11.学園の王子の役割
「これより、昼休憩となります。その間、競技は中断してください。不必要な攻撃は失格となります」
しばらくすると、どこからともなく女性教員の声が森に響いた。
そして、「昼食を配布します」という声とともに、三人の足元が淡く光り、大きなバスケットが現れた。
「お、昼飯だな!」
エリオがバスケットを覗き込むと、大きなレジャーシートが一枚と、三人分の昼食が入っている。
どうやら、ミオが二人と合流したことは把握されているようだ。開会式での「常に見守っている」という言葉は本当らしい。
すぐ近くに芝生の広がる場所を見つけ、エリオとアンナと小さく輪を作るように座る。学園に来て、テセ先生以外の人と食事をするのは初めてだ。
「エリオは剣を使って、魔法を操るんだね」
「あぁ、魔道具の一種なんだ。魔力で構成されるものだけを切ることができる」
エリオは剣を持たせてくれた。
銀色の刃身に、緻密な紋様の鍔。丁寧に手入れされていることがよく分かる。
「魔道具を使う人、初めて見た」
エリオの表情が、ほんの一瞬だけ固くなる。
(あ、まずかったかな)
ミオは同級生との会話に慎重になっていた。内心慌てたが、彼の表情はすぐに元に戻った。
「あぁ…そんなに多くないかもな」
先ほど、エリオの見事な剣捌きは、まるで中世の騎士のようだった。
(みんなとは違う、珍しい存在…)
「格好いいね」
思わず口から出たその言葉に、エリオは視線を逸らし、軽く頬をかきながら言った。
「そうか?アンナの異能の方が面白いと思うけど」
「アンナちゃんの異能は?」
「私は等価交換。座標位置を入れ替えるの。同じ魔力量なら、人でも物でも入れ替えられるわ」
「座標位置…」
(あまりイメージが湧かないな)
ミオが自分のお弁当のハンバーグを箸で切り分けながら考えていると、アンナが手を二度叩いた。だが、特に何かが変わった様子はない。アンナの顔色を窺いつつ、一口サイズにしたハンバーグを口に運ぶ。
「んー!んー!」
ミオは声にならない声を上げた。
ハンバーグを一噛みすると、予想外の食感に、甘い香りが口に広がった。それは、バターでソテーされた人参だった。
「ふっ、良い反応するわね!ハンバーグと付け合わせの人参を入れ替えたのよ」
(入れ替えたのよ、じゃないよー!)
デミグラス風味の肉を待ち構えていた口に、人参が入ってきたのだ。
危うく、吹きだすところだった。
エリオは腹をよじらせながら大笑いしている。
「ちょっと、笑い事じゃないよ!ほんとにびっくりしたんだから」
気づけば強張っていた力が抜けていた。友人と食事をするのはこんなにも楽しい。
ミオは久しぶりの感覚が嬉しかった。
アンナが姿勢を正し、ミオの目を真っすぐに見る。
「それで、あなたの異能は分かったの?」
「ううん。まだ」
「ふーん。でも、さっき、エリオが魔物を切る前も、フラスコの時も何かしてたわよね」
先ほど、頭の奥で響いたあの声を思い出す。
あのまま、糸を切っていたらどうなっていたのだろうか。
「まぁ、危険なことしてたようには見えなかったけど」
(糸が見えること、言ってもいいのかな)
ミオが迷っていると、エリオが口を開いた。
「…あぁ、だからルイが監視してるのか」
思わず勢いよく顔を上げると、彼は合点がいったという顔をしている。
「監視…?」
「やたらルイと一緒にされてるから、なんかあるとは思ってたけど。異能が視えないから、警戒されてるんだな」
「警戒?…誰が?」
この問いに彼は答えなかった。だが、静かに続ける。
「ルイはさ、生徒の異能とか魔力の状態を視ることができるだろ。それを、報告する立場なんだ」
不思議に思っていた。
魔法を使うとき、姿はないのに、ルイの魔力を近くに感じることが何度もあったのだ。
(報告って、学園の偉い人にとか、だよね)
入学してからのルイとの関わりを思い返す。
まず、彼の隣の席になって、続いて交流戦のペアになり、放課後の授業に付き合ってもらった。
(全部、テセ先生が指示したことだ…!)
箸を持っている手が、小さく震えた。
なかなか馴染めない学園生活の中で、テセだけは味方だと思っていた。
彼の優しさは、本物だったのだろうか。
(私…ずっと見張られてたの?)
「でもさ」
エリオが肩をすくめ、優しい声で言った。
「俺は別にミオが危ない奴だとは思わない」
「…」
「ルイってさ、全部見えてるだろ?…だから、余計なものまで見てる気がするんだよな」
すっかり、場の空気が変わってしまった。
ミオは慌てて返事をして頷いたが、なんと言ったかは自分でもよく分からなかった。
三人が昼食を食べ終わった頃、ルイがやって来た。
「やあ。無事に合流できて良かったよ」
「お、来たな王子様」
ミオは彼の顔を見ることが出来なかった。
アンナも先ほどまでの会話に気まずさを感じているのか、口を閉ざしている。
「札、一つ減っているね」
いつものルイよりも、ほんの僅かに面白がるような声だ。
思わず顔を上げると、彼の頭上にはもちろん、赤・青・黄の札が並んでいた。
「はい。その、大変申し訳ないのですが、札を…魔物に奪われてしまいました」
ミオは自分の膝をすり合わせ、俯きながら謝った。
「失格にならなくて良かったよ。札は僕が二十枚ほど確保したし、大丈夫」
ルイの声に、隣でエリオが手を口にあて、耐えるように喉の奥で笑っている。
それから間もなく、昼休憩が残り十分である合図が森に響いた。
広げていたレジャーシートを畳み、一式をバスケットの中に戻すと、バスケットは音もなく消えた。
「じゃあ。失格にならないように、頑張るのよ」
アンナがそう言うと、エリオも「じゃあ」と軽く挨拶をしてその場を立ち去ろうとする。
「あれ、同じクラスだし、四人で行動すればいいんじゃない?」
「いや、ルイと一緒だと、俺らの札が増えないだろ。俺らは俺らで勝ち残るよ」
ミオが少々寂しさを感じていると、エリオが悪巧みをするような表情で言った。
「ミオちゃんが、俺らと離れるのが寂しいのは分かるぞ。俺らも勝ち残るから、明日は一緒のチームになろうな」
「ちょ、別に寂しくないよ!」
ミオは反射的に言い返し、分かりやすく顔を赤めた。エリオが、再び、耐えるように喉奥を低く鳴らし笑う。
「ミオって、猫みたいね」というアンナの声を残して、二人は背を向けて歩いて行ってしまった。離れていく二人の話声だけが、ルイと二人で残された場に響く。
(寂しいのもあるけど…二人になりたくないんだよ!)
ルイならば、もっと早くミオと合流できたのではないだろうか。
あのタイミングで来たのは偶然ではないのか。
考えれば考えるほど、足元が崩れるような感覚がした。
「そういえば、君。また異能を使おうとしたね」




