第70話『頂の神社、主祭の火蓋』
山上へと続く参道は、普段なら市民がハイキング気分で登るだけの石段だった。けれど今夜は違う。街を覆っていた薄霧が、頂へ吸い込まれるように流れている。息を吐くたび、喉にざらつく粉のような冷気が残った。
「……本当にここだな」
アレクは杖を肩に担ぎ、石段の先を睨む。
ミユはタグ束を握りしめて頷いた。
「港、灯台、駅前。全部の線がここに収束してる。……“祭りの頂点”」
レンは鈴を両手で包み込み、小さく深呼吸する。
「大丈夫。まだ鳴らせる。港よりも重いけど、私、壊れない」
カズマは額の汗を拭い、木刀を肩に担ぐ。
「ま、祭の本番ってやつだな。いいじゃねぇか、派手で。絶対勝ってやる!」
「場違いな目標設定だな」
ユウタが冷ややかに返す。それでも、その目は仲間たちと同じ方向を見据えていた。
石段を登るたび、音が変わる。カラスの鳴き声も、風の音も、足音さえも。どれもわずかに“揺らぎ”を失い、同じ拍へ揃えられていく。
「強制されてる……」
ミユが眉をひそめる。
「呪具商人が作った“祭壇の拍”だ」
ユウタが結界器を確かめる。
「こちらの音を乗せる前に、まずはこれを崩す必要がある」
「だったら壊しゃいい!」
カズマが笑い飛ばし、石段を駆け上がった。
頂に着いた瞬間、空気が変わった。
神社の鳥居は、既に黒い札で覆われ、鈴緒は逆さに吊られ、狛犬の口からは黒い霧が垂れている。本殿の前に広がる鏡池は、赤黒く脈打ち、まるで鼓膜そのもののように震えていた。
その中央に――呪具商人が立っていた。
「ようこそ」
拡声器のような声ではなく、直接耳に届く生の声。高くも低くもない、不自然に澄んだ声。
「祭の主役たち」
アレクは杖を構えた。
「主役はこっちだ」
商人はゆるやかに両手を広げた。その後ろに、影のような存在が次々と姿を現す。ヴァイス。そして、港で見た“呼び子”。さらに、名もない仮面たちが円陣を作り、本殿を囲んでいた。
「……やっぱり来たか」
低い声が背後から届く。
ジンだ。外套を翻し、眼鏡の奥で光を宿している。
「遅れて悪い。港の残響を封じるのに手間取った」
「上等だ、ジン兄ちゃん!」
カズマが手を振る。
「これで全員揃ったな!」
レンは少し安堵したように微笑み、ミユも頷いた。アレクは短く笑う。
「よし。じゃあ……大合奏の始まりだ」
商人は楽しげに笑った。
「そう、それでいい。これは祭。奪い合い、ぶつかり合い、最後に残った音が“街を満たす”。……君たちの歌か、私の無音か」
呼び子が一歩前に出た。赤い瞳がアレクを射抜く。
〈もう一度、鳴らそう〉
アレクは杖を握り直し、仲間たちを振り返った。
「みんな、準備はいいか」
レンが鈴を高く掲げる。
「もちろん!」
ミユがタグを広げる。
「どんな譜面でも支える!」
カズマが木刀を振り下ろす。
「ガキの頃から、ドンドン叩くのは得意だ!」
ユウタが結界器を掲げる。
「解析も防御も任せろ」
ジンは静かに刀を抜き放った。
「……妹を、そして街を守る」
アレクは笑った。
「じゃあ始めよう。――俺たちの主祭を!」
本殿の鈴が逆さに揺れ、黒い光が爆ぜる。
港の戦いは前哨にすぎなかった。
本当の祭――街の命運を決める“総譜”の演奏が、いま幕を開けた。




