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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第67話『霧の前奏』

 朝はいったんやって来て、そして躊躇するように足を止めた。

 港の空は淡い鼠色のまま明るくならず、沖から這い上がってくる霧が、街の輪郭をやさしく、しかし執拗に丸めていく。漁船のマストが白い綿の中へ半分沈み、倉庫の角が溶け、堤防の手すりが指で擦った鉛筆線のように細くなって消えた。


 水鏡屋の工房は、寝息と、コトンと湯飲みを置く小さな音とで満ちていた。

 ジンが淹れた薄い番茶の湯気が、鏡の手前でふわりとたゆたう。鏡面に走っていた〈総譜:安定〉の淡金の線は今も残り、昨夜の戦果がただの夢ではないと告げている。


 アレクは畳の上で大の字になって伸びをし、体の芯に残っているきしみを確かめた。

 「……んあー、起きた。腹、減った」

 「さっきカズマ君が勝手に焼いたトースト二枚、もう無いよ」レンが笑い、湯飲みを差し出す。

 「よし、なら三枚焼こう」

 「三枚分のパンは無い」ユウタが即座に却下した。「買い出し表、壁。優先順位はバター、牛乳、そして君の自尊心」

 「最後のは買えないだろ!」アレクが抗議すると、ミユがくすくす笑った。彼女は膝の上にノートを置き、昨夜の項目に小さくチェック印を入れる。〈放送塔:奪還/合図:こちら側〉。


 ジンは机に置いたスマホを親指で弾き、ニュースのプッシュと警報の区別を耳だけで仕分けながら、短く言った。

 「港。霧が濃すぎる。灯台の光が減衰しているという通報が三件。波止場で“音が裏返る”現象が発生。市役所は“視界不良注意”で押し切っているが、これは――」

 「休符の増殖だ」ユウタが言葉を継ぐ。「空気の粘度が変わっている。フォグホーン(霧笛)の波形が歪められている可能性が高い」

 「また“合図”を奪いに来たってことか」アレクが杖を手に取る。

 ジンは頷かない。代わりに鏡へ視線を向けた。

 鏡の下辺が、ごくわずか――ほんの針先ほど――黒く滲む。すぐに淡金が押し返して消える。しかし、滲みの縁に、見覚えのある形が一瞬だけ立ち上がった。

 指揮棒。

 そして、その握り方。


 「……っ」アレクは息を飲む。

 「見えた?」レンが震えないように声を整えて尋ねる。

 「わかんねぇ。けど、見間違いならそれでいい」アレクは笑ってみせる。「行こう。港だ」


 彼らは手早く支度をした。ミユはタグ束の一番上に〈灯標〉〈海鳴り〉を持ってきて、紐でぎゅっと結び直す。レンは鈴の内側に薄く白墨を塗った。真鍮の腹に、夜の合図の余韻がまだ温く残っている。

 カズマは木刀に新しい布を巻き直し、ユウタは携行用の結界器に乾電池を詰める。ジンは扉の上に小さな紙を貼った。〈帰還拍〉――いざという時、水鏡屋そのものが呼吸で彼らを呼び戻せるように。


 霧は家々の屋根の上で、絹のように流れ続けていた。彼らは音の薄い道、つまり休符が塗り重ねられた筋を避け、靴の底で「生きている拍」の地点を探しながら港へ向かった。アレクが前、レンが半歩後ろ、ミユが右へ、カズマとユウタが左右の背。ジンは最後尾で、街そのものの耳として歩く。


 堤防に差し掛かると、音の地勢がはっきり変わった。

 ふだんなら、潮騒、フォークリフトのエンジン、作業員たちの掛け声、カモメの甲高い笑い。

 今朝の港には、それらがあった。どれもあった。だが、少しずつ、少しずつ「ずれている」。

 フォークリフトが角を曲がるタイミングで、カモメの声は半拍早い。波が護岸を打つ音は、ありえないほど長く尾を引く。作業員の笑い声は、一音分、低い。

 それらが合わさって、港内全体に奇妙なポルタメント――滑るような音程の移動――を作っていた。


 「気持ち悪ぃ」カズマが眉をひそめる。「耳が痒くなる」

 「狙いは灯台だ」ジンが短く言う。「あそこが港の“目”であり“拍”だ。ライトハウスを落とすために、周りの音程を滑らせている」

 アレクは堤防の先を指さす。霧の幕の中、白い円筒の影がぼんやりと立っている。灯台。

 「行けるか?」

 「行く」レンが即答した。鈴に指をかけ、ミユに目で合図する。ミユは〈灯標〉のタグをひとつ、胸ポケットから出して手に握った。


 堤防に足をかけた瞬間、霧が生き物のように動いた。

 目に見えるほどの渦はない。だが、足がいきなり軽くなる。靴底から拍が抜ける。

 「っ!」アレクは杖の石突きで堤防の縁を叩いた。金属の中に走る梁のリズムが返ってくる。そのリズムを踏み、足を入れ替える。

 レンは鈴の空洞を海へ向けて、鳴らさないままゆっくりと腕を掲げた。夏休みの記憶――堤防から飛び込む子どもたちの笑い声、釣り人が糸を投げる音、夕凪の中で小舟が岸壁にコツンと当たる音――を引き寄せる。鈴の中に、それらが静かな泡のように溜まっていく。


 ミユはタグ〈灯標〉を目の前で一度だけひらひらと振った。タグに描かれた極小の光源図形が、霧の粒を選別する。水滴と音の境界線を見つけ、光が通る隙間を一つ、また一つと穿つ。

 ユウタが携行結界器を起動した。霧の中に網目のような薄い線が張られ、波止場に向かってくさびのように伸びる。

 カズマは木刀の峰で堤防の縁を叩いた。ドン、ドン、ドン。単純な拍だが、子どもの頃に遊びで叩いた「ここにいるよ」の合図と同じリズム。封じ込められていた港の「当たり前」が、そこへ寄ってくる。


 霧は抵抗した。白い布のように見えて、実のところこれは“休符の綿”。音のない部分を集めて織り、港へ被せた毛布だ。

 アレクは毛布の端を掴むつもりで、前へ出た。杖の石突きで堤防の地金を叩き、その反響をまるごと抱え込んで奮う。

 「――道を開けろ!」

 叩きつけた拍は、堤防に沿って走り、白いものを一瞬だけ裂いた。裂け目から、灯台のレンズの一部――磨かれたガラスが夜明けの光を受けてかすかに黄緑色に光る――が覗く。


 そこへ、音が落ちた。

 霧の奥から伸びてきたのは、サイレンのようでいて、サイレンではない何か。

 フォグホーン――灯台に備えつけられた霧笛の音。だが、通常の低く長い音ではなく、半音上がってしまったような微妙なズレ。しかも、そのズレが何層にも重ねられ、うねり、絡み、脳の奥を優しく、しかし確実に撫で回す。

 ミユが顔をしかめ、タグ束を握りしめた指に力を込める。

 「〈海鳴り〉、投下」

 細い紙片が一枚、風に乗って灯台の方向へ滑っていく。紙片は霧の粒に触れるたび、悪戯っぽく笑って、それを「波」に変えていく。音のない粒を、音のある波に編み変える。

 ユウタが結界の網目をその波に合わせて張り替える。網は“波の節”で張り、霧の重みがそこへ落ちる。

 カズマが堤防の拍を続け、アレクが杖で途切れそうな橋を叩き継いでいく。レンが鈴の中の「港の当たり前」を、一気に解き放つ。


 霧が――呼吸した。

 吸う。吐く。

 “呼吸”は音だ。音である限り、こちらの土俵だ。

 灯台のレンズがもう一段分、大きく覗いた。黄緑はやがて白に、白はやがて透明に近づく。レンズの向こうに、暗い人影が立っていた。


 ジンが堤防の鉄柵に指を置き、極小の拍を打った。

 「――見てはいけない。感じろ」

 「見るな」その言い方は奇妙にやさしかった。「視線は相手の“譜面”に乗る。耳で行け。触覚で行け」


 アレクは目を細め、視界を半分閉じた。霧の音、波の音、自分の心臓、レンの呼吸、ミユのタグが紙を擦る柔らかい音――それらを繫ぎ合わせ、灯台までの見えない橋を作る。

 そこに――いた。

 海側のレンズの縁、手すりの内側に立つ影。背はアレクの今の体より頭ひとつ分高い。首の角度、背筋の真っ直ぐさ、重心の置き方。

 (……俺、だ)

 アレクは歯を食いしばった。

 見れば崩れる。見たくてたまらない。だが、見たら連れて行かれる。


 「大丈夫」レンの手が、後ろから彼の小さな肩甲骨にそっと触れた。

 アレクは頷いた。頷く拍に、レンの鈴が鳴らない音で応える。ミユが〈灯標〉をもう一枚、海風へ飛ばす。

 霧の膜がふっと薄くなった瞬間、灯台の影が左手を挙げた。

 指揮棒が、そこにあった。

 振られはしない。ただ、そこにある。

 あるだけで、港のすべての音が半歩、前に倒れそうになる。


 「“客演指揮者”か」ユウタが低く呟いた。「本体か、仮影かは判然としないが、拍を持っているのは確かだ」

「合図を奪う気かよ」カズマが歯噛みする。「こっちの“今”を、あいつの“昔”で上書きする気か」


 呪具商人の声は、霧の中からはしなかった。代わりに、港のスピーカーがかすかにノイズを吐いた。

 ――ザー。ザー。

 ラジオの電波が遠くで擦れ合う、あの無害にも思える音。だが、その無害さこそが危険だ。油断を滑り込ませ、拍を半歩ずらす。


 「ここまで」ジンが切った。「撤退する」

 「はぁ!?」カズマが振り返る。「今いいとこだろ!」

 「灯台は“奪い返せるが、奪い返せない”」ジンの瞳が鋭くなる。「今押せば、視線の罠に引かれる。こちらの拍が“あちら側”に絡め取られる。霧は今、こちらに呼吸を合わせている。呼吸が合っているうちに、いったん引く」

 ユウタが短く頷き、結界の楔を逆向きに畳みはじめる。ミユはタグ〈終止〉を薄くちぎって海風に溶かし、レンは鈴の腹に、港の“当たり前”を残らず戻して封じた。

 アレクは最後に杖で堤防を一回叩く。

 ――また来る。

 堤防が、低く、しかし確かに返答した。

 ――待っている。


     ◇


 水鏡屋に戻ると、鏡の淡金はそのまま、黒い滲みはわずかに大きく、しかし輪郭を保っていた。

 「攻めどきじゃねぇのに、攻めたら“拍を失う”」とアレクがぼそりと言う。「勇者でも、勇者だからこそ、退くときは退くってか」

 「勇者は“曲”の一部だ」ジンが机の端に腰かける。「曲の都合に従う勇気を持て。曲はお前に従うが、お前だけのものではない」


 ミユはノートに新しいページを開いた。

 〈港・霧〉

 ・霧=休符の綿。ポルタメント化(音程滑り)。

 ・灯台=目/拍。レンズ越しに“彼”の影。

 ・視線の罠。見ない。触れない。感じる。

 ・撤退――呼吸が合っているうちに。

 ・次の手=“灯を鳴らす”。〈灯標〉強化/レン鈴・光の腹づけ。


 「“灯を鳴らす”?」レンが首を傾げる。

 ユウタが頷く。「灯台は光の合図の器だが、古いものは“音”とも結んである。レンズの台座、回転機構、電源ハウス――どこかに、光と音を繋ぐ古式の“ハブ”がある。それを叩けば、霧の指揮棒の方が『一瞬』だけ鈍る」

 「叩くのは任せろ」カズマが嬉しそうに木刀を撫でる。

 「叩くのは簡単じゃない」ジンが釘を刺す。「“叩き方”を誤れば、街が眩暈を起こす。……レン」

 「うん」レンは姿勢を正し、鈴を両手で包んだ。「鈴の腹に“灯”を入れる。音のない光じゃなくて、音のある光。鳴らないまま鳴る光。……できる」

 アレクが笑う。「お前が言うと、なんでもできる気がしてくるな」

 「やり方は今考えた」レンは肩で息をしつつ、しかし目は真剣だ。「でも、できる」


 ジンは鏡に指を当て、街の拍に一音だけ小さな問いを投げた。

 ――準備はいいか。

 鏡面の淡金がわずかに強く光り、〈可〉の印が浮かんだ。


 「日没までに初期試作。夜半までに実験。そして――明け方、“灯を鳴らす”」

 「……勝手に徹夜が決まった」カズマが頭を掻く。「いいぜ。どうせ寝たら怖い夢見る」

 「夢を見るのは悪くない」ユウタがペン回しをやめ、真顔で言う。「夢は“拍の反復練習”だ。怖さの拍を、怖くない拍に置き換える」

 「理屈はよくわからんが、つまり寝てもいいってことだな?」

 「三十分だけだ」

 「みじかっ!」


 笑いが工房の梁にぶつかって砕け、細かい火花のように散った。緊張は高い。だが、高いところに張った糸ほど、よく鳴る。

 アレクは鏡の前で深呼吸を二度し、拳をぎゅっと握った。

 (見えた。あれは、たぶん、俺の身体だ)

 (奪い返す。けど、今は――灯を鳴らす)


     ◇


 夕方。

 水鏡屋の工房には、珍しく「光」の匂いが充満していた。

 レンの机の上に置かれた鈴は、内側に極薄の錬金ガラスを張り付け、その裏へさらにきめ細かいレンズ片を蜂の巣状に配置している。真鍮の腹は、もはや腹というより「小さな灯台」だった。

 「すご……」ミユが目を丸くする。「鈴の中に海があるみたい」

 「海を入れたら錆びるから、入ってるのは“光の海”だよ」レンは舌をちょっと出して笑い、すぐに真顔に戻る。「試すね」


 彼女は鈴を両手で持ち、鳴らさずに揺らした。

 鏡の前に淡い輪が生まれ、工房の天井に、液体のような光が静かに揺れ始める。揺れは波形を持っている。左から右へ、右から左へ、とろりと流れ、梁の影に触れるたび、小さな拍を弾いた。

 アレクはその下に立ち、杖で床を軽く叩いた。

 ――コン。

 光が一瞬だけ硬さを増し、拍を返す。

 「……鳴ってる」ユウタが低く感嘆した。「音のない光が、音楽的に鳴っている。これなら、灯台の“光・音”複合ハブに介入できる」

 「つまり、これで灯を鳴らせるってことか」カズマがにやりと笑う。「燃えるねぇ」


 「問題は──」ジンが鏡から視線を離さずに言った。「“どこで鳴らすか”だ。灯台本体でやれば直接的だが、罠に近い。港の“副ハブ”を探す。……ユウタ」

 「了解。港務所の資料庫、過去の図面を洗う。ミユ、手伝えるか」

 「はい」ミユはノートを閉じて立ち上がる。「古い地図、得意です」

 「カズマは?」

 「港の親父連中に聞き込みだな」カズマが木刀を肩に担ぐ。「こういうのは最後、爺さんの勘が一番当たる」


 「アレク、レン」ジンが二人を見た。「二人は鈴の調整と、鳴らす側の“拍”の整備だ。灯は鳴るが、鳴らす側の呼吸が乱れていたら、すべてが無駄になる」

 「うす!」

 「任せて」レンは笑い、アレクと向かい合って椅子に座った。「せーの、で、息を合わせるよ」

 「……こうか?」

 「うん。……こう」

 二人は目を合わせ、呼吸を合わせ、拍を一つ、二つと刻んでいく。ミユはその横顔をちらりと見て、ノートの端に小さく〈リンク:良好〉と書き足した。


     ◇


 夜はふたたび躊躇し、今度は完全にこの街の上に降りた。

 港の霧は朝よりも濃く、だが、朝ほど意地悪ではない。呼吸は合っている。呼吸が合っているからこそ、相手の指揮が怖い。

 水鏡屋の面々は、それぞれの持ち場から定時連絡を入れた。

 ユウタとミユは港務所の資料庫で、昭和三十年代の図面を前に顔を突き合わせている。「灯台の下には地下ケーブルが二本。一本は電源、一本は旧時代の“音響線”。――ここだ、旧ホーン室」

 カズマは漁協の詰め所で、顔見知りの老人に煙草をねだられつつ、聞き込みを終えていた。「昔はな、霧が出るとここいらの“鐘石”を叩いたもんだ。音で船を呼ぶんだ。鐘石は埋めちまったが、音は残る。――堤防の三番杭の下だ」

 ジンは堤防の上、風の中で街全体の拍を均しながら、耳を塔へ、目を霧へ、手を水鏡屋へ伸ばしていた。

 「行ける」

 短い言葉は、合図だった。


 アレクとレンは、鈴を挟んで向かい合い、目を閉じた。工房の梁が、鳴らない音で共鳴する。鏡の淡金がいつもより深い色になり、〈出立〉の印が小さく灯る。

 「行こう」

 「うん」


     ◇


 港。

 堤防の“三番杭”は、手のひら大のプレートが打ちつけられているだけの地味な場所だった。朝の戦いと違って、ここには誰もいない。見えない。だが、そこに“鐘石かないし”が眠っているのは確かだ。

 レンは鈴を抱えて膝をつき、耳をプレートに当てた。海潮のざわめきの底に、小さな空洞――空洞の記憶――がある。鐘石が息をしていた頃の、長い長い拍の名残。


 「アレク君」

 「おう」

 アレクは杖の石突きで、プレートの縁をコン、と軽く叩く。

 レンが鈴を鳴らさずに揺らす。

 ミユが〈灯標〉を、ユウタが網目の結界を、ジンが港の呼吸を、カズマが堤防の拍を――それぞれの“当たり前”を、その一点へ集める。


 霧の向こうで、フォグホーンが半音外で長く鳴った。

 今度は恐れなかった。

 アレクの喉が、そこへ自分の半拍を重ねた。レンの鈴が、鳴らないままに鳴り、鐘石の腹が――一瞬だけ、確かに鳴った。


 灯台の上で、見えない誰かの指揮棒が、ぐらり、とほんのわずか、揺れた。

 霧が吸い、霧が吐いた。

 合図は――こちら側だった。


 そのとき、港のスピーカーが小さく咳をした。

 ザー。

 そこから流れてきた声は、呪具商人のものではなかった。

 少年の声。

 しかし、アレク自身の声でもない。

 〈――よく、来たね〉

 それは、ほんの一言で終わった。

 しかし、充分だった。

 レンの手が、わずかに震えた。

 ミユはタグ束を握り直した。

 ユウタは結界の網をさらに一段強くし、カズマは黙って木刀を持ち直し、ジンは目を細めて風向きの変化を読む。

 アレクは、笑った。

 「やっと“お出まし”かよ。――待ってたぜ」


 霧はゆっくりと濃くなり、そして、ほんの少しだけ薄くなった。

 そのわずかな薄さを見逃さず、彼らは一歩、前へ進む。

 総譜のページは、また一枚、めくられた。

 音符ではなく、休符が並ぶページ。

 それでも――拍は、こちら側にある。

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