第72話『総譜完成』
夜の街を呑み込んだ“目”は、もうただの呪具ではなかった。
赤黒い瞳孔は空そのものを裂き、拍動のたびに建物の影が震える。祭りの余韻に浸る暇などなく、ここからが真の決戦だった。
「全員、構えろ!」
アレクの叫びに、仲間たちが即座に応じた。
レンは胸の前で鈴を強く握り、息を吸い込む。これまでの澄んだ音色では足りない。もっと深く、もっと大きく――街の根を揺さぶる響きが必要だ。
「……光を結び、声を紡ぐ……」
彼女の唇から自然に祝詞が零れた。鈴が鳴るたびに白い光の文字が浮かび、周囲の闇を祓っていく。
ジンが横で頷いた。「それでいい、レン。お前の言葉は、この街の灯そのものだ」
ミユはタグ札を重ね合わせ、必死に魔法陣を書き換えていた。
「〈渡〉……〈返〉……二つ合わせれば……!」
薄青の帯が宙に浮かび、子どもたちの怯えた心を別の場所へ“渡し”、また希望の声を“返す”。
アレクに視線を向ける。「これで街のみんなが繋がってる! だから、アレク君……!」
「わかってる! 受け取った声は全部、俺が叩き込む!」
ユウタは指を組み、結界の骨組みを鳴らし始めた。
キィィン……!
透明な膜が震え、まるで琴線のように街全体に音を響かせる。
「結界は盾だけじゃない。――楽器だ」
響きはレンの祝詞と共鳴し、アレクたちのリズムの土台となる。
カズマは木刀を地面に叩きつけた。
ドンッ! ドンッ!
ただ真っ直ぐ、単純な拍。理屈はない。けれどその拍に、避難していた子どもたちが声を合わせる。
「ヨイショッ!」
「がんばれー!」
小さな声がリズムに乗り、カズマの単純明快な拍は次第に祭囃子の大合唱へと膨らんでいく。
「どうだ、すげぇだろ! 俺の拍は、街の声だ!」
ジンは低く構え、刀を抜いた。
「通奏――祓いに変奏する」
彼の刃はリズムの縦糸を断ち切り、歪んだ拍を浄化していく。祓詞と旋律が一体となり、街全体を覆う“目”の邪気を削ぎ落としていった。
アレクの赤い瞳が燃える。隣に立つ呼び子も同じ拍を刻み、二人のリズムは完全に重なった。
「いくぞ――!」
「ええ、ここが芯!」
ドンッ! ドンッ! 打ち鳴らされた二重奏は、街の原初拍そのものに響き、巨大な“目”を軋ませた。
闇の中でヴァイスは立ち尽くしていた。
任務は“排除”。だが今、目の前で鳴り響く総譜は、自らの内に眠る何かを震わせていた。
「……これが……拍?」
その刹那、彼は黒い刃を振り上げる代わりに――地を打った。
ドンッ!
彼の拍が、ほんの一瞬だけ総譜に混じる。呪具商人の鎖が軋み、ヴァイスの鎧に亀裂が走った。
レンの祝詞。ミユの〈渡〉〈返〉。ユウタの結界。カズマの単純明快な拍。ジンの祓い。
そしてアレクと呼び子の二重奏。
そこにヴァイスの迷いの一拍までもが加わり――街の空に巨大な総譜が完成した。
「今だ――!!」
アレクが跳び、赤い瞳で“目”を睨み据える。
全員の力を束ねた拳を振り下ろした。
ドオオオオオオォン……!
空を裂く音が響き、赤黒い“目”は悲鳴のような破裂音を残して砕け散った。
闇が霧散し、夜空に本来の星が戻る。
広場に静けさが訪れた。
子どもたちの歓声、大人たちの涙、そして仲間たちの笑い声。
アレクは膝をつき、息を切らしながらも笑った。
「……へへっ。俺たちの勝ちだ」
レンが泣き笑いで抱きつく。
「ほんとに、よくやったよ……!」
ジンは刀を収め、小さく頷いた。
ミユはタグを胸に抱き、ユウタは静かに結界を閉じ、カズマは大の字になって笑っていた。
そして、瓦礫の影でヴァイスはひとり立ち去る。
「……拍か。まだ、知らぬものがある」
彼の瞳にかすかな光が宿っていた。




