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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

Blue Hospital

作者: タンクマン
掲載日:2025/11/12

やけにセミの音がうるさい。頭が割れてしまう。僕はこんなに音に敏感だったんだろうか。小学校へ向かう途中、そんな風に感じたことを給食のカレーを食べながらぼおっと思い出していた。

昼休みになりクラスメイトが足早に運動場へ走っていく。いつもなら僕がみんなより先に、一番に、外に向かって走っていく。なのに足がいつもより動かない。体が重く、だるい。

「おい、アオイ!早く来いよ、今日はドッジボールだぞ」いつも一緒に遊んでいる友人のこうきが僕に呼びかけてくれた。

「うん、行くよ、先に行ってて」そう返し、重たい足をなんとか動かし、校庭へ向かった。

校舎の外に出た瞬間、ギラッと太陽が僕を照りつけた。その日差しを浴びた瞬間、グラっと視界が揺れやがてブラックアウトした。体が地面を打ち付ける音がした後、セミのうるさい音が僕の耳の中でこだまし続けていた。


 目を開けると最初に映ったのは白衣を着た女性、そして父だった。しかし、彼女はナース服ではなく白衣のコートを着ていた.、つまり彼女は女医であるのだろう。病院にいるという状況を把握しつつ、いつのまにか僕は彼女に見惚れていた。大きめの胸、やわらかそうな体、何より綺麗な大きな黒い瞳、彼女の姿を見た瞬間に僕は彼女を昔から知ってるような気がして胸がキュッとした。いわゆるこれが恋なのであろう。無自覚に僕が生まれて初めて知った感覚を味わっている最中、父はいたって真剣な顔つきで「先生」と話していた。そしてその真剣な表情はやがて沈痛な表情へと変わった。

「はっきり言って…もってあと十年持つかどうか、と言っても差支えないでしょう」

いったい何のことを言ってるのだろうか。僕はその言葉の意味など意に介さず、ただ「好きな人」を見つめながらまた眠りについた。一瞬だけ先生が僕のほうを見たのがぼんやりと見えた。


白血病、それが僕の病名らしい。一口に白血病と言っても、複数の種類の白血病があり、無治療で天寿を全うする類のものもあるらしいが、どうやら僕に関してはそうではないらしい。目が覚め、父と顔を会わした時、作り笑いをしていたのが印象に残っている。父はどんな心境だったのだろうか。

先生が病気について僕に話してる中、彼女は途中で言葉をためらいだした。

「あと十年持つかどうか..」僕はつぶやいた。

先生は少し驚き、聞いていたのねとつぶやいた。



僕は入院することとなった。とはいえ、別段何か苦しみがあるわけでもなく、いたって元気だった。しかしながら、僕の命はもう長くはないらしい。実感は湧かなかった。その時僕の頭に浮かんでいたのは先生の顔だけだった。












「そういえば、あなたと近い年の子が入院したみたいよ」お母さんが話の途中で切り出した。ふーんと返した。

「しかも男の子、恋しちゃったりして」

「しないよ!そんなの」

「ふふ、まぁ仲良くね、また明日ね」

「うん..」

「ごめんね」

「ううん...また明日ね」

「えらいね、じゃあね」

うん、と笑顔を浮かべお母さんに手を振った。母も笑顔を返し、病室を去った。

ふとピアノの音が聞こえた。その音のするほうへ足を進めていく。その時、足をすべらし、こけて倒れかけた瞬間だれかが私の肩を持ち支えてくれた。

「大丈夫?」振り向くと優しい瞳をした少年が私を見ていた。少しドキッとした。

「先生がね、ピアノ弾くらしいんだ」少年は本当に嬉しそうに言う。

「先生?」

「うん、シノ先生、知らない?」

「ああ、あの人」綺麗な人だったのは覚えてる。そして胸が大きかったな..。

「一緒に、いこ」

「うん」私の心は彼という存在にときめいていた。

「名前は?」

「マリ」

「俺はアオイ、よろしくな」


 広間にはたくさんの患者が集まっていた。老若男女、渋い顔で腕を組んでいる男、車いすで寝てるのか起きてるのかわからない人など様々な顔ぶれだった。私はアオイと二人で地べたに座り込み、先生を待っていた。するとしばらくして先生が来た。広間でたくさんの拍手が起きた。アオイも私も拍手をしていた。先生は少し恥ずかしそうにしていたが鍵盤に触れた瞬間、顔つきが変わり、空間は緊張感に包まれた。少年は隣でじっと見入っていた。先生の奏でる音はほんとに美しかった。そして少年は途中ある一曲に釘付けになっていた。その目を見て、少年は先生に恋に落ちていることがはっきりとわかった。

彼は先生が演奏を終えた後、先生に駆け寄りその曲の名前を知りたがった。

曲名はジムノペディというらしい。 私はその曲が嫌いになった。

















『今日はどう?元気?』

『ありがとう、先生、好きだよ』

『またなんか言ってる』

『ほんとなのに..』

『まぁ元気そうでよかった』

LINEでこんな会話をするのは何度目だろうか。いつも好きだと言ってもはぐらかされる。実際に会うとここまで積極的にはなれない。僕はいわゆるネット弁慶なのだろう。我ながら情けない。病気を発症してもう何年だろうか。高校生になっても僕はあいも変わらずこの病院にいた。それ故、先生にLINEメッセージのやりとりをする必要などないのだ。ずっと先生と連絡を取って、先生のことだけを考えていたかったのだ。そして先生はその気持ちにいつも答えてくれた。それは優しさからか、彼女もまた僕のことを想っているからなのかは定かではなかった。

 

先生は今日も僕の胸に聴診器を当てる。少し冷たいと感じるが、同時に心地よさも感じる。

「ねぇ、アオイ君、今度映画でも見に行かない?」彼女は周りの人に聞こえないように僕の耳元で囁いた。

「え、行き、ます」彼女の突然のお誘いに僕は動揺しながらも僕は快諾した。

「ふふふ、行こう、楽しみだね」

「うん」僕はうれしくて仕方なかった。


 待ち合わせ場所は映画館だった。放映時間の30分前に僕は劇場にいた。先生からの連絡はまだ無かった。僕は彼女が来る前にコーラを2つとポップコーンを買った。ポップコーンのあまりの多さに驚いた。二人がかりでも食べきることはできないと確信した。コーラにしたのは先生が普段からよくコーラを飲んでるのを目にしていたからだ。その姿を思い出しているとその彼女からメッセージが届いた。どうやら放映時間には間に合うようだった。

  

劇場前で携帯をいじっていると、見覚えのあるようでいつもと違う姿の先生がエスカレーターから現れた。普段の女医としての姿ではなく青色のワンピースを着た彼女がそこにいた。彼女は嬉しそうに笑顔で僕の方に手を振ってくれた。いつもの服装とは違い僕は少し戸惑った。少し大げさかもしれないが彼女のその姿はいつもの「先生」というより、一人の「女」を感じたからだ。とはいえ先生はいつも通りキレイだった。僕が選んだコーラを彼女はとても喜んでくれた。そんな些細なことがとてもうれしかった。


僕たちが見た映画は主人公が殺されたヒロインのために復讐を果たすようないわゆる復讐劇であった。正直僕にはあまり響かなかったのだが、彼女は何度か涙を流したようで、僕には全くそれが理解できなかった。彼女が感想を聞いてきたが僕は適当に流した。彼女に気を遣ったからだ。僕たちはその後、彼女のおすすめのラーメン屋に行った。ラーメンを食べながら二人で談笑する。

「ねぇ今度、夏祭りに行かない?」

「え、行きたい」僕は即座に答える。

「ふふ、行こう」彼女は笑った。

僕の心は躍っていた。



ひゅーと打ちあがりどんと花火が鳴る。祭りの会場から少し離れた丘で少年と先生は二人きりで花火を眺めていた。たくさんの屋台を回り、僕らは疲れてしまった。 

「先生」と何度呼んだだろうか。呼ぶたび、彼女はこちらを見てくれる。美しい瞳を見るたびに守りたいと少年はいつも思う。


浴衣を着た先生はその景色に似合う美しさを持っていた。先生、結婚しよう。不意にそう口に出してしまいそうなほど彼女は綺麗だった。

「花火、綺麗だね」先生は言う。

「うん、でもきっと最後だ」

「そんなこと....」先生は僕の言葉に異議を唱えたかったのだろう。しかし、途中で先生も口ごもった。そう、きっとわかっているのだ。

「だから、先生は今こうしてここにいてくれるんでしょ」

「そんなこと....ない」小さな声で言う。

「先生、ごめん、しらけちゃうようなこと言ってさ」

「ううん、あ、見て!綺麗」話をそらすように彼女は花火が映る夜空を指さした。

「ホントだ...キレイだ、うん」

僕は何度もLINEメッセージでは冗談のようにしていた告白を初めて口に出して言うことにした。少しずつ言葉を紡ぐように。

「先生、好きだよ、本当に」

「ありがとう」彼女はそう言う。淡々と。しかしきっと届いていない。だけどこれ以上追随しても無駄だと、彼女の表情を見て悟った。

「先生、僕、見てほしいものがあるんだ」  

「見てほしいもの...?何?」

「ピアノ、弾けるようになったんだ」

「ほんと?聞きたい!」彼女は喜ぶ。

「ねぇ、うちにこない?」

「え」

「もう遅いしさ、泊まってきなよアオイちゃん、家にピアノあるよ」

「うん、行きたい」


先生の家は高層マンションで、12階建ての5階に彼女は住んでいるようだった。セキュリティのロックを先生に外してもらい、二人でエレベーターに乗り彼女の住処に足を踏み入れる。入ってすぐリビングがあり、そこにはピアノも置かれていた。

「ピアノだ…」

「ふふ、たまにまだ弾くの、病院でも弾かされるしね」

「ねぇ弾いてみてよ」

先生は僕に弾くように促す。

「うん…」

僕はゆっくりといつものように病院で弾いていた時のように指を動かす。

ジムノペディ、何度も何度も弾いた曲だ。あの時の先生の姿とこの曲が忘れられなかったのだ。先生がいないときはいつもこの曲を弾いては思い出していた。

先生は静かにただ聞いていた。何を思っているかはわからない。

しばらくして弾き終えた。先生は拍手して、僕に賞賛の言葉を送った。

「先生...先生、あの、やっぱり、僕は先生のことが」

そう言いかけた時、先生が先に口火を切った。

「ごめん、それは無理だよ」

「なんで、なの」僕はただただ落胆するだけだった。

「そういう気持ちになれないよ」

なんだその理由は、それだけ、ちっぽけ。僕は短い人生をあなたにささげたいと思って生きてきたのに。独りよがりなのは分かっている。それでもそれでも。先生が優しかった。優しかったから...。

「すいません」

僕から出るのはこんなちっぽけな言葉だけで。先生との関係を壊したくなかった。

「いいよ、お風呂入ってきたら?」

「あ、うん」

先生の言う通り、僕はお風呂場へ行った。お風呂はとても甘い香りがした。





深夜3時、僕は緊張して目が冴えて眠れなかった。携帯をつけ、ふとある考えが浮かんだ。先生はSNSをやってないのだろうかと。彼女の心のうちが知りたかった。僕はあらゆる手段を使って彼女がやってるSNSはないかと必死で探した。今までそのようなことはしたことが無かったが、今は彼女の気持ちが知りたくて仕方なかった。何十分かかけて、僕は彼女のアカウントを発見した。自撮り写真があり、彼女であることは間違いなかった。投稿内容は僕の心に傷をつけることになった。端的に言うと彼女は僕を弄んでいたのだ。知らない男がいたり、僕が告白してるメッセージ内容を面白おかしくアップロードしていたり、様々な投稿がされていた。僕の扱いは言わばおもちゃ同然であった。中でも僕を傷つけたのは好かれているが興味がない、面倒くさいというような文面だった。

僕は心臓が苦しくなって胸を手で抑えた。その時ふと何か物音が聞こえた。音はリビングからだった。僕は忍び足で動き、寝室の扉を開けた。



 なんだか音が聞こえる。とても嫌な音で、それでいて魅惑的な音、人の声と何かがこすれあう音だ。

あんっ、あんっと声が聞こえる。女性の声だ。淫らな声がする、聞き覚えのある声質でだけど聞いたことのない声が、する。僕は少し開いた扉から覗く。そこから見えた光景は淫らで悪魔的だった。

「今日ダメだって...ほんとうに」

「ダメって何がだよ」

「それは..あんっ」

「わかったよ、挿れなきゃいいんだよな」

「いや...うん」

「だったらアレやれよアレ、シノ」

「アレ..?」

「パイズリだよ、頼むよ」

「う、うんいいよ、静かにしてね」

「わかったよ」

ぱちゅん、ぱちゅんという音が響く。胸で挟みながら口でソレを咥える。

「いつもはそっちからくるのに、どうしたんだ」

「別に、そんなこと」

彼女は僕の知らない男の指示を嫌がりながらもすべて聞く。そしてとても慣れた手つきで言われたことをこなしていく。

僕は隙間から見てた。現実とは思えないその光景を。ただただ黙って僕は見ていた。僕の男性器は次第に膨らんでいった。

最初はやんわりと激しい行為を拒否していた彼女は次第に何かを忘れるように声を上げ、彼女自身から彼を求めるようになった。僕はそれを見てマスターベーションをしようと手で性器をつかもうとしたとき扉の奥の彼女と目が合った。その目は軽蔑と侮蔑の目だった。しかしすぐ視線を戻し構わず彼女は男のために腰を振り続ける。僕は恐怖を覚え、そこから離れ、ゆっくりと彼女の住む部屋から出ていった。


 僕は泣きじゃくり、頭が割れそうな痛みを抱えながら、病院へと走った。雨が降り、雷が鳴っていた。走る走る。本当に僕は死ぬのだろうか、そう思えるほど足を動かすことができた。だけど頭痛は止まない。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか、病院に着き、見えたのはあの子の姿だった。彼女は退院したはずなのに。あの時の彼女がなぜかここにいた。

「マリちゃん、帰ってきたんだ」

少女は少し戸惑ってるように見えた。

「早く戻りましょうアオイさん」

なぜさん付けなのかわからなかったが、僕は彼女の言う通りに病院へと戻っていった。


それからは病院での日々が続いた。先生と顔を合わせることはなかった。おそらく意図的だろう。僕は久しぶりに会ったマリに依存するように彼女にしか口を利くことはなかった。




 とある深夜、足跡が聞こえた。

 足音が聞こえる。カツ、カツとその音は近くなってくる。

「先生…」僕は見上げる。見上げて見た彼女の顔は全く知らない別人のように感じた。

もう「先生」は「先生」ではなくなっていた。むしろこれが本物の先生なのかもしれない。


「ユウコに近づかないでくれない」

「あの子はここに入ってきた新人のユウコ、あなたが勘違いしてる子はもう退院した、知ってるでしょ」

薄々そんなことには気づいていた。それでもあの子だと思うしかなかった。あの子だけが僕を好いてくれた。

「聞いてる?」

「先生は好きな人いる?」

「え、いるよ」

「そうなんだ」

悲しみと怒りが混ざりあい、いつの間にか両手が先生の首元にあった。

「な、なに?」

先生が動揺してる姿を初めて見た。


僕は思い切り彼女の首を両手で握った。無我夢中で訳も分からず。強く強く締める。

彼女は驚き戸惑いの目を、体をジタバタさせながら向けてきた。

「僕の好きな人はずっとあなただけでしたよ…」

そうつぶやいて、ぼくはひたすら強く彼女の首を締めた。

やがて彼女は何も反応しなくなり、死んだ。


僕は完全に正気を失っていた。だとしても、そうだとしても僕は自分の欲望に従う。動かなくなった彼女の体に触れる。ついに彼女に触れることができた喜びを感じる。

誰も立ち入ることができぬよう、ドアの鍵を閉めた。

彼女の服のボタンを一つ一つ外していく。僕の胸は高鳴っていた。恐怖、怒り、悲しみと同時に。

ふと彼女との楽しかった記憶が僕の頭の中に蘇ってきた。映画を見て泣く彼女、花火を見て喜ぶ彼女、おいしいものを食べて笑う彼女。もう彼女は帰ってこない。

僕の目からは涙があふれていた。彼女の服の上に涙がこぼれる。

禁忌に触れるように彼女に触れていく。彼女の乳房に触れ、舐める。ずっとこうしたかったはずなのに、やっとかなえることができたのに、僕の性器は一ミリもたたず、ただただ悲しみだけが僕を包んだ。彼女の遺体にすがりつき、ただ泣くことしかできなかった。


しばらくして、僕は立ち上がった。

彼女との思い出がフラッシュバックする。楽しかった記憶。それだけを思い出してる間に僕は死のうと思った。もう何度も自殺のシミュレーションはしていた。カーテンレールに紐を括り付け死ぬ準備をする。先生を見ながら僕は言った。

「ありがとう今まで、さようなら」

やがて僕の意識は遠のいていった。死ぬ前に見た病院の景色は青くて美しかった。






 浜風が心地いい。海の近くの墓場に私はいた。菊、カーネーションなどの花を携え、彼の墓前に立つ。

「風が気持ちいいね」そう墓前でつぶやきながら、病院にいたあの頃を思い出していた。優しくて面白かった彼との記憶を。

「先生に想いは伝えられた?」少女は笑顔で聞く。

花を供え、母の待つ車へ向かう。

「アオイ君の分も私は生きるよ、精一杯」ありがちな言葉だと分かっていても私はそんな言葉を言うしかなかった。

風に煽られて、花びらが取れ、空へ舞う。海に向かって花びらは飛んで行った。

「じゃあ、行くね」

少女はそう言い残し、母が待っている車へと向かって歩き始めた。


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