第86話『勇者の剣技と、創造主の波長』
広場の中央で、ホムンクルスのアレクと、元の肉体を纏った魔王が対峙していた。
アレクは魔王の初撃を受け止め、腕の痛みに耐えながらも、全身を駆け巡るレンの『根源の和音』の魔力で、損傷した肉体を即座に修復していく。
「面白い。その脆いホムンクルスの肉体が、なぜ修復される?」
魔王は、アレクの体内で機能するレンの総譜に興味を示した。
「それは、お前が奪った元の肉体にはない、俺の『創造主』の力だ!」
アレクは咆哮し、模造刀を構えた。勇者アレックス・ホークが使う、剣技の流派『流星』。それは、光速の連撃で敵の防御を破壊する、アレクの最も得意とする技だった。
シュン! シュン! シュン!
ホムンクルスの肉体から放たれる黄金の魔力が、流星のように閃光を放ち、魔王へ向けて怒涛の連撃を浴びせる。その一撃一撃には、レンの『根源の和音』がブーストされ、魔力の出力は元の勇者の比ではなかった。
しかし、魔王は冷笑しながら、その連撃を完璧に受け止めていく。魔王が使うのは、アレク自身の肉体に刻まれた、流星とは対極にある防御主体の流派『堅牢』の剣技。
「その剣技、私には通用しない。なぜなら、その剣技の『総譜』は、私自身の肉体に刻まれた『記憶』だからだ!」
魔王は、アレクの剣を受け流し、カウンターで『黒い光の剣』を放った。
「くっ!」
アレクは、咄嗟に模造刀で防御したが、魔王の一撃は、彼の剣を弾き、ホムンクルスの肉体を吹き飛ばした。
「お前の動きは、すべて私に読まれている。勇者の魂の『核』を打ち込まれた今、お前の魂の記憶も、私という『融合体』に完全に同期している!」
魔王は、アレクの魂の『核』を吸収することで、勇者としての戦闘経験や技術の記憶まで手に入れていたのだ。ホムンクルスのアレクは、「自分自身の最高の戦術」と戦っている状況だった。
二
「ダメだ……剣技じゃ勝てない!」
ラボの隅で、ジンはレンの演算総譜の構築を手伝いながら、戦況を分析した。
「レン! アレクのホムンクルスの肉体は、耐久力では魔王の融合体に勝るが、攻撃の『魔力密度』では劣っている! そして、剣技の経験値は、魔王が二重に持っている!」
「じゃあ、どうすればいいの、お兄ちゃん!?」レンが焦燥する。
「アレクに、『異質な魔力』を使わせろ! 剣技ではなく、お前の『根源の和音』から生まれる、この世界にない『無秩序な総譜』で、魔王の予測を崩すんだ!」
レンは、必死に自らの総譜と、アレクの魔力回路を同調させた。彼女が狙うのは、アレクの魔力回路を、一時的に『暴走』させること。それは、アレクの肉体を限界まで削る危険な賭けだった。
広場では、アレクが魔王の猛攻にさらされていた。模造刀が折れる寸前まで追い詰められる。
「終わりだ、ホムンクルス! 貴様の命を吸い取り、レンの総譜を奪い取る!」
魔王の黒い光の剣が、アレクの首元に迫ったその瞬間、
バチッ!
アレクの体内に、レンの『根源の和音』が、意図的に『ノイズ』を発生させながら流れ込んだ。
「くっ……! レン!」
アレクは激痛に顔を歪めたが、その魔力の暴走によって、彼の肉体から、制御不能なエネルギーの奔流が溢れ出した。それは、剣の形を保てない、純粋な『光の塊』だった。
アレクは、その光の塊を、魔王に向けて放った。それは、剣技でも、魔法でもない、ただの『暴発』だった。
三
ドオオオオオオオオン!!
予測不能な『光の塊』は、魔王の防御の総譜をすり抜け、その融合体の肉体に直撃した。
「なっ……! この魔力は……なんだ!?」
魔王は、その一撃に吹き飛ばされた。彼の肉体には損傷はないが、彼の『融合した総譜』が一瞬だけ乱れたのだ。
「フン……予測不能な『感情の波長』か。それが、貴様の創造主の力だというのか」
魔王はすぐに体勢を立て直したが、その顔には怒りとともに、警戒の色が浮かんでいた。
アレクは、肉体を激しく消耗しながらも、勝利の糸口を見出した。魔王は、勇者の記憶と魔王の力を融合させているが、『レンの感情的な魔力』は予測できない。
「そうだ……俺の力は、お前自身の技術を打ち破る、『感情』だ!」
アレクは、再びレンとの総譜の同調を試みた。
ラボのレンは、アレクの確信を受け取り、再び総譜に『ノイズ』を乗せる。
「いくよ、アレク君! 私の『願いの総譜』が、お前の『最強の器』を暴走させる!」
二人の波長は、もはや制御不能な暴走状態に突入しようとしていた。
ジンは、演算機に向かいながら、最後の総譜を設計していた。
「レン、アレク! その暴走を維持しろ! 俺は、この空間全体の総譜を書き換える! 『世界接続子の再接続』! この空間を、一瞬だけ『現代日本』に戻す!」
ジンの目的は、この閉鎖空間の法則を一時的に書き換え、魔王の融合魔力を一瞬だけ『無力化』すること。その一瞬こそが、アレクにとっての唯一の勝機となるのだ。
「世界を、戻す……!?」
アレクは、ジンが仕掛ける最後の賭けを理解した。彼に与えられた時間は、ジンが総譜を書き換える、わずか数秒。
ホムンクルスと、魔王の最終決戦は、極限の駆け引きへと移行した。




