そろそろ出口に向かおうか。残り五分で交流戦終了との合図があった」
「はい」
ミオはゆっくりと立ち上がり、ルイと視線を合わせた。しかし、一向に歩き出す気配がない。
数秒、二人は無言で見つめ合った。ミオが疑問を口にしようとしたその時。
ルイの完璧な笑顔がスッと消えた。
「バカ女」
これまでの彼からは、到底想像もできない低い声。
「俺が呼んだ声、聞こえてただろ、さっき」
ミオは一拍遅れて、彼が何を言っているのかを理解した。
目を開ける前に聞こえたルイの声。もちろん、はっきりと聞いていた。
だが、できるだけ、彼とは関わらないでいたい。
これまでの距離を保ち、平穏な生活を送りたい一心で、気づかないふりをしたのだ。
「…なんのことでしょう。何も聞こえてないです」
声が震えないように、息を深く吸って勢いよく答えた。そして、その勢いのまま「行きましょう」と歩き出そうとする。
しかし、ルイはフッと気の抜けたような笑い声をあげた。
「嘘が下手だな」
(ひぃぃぃ!…なんで?いつもの作り笑顔で流してくれないの!?)
「お前、俺と目が合うといつも変な顔してたな。猫被ってることに気づいてんだろ」
「め、滅相もございません!」
即答する。しかし、彼はミオの返事はまるで求めていないように続けた。
「それに、自分が監視されてることも聞いただろ?何も言わないのか」
「え…」
(エリオがその話をしている時にはいなかったと思うんだけど)
「なんで、そのこと知ってるんですか?」
ルイの左の口角だけがゆっくりと斜め上に引き上げられる。
端正な顔立ちに似合わない歪んだ笑みのまま、愉快そうに言った。
「監視してるから」
「怖っ!」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて手で口を覆う。
彼は喉奥を低く鳴らし笑った。
「昼休みにはぐれたお馬鹿さんを探そうと思って、集音魔法をかけた。その時、声を拾っただけだ」
いつもより低く、冷たい口調をしているが、随分と楽しそうな表情をしている。
「…性格悪いって言われません?」
「いや、ないね。王子様みたい、と言われたことはあるけど」
(そうだった。この人、猫被り王子なんだった)
先ほどまで、新しい玩具を見つけたかのように楽しげだったルイの表情が、すっと引き締まる。
「ところで、お前。異能は使わない方がいいって言ったよな」
意味が分からず、ぼんやりした表情を浮かべているミオに、彼はさも面倒だというようにため息をついた。
「湖に落ちる時、俺の手に何か巻き付けて、引っ張っただろ。」
「…!あ、あれは無意識と言うか。不可抗力と言うか」
ルイは一瞬だけ目を丸くし、再びため息をついた。
「意識して発動させた訳じゃないことは分かった」
ルイはそう言うと、何かを測るようにミオを見つめた。
(この人は…私の異能がはっきりするまで、見張り続けなきゃいけないのかな)
彼は交流戦のペアになり、放課後の時間も割いている。今日は巻き込まれて、湖に落とされた。おそらく、ミオが知らない間にも彼の時間は割かれ、迷惑を掛けているのではないだろうか。
「すみません、早くコントロール出来るように頑張ります」
彼が何を言っているのか分からないという表情をするので、ミオは慌てて続けた。
「私の異能がはっきりすれば、見張る必要もないですし…」
「あぁ。別に」
彼は今まで以上に冷たい声を出した。
「監視対象はお前だけじゃない。
俺の生活は、最初からそういうものだ」
どういう意味か聞きたいが、そんな隙は与えられなかった。
何事もなかったように歩き出したルイの後を追い、森の出口へと向かう。
出口に近づくにつれて、生徒数が増えてきた。
周囲の生徒に完璧な王子の笑顔で応じるルイを見ながら、ミオは思った。
(この人、やっぱりいい人じゃない)




