第8話『教室に潜む影』
蒼玉のペンダント事件から数日が過ぎて、水鏡屋に日常が戻りつつあった。ジンはいつも通り黙々と作業をこなし、レンは卒業研究のホムンクルスについてノートに書き込み、アレクはというと――
「……ぐぅ……すぅ……」
ランドセルを枕にして、ソファの上で豪快に寝ていた。
「アレク君! また宿題やらずに寝てる!」
レンが両手を腰に当てて怒鳴る。
「だ、だって算数は無理なんだよ……モンスターを倒す方がまだ簡単だぜ……」
「小学生がそんなこと言わないの!」
ジンは眼鏡を押し上げながら冷ややかに口を挟む。
「……そんな調子で、本当に学校に馴染めているのか?」
「馴染んでる! 給食仲間もできたし!」
アレクが胸を張る。
「……基準が低すぎる」
翌日、小学校。
教室では、ミユがアレクの机にノートを差し出していた。
「ほら、昨日の宿題。答え写すだけじゃなくて、ちゃんとやり方を見てね」
「お、おう……恩に着るぜ!」
アレクは感謝しつつも、じっとミユの横顔を眺めた。
(こいつ……ただのお人好しじゃねぇ。俺の“中身”が普通のガキじゃないこと、どこかで気づいてる気がする……)
そんな考えを遮るように、クラスの男子が机の上に何かを置いた。
「なぁ見ろよ! 新しい《魔導カード》買ってもらったんだ!」
カードには不気味な模様が刻まれている。ミユが眉をひそめた。
「……それ、どこで手に入れたの?」
「へへっ、駅前の露店でさ。店のおじさんが“強運のお守り”だって!」
その時。隣の席からカズマが鼻を鳴らした。
「ふん、そんなの俺の必殺カードには勝てねぇな!」
「いやいや、呪符っぽい模様入ってんの気づいてない? おれ、なんかヤな感じするけど」
ユウタが落ち着かない様子で囁いた。
アレクは直感的に嫌な気配を感じた。
(……こいつ、ただのカードじゃねぇ。あの時のペンダントと同じ、呪具の匂いがする……!)
放課後。
アレクはミユと二人で帰り道を歩きながら、小声で切り出した。
「なぁ、さっきのカード……妙じゃなかったか?」
「うん。私もそう思った。普通の魔導玩具とは魔力の流れが違ってた」
そこへ、後ろから駆けてくる足音。カズマとユウタだった。
「おいアレク! お前も気づいただろ?」
カズマが真剣な表情で言う。
「正直、オレでも寒気がした。あれ……なんか危ねぇ」
「うん……あんなのが学校で流行ったら、絶対ヤバいよ」
ユウタも神妙に頷く。
アレクは思わず笑みをこぼした。
「へっ、さすがだな。お前らもただのガキじゃねぇ」
そして三人とミユは、真剣な顔を見合わせる。
「俺の世界……じゃなくて前にも似たような“呪具”を見たことがある。持ち主の心を蝕んで、やがて怪物を生み出すんだ」
ミユの瞳が驚きに揺れた。
「……それ、本当?」
「信じなくてもいい。でも俺にはわかる。あれは危険だ」
カズマが拳を握る。
「なら、俺も協力するぜ! クラスの連中に変なもん広めさせるわけにいかねぇだろ」
「ぼ、僕も……! ああいうの、やっぱり嫌だから」
ユウタも必死に口を開いた。
風に揺れる夕焼けの中、四人は黙り込んだ。
やがてミユが小さく頷く。
「じゃあ……一緒に確かめよう。アレク君と、みんなとなら……私、怖くないから」
その言葉に、アレクは思わず顔を赤くして目を逸らす。
「お、おう……頼りにしてるぜ」
水鏡屋に戻ったアレクは、真剣な顔でジンに報告した。
「ジン。学校に怪しい呪具が出回ってる。放っとくとヤバいことになるぞ!」
「……ほう」
ジンが表情を変えずに聞き、鋭く問う。
「証拠はあるのか?」
「まだねぇ。でも俺の勘がそう言ってる!」
「勘、か……」
ジンは一度黙り込み、やがて冷たく告げた。
「いいだろう。だが次に巻き込まれるのは、妹ではなくお前自身にしろ。……責任を取れるならな」
「……望むところだ!」
アレクの赤い瞳が闘志に燃える。
こうして新たな不穏の影が、小学校にも忍び寄ろうとしていた――。




