第84話『最強の器(ホムンクルス)の最終調整』
ラボは、最終決戦に向けた緊張感と、独特の静けさに包まれていた。
ジンは、ヴァイスの「分離の錬金術」によるダメージから完全に回復はしていなかったが、理論家としての役割を再開していた。彼は、アレクのホムンクルスの肉体を、魔王の融合体に匹敵する『最強の器』にするための、総譜設計図を完成させていた。
「アレク。お前の肉体は、レンの『根源の和音』で創られた、非常に特殊な総譜で構成されている」
ジンは、アレクのホムンクルスの肉体を、高性能の解析装置でスキャンしながら説明した。
「魂の『核』を失った今、お前の魂の自我は、レンの総譜に深く依存している。この不安定性を逆に利用する」
ジンが指さしたモニターには、アレクの肉体の総譜が複雑に描かれていた。
「レンの『根源の和音』を、お前の魔力回路の『ブースター』として固定する。これにより、お前は、この世界の法則と、異世界の魔力の両方を利用できる『ハイブリッド総譜』を得る。魔王の融合体に対抗しうる、唯一の総譜だ」
レンは、その設計図を理解し、錬成台の前に立った。彼女の目は、もはや見習い錬金術師のものではなく、創造主としての覚悟に満ちていた。
「分かったわ、お兄ちゃん。私の『願い』を、アレク君の『力』に変える」
レンは、目を閉じ、集中した。そして、静かに『根源の和音』を奏で始める。その総譜は、前回のように命を削るような激しいものではなく、温かく、しかし揺るぎない、強い『愛の波長』だった。
アレクは、錬成台に横たわり、レンの総譜を全身で受け止めた。レンの和音が、彼のホムンクルスの肉体の深部にまで浸透し、魂の『自我』を、肉体の総譜に強固に定着させていく。
「くっ……!」
魂と肉体が完全に融合していく激痛に、アレクは呻いた。だが、その痛みは、レンの総譜の温かさによって、すぐに『力』へと変換されていく。
「いける……! 俺の肉体が、最強の『器』へと変わっていく!」
アレクの全身から放たれる魔力は、かつての勇者のそれを凌駕し、現代魔法の法則をも無視する、混成され、『奇跡の魔力』へと変質していった。
レンは、施術を終え、汗だくになりながらも、その顔には達成感が満ちていた。
「これで……アレク君は、誰にも負けない」
その頃、国立魔法大学の総譜管理局。
ジンは、自らの研究室に戻り、異世界での魔王との接触に関する報告書を極秘で作成していた。彼の総譜回路はまだ完全には修復されていなかったが、彼の論理的な思考は完全に復帰していた。
(魔王は、アレクの魂の『核』を融合体に取り込み、さらに強大になった。だが、魔王の目的は、レンの『根源の和音』だ。なぜなら、その和音が、融合体を『分離』させ、元の勇者に戻す鍵になるからだ)
ジンは、魔王の次の行動を予測していた。魔王は、レンの『根源の和音』を奪うために、必ずこの世界へ渡ってくる。
「奴の狙いは、ミカガミ家だ。そして、最も危険な場所は……」
ジンは、大学のセキュリティ総譜をハッキングし、あるエリアのログを確認した。それは、一週間前に、『ヴァイス』という人物が、正規の手続きを踏んで貸し出しを申請していた、古代の文献の記録だった。
「やはり……!」
ジンは、ヴァイスの真の目的を確信した。ヴァイスは、単にレンの才能をサンプリングしただけではなかった。彼は、最終決戦の舞台を整えていたのだ。
「レン、アレク。奴が、『鍵』を準備していたぞ」
翌日。最終調整を終えたアレクは、かつてないほどの力を感じていた。彼の模造刀から放たれる魔力は、一瞬でコンクリートの壁を砕くほどの破壊力を持つ。
「こんな力……元の肉体でも感じたことがなかった」
アレクは、自分の肉体が、レンの『願い』によって、真の『最強の器』になったことを実感した。
その時、レンが神妙な面持ちで、アレクに話しかけた。
「アレク君。私、お兄ちゃんのログを見て、気づいたことがあるの」
レンは、一枚の古びた地図を広げた。それは、国立魔法大学の敷地全体の、地下の魔力導管図だった。
「ヴァイスが借り出した文献……それは、『世界接続子を強制切断するための、古代の術式』に関するものだった」
「世界接続子の切断だと?」
「つまり、ヴァイスは、この街全体を『世界法則の外側』に切り離し、私たちを、異世界と同じ状況に置こうとしている」
ジンがそこに加わった。
「その通りだ。奴は、この国立魔法大学全体を、『最終決戦の舞台』に変えようとしている。そして、ヴァイスの目的は、魔王がこの世界に渡るための『ゲートの強制開放』だ」
アレクは、レンとジンを見つめた。
「魔王が、俺の肉体の姿で、この世界に……」
「そうだ。そして、魔王は、この切り離された空間の中で、レンの『根源の和音』を吸収し、完全な支配者となるつもりだ」
ジンは、レンの肩に手を置いた。
「だが、これで、俺たちに勝機が生まれた。魔王がこの世界に来るということは、俺たちが故郷へ行かなくても、最終決戦ができるということだ」
アレクは、決意を固めた。
「分かった。舞台は整った。魔王が来るのを待つ。そして、レンが創り出したこの肉体で、俺は勇者アレックス・ホークとしての、最後の戦いを終わらせる」
三人の視線は、国立魔法大学の方向へ向けられた。静かに、そして激しく、最後の戦いが始まろうとしていた。




