第6話『蒼玉の屋敷に潜む影』
古びた洋館に足を踏み入れると、空気がひんやりと湿っていた。
壁に飾られた古い肖像画がこちらを見下ろし、廊下の隅にはほこりが積もっている。窓際には、結界のほころびを示すように黒い亀裂が走っていた。
「……嫌な気配がするな」アレクが赤い瞳を細める。
「やっぱり……結界が弱まってる」レンは不安げに兄を見た。
「油断するな。ペンダントを奪った者がまだ屋敷に潜んでいる可能性もある」ジンが冷たく言い放ち、杖を握る。
三人は手分けして屋敷を探索することにした。
アレクはレンと組み、ジンは別行動で調査する。
廊下を進む途中、レンがぽつりと漏らした。
「ねぇ、アレク君。本当に大丈夫? まだ身体に慣れてないんじゃ……」
「大丈夫だ!」アレクは胸を叩く。
「身体は子供でも、俺の勘と技は健在だ。……ま、ちょっと踏ん張りが効かねぇのは不便だがな」
苦笑するアレクに、レンは安心したように微笑んだ。
その表情に、アレクは一瞬言葉を失い――慌てて目を逸らす。
「(くそ……こんな顔されたら、守らなきゃって気持ちになっちまうじゃねぇか)」
やがて二人が辿り着いたのは、地下へと続く階段だった。
吹き抜ける風は冷たく、獣のような臭気を含んでいる。
「……ここだな」アレクが呟く。
「ちょ、ちょっと待って! この匂い……魔獣の気配じゃない?」レンの顔が青ざめる。
その瞬間、地下の闇から赤い光が二つ、ギラリと瞬いた。
「グゥゥゥ……!」
現れたのは、大型犬のような影。だが背には骨のような突起が並び、口からは黒い霧を吐き出している。
魔獣。結界の隙間から侵入した存在だ。
「クソッ、もう入り込んでやがったか!」アレクは即座に構える。
ダークハウンドが吠え、レンに飛びかかる。
「きゃあっ!」
「下がってろ!」
アレクは小さな体で横に飛び出し、獣の突進をかわした。
そのまま机の上に転がり、咄嗟に花瓶を蹴り飛ばす。
「くらえっ!」
花瓶は魔獣の頭に直撃したが、ダークハウンドは怯むどころかますます怒り狂った。
「やっぱりガキの身体じゃ力が足りねぇ!」
「アレク君、危ない!」レンが震える声で叫ぶ。
そのとき、アレクの勘が働いた。
(あいつの弱点……胸元の魔石だ! そこを砕けば……!)
「レン! あいつを照らせ!」
「えっ?」
「光魔法だ! あの魔石を狙う!」
レンは慌てて両手を組み、光の魔法陣を展開した。
「ライト・フラッシュ!」
眩い閃光が地下を照らし出す。
赤黒い胸元に埋め込まれた魔石が、ギラリと光を反射した。
「そこだぁぁっ!」
アレクは飛び込み、小さな拳で渾身の力を込めて叩き割った。
ガキィィン!
鋭い音と共に魔石が砕け散り、ダークハウンドが断末魔を上げて霧のように消え失せた。
「……はぁ、はぁ……やった……」
アレクは肩で息をしながら立ち上がった。
「すごい……!」
レンが駆け寄り、目を輝かせる。
だがアレクは照れ隠しに鼻を鳴らした。
「ふん、これくらい大したことねぇ。俺にかかれば当然だ」
「……無茶しやがって」
背後から低い声が響く。振り返ると、ジンが階段を降りてきていた。
眼鏡の奥の目が鋭く光る。
「妹を巻き込むな。……次に同じ真似をしたら容赦しない」
アレクは言い返そうとしたが、その視線の冷たさに思わず口をつぐんだ。
こうして最初の魔獣退治は終わった。だが肝心の《蒼玉のペンダント》はまだ見つかっていない。
「……盗人の目的は、やっぱり結界を壊すことか」アレクは呟く。
「次は、人間の犯人を探さないとね」レンが不安げに言う。
ジンは冷たい声音で告げた。
「依頼はまだ終わっていない。……気を引き締めろ」
その言葉に、アレクもレンも力強く頷いた。
夜の洋館には、まだ得体の知れぬ気配が潜んでいる――。




