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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第62話『最終接続、開始』

 朝の薄明かりが水鏡屋の格子戸を銀色に縁取り、工房の奥では《統合鏡》が低く唸っていた。鏡面に走る光の線は昨夜よりも太く、駅・学校・神社・港・役所・放送塔……街の“鳴り”が一本の譜面へと束ねられつつあるのが、素人目にも分かる。


 「最終接続、開始する」

 ユウタが落ち着いた声で告げ、鏡枠に組み込んだ導魔線の栓を順に押し込んでいく。ジンは鏡の前に立ち、左手で街の俯瞰を、右手で細部の波形を同時に操った。レンは鈴を胸に抱え、アレクは杖を肩に担ぎながら、鏡面に刻まれていない“何か”――町の底に流れる鼓動を耳で追う。


 「ミユ、時報同期」

 「了解。市役所の壁面時計と駅の発車ベル、遅延一・二。音程は正常、波形に休符の“癖”が残ってる」

 「癖ごと上書きする。――レン」

 「うん」


 ちりん、と控えめに鈴が鳴る。その一音は工房に閉じず、導魔線を通って街の結節点へ走った。駅ホームの柱が微かに震え、港のサイレン塔の金属音が半拍だけ澄む。神社の鈴は鳥居の陰で小さく応え、学校のチャイム回路から濁りが抜けた。


 「四分音符で街を縫う。アレク、お前は“拍”になれ」

 ジンの短い指示に、アレクは息を深く沈めた。吸う、吐く――心拍と呼吸を一本の線に揃え、胸の奥で鳴る太鼓を大きくし過ぎず、しかし決してやまぬ強さで刻む。小さな器に収まりきらないはずの勇者の鼓動が、いまはこの街一面に広がる譜面の基準になっていく。


 「……いける」

 ユウタの指が止まった。「総譜の幹、固定」


 そのとき――


 ふ、と世界が一瞬だけ暗くなった。電灯は消えていない。窓の外の色も変わっていない。ただ、音が一本、折れた。


 「来た」

 ジンの声と同時に、鏡面の一角が黒く沈む。休符――息を止める札が、広報スピーカーと信号機に混じって一斉に起動したのだ。


 「各所、干渉発生!」ミユがタグを走らせる。「学校エリア、チャイム系統に逆位相挿入。駅前、ベル回路へ休符挿入」

 「港、サイレン塔の中腹に“無響膜”。倉庫街から仮面群も移動中」ユウタが読み上げ、即座に代替経路を描く。


 「分かれよう」

 ジンは鏡から目を離さず言った。「カズマ、ユウタは港と倉庫の脚を叩け。ミユは巡回タグで街の“穴”を塞ぎながら戻ってくる。アレク、レン――ここで芯を死守だ。ここが街の肺と心臓になる」


 「任せとけ!」

 アレクの声は軽い。だが軽いのは口調だけで、胸の奥の太鼓は深く一定に鳴り続けている。レンは鈴を握り、喉の奥で小さく息を合わせた。彼の“拍”と自分の“音色”を重ねるイメージは、もう何度も練習した。


 ジンが最後に短く付け足す。「言葉は要らない。音で会話しろ」


     ◇


 港へ向かったカズマとユウタは、サイレン塔の根元で待ち構えていた仮面人形の群れに真正面から突っ込んだ。木刀が唸り、札が割れる音が乾いた拍として空に跳ねる。塔の中腹に掛けられた無響膜は音を吸うが、カズマの打撃は音にならなくても“拍”を伝える。ユウタが拾い、その拍で札を剥がしていく。


 「上段いく!」

 「下段、回る!」


 ふたりのやりとりは短く、正確。サイレン塔の金属が一度、澄んだ長音を鳴らし、港一帯の休符が割れて散った。


 「戻るぞ、倉庫筋に第二波だ」

 「おうよ!」


     ◇


 学校区画では、ジンとミユが校舎の配電盤の前に立っていた。盤面の中で黒い紙片が蜘蛛の巣のように張られ、チャイム用の回路は沈黙に引きずり込まれかけている。


 「タグで“いま・ここ”を重ねる。三枚目で穴が開くはずだ」

 「了解――」


 ミユのタグが紙片の縁を縫い止め、ジンの指がその上から“響き”を押し流す。電気のチャイムに本来の鳴りを思い出させる作業は、魔法というより指揮に近かった。盤面の隅で黒が剥がれ、チャイムが短く鳴る。その一打をミユがすかさず拾い、校内に散らばる小さな休符を“正しい拍”へと手繰り寄せた。


 「呼吸、戻った」

 ミユの頬に汗が伝い、ジンは短く頷いた。「戻るぞ。中心を落とされれば意味がない」


     ◇


 水鏡屋の工房には、すでに“靴音”が近づいていた。軽く、柔らかく、しかし決して急がない歩幅。


 「――良いね。君たちの曲、確かに聞こえる」

 格子戸の向こうで笛が笑う。呪具商人だ。


 戸が音もなく開き、黒衣の裾が床をかすめる。後ろに立つのは漆黒の鎧――黒刃のヴァイス。胸元の欠けた紋は三つ、しかしその縁はさらに細密な刺繍で補強され、痛みを痛みで縫い止めた異様な“延命”が完成していた。


 「総譜、だって?」商人は鏡面に視線を滑らせる。「よくここまで街を束ねた。なら――試さなければね」


 ふ、と工房の一角が黙った。壁時計が一拍遅れ、窓の外の風鈴が急におとなしくなる。鏡面に黒い斑点が散り、ひとつ、ふたつと大きくなる。


 「ここで止める」

 アレクは一歩前に出た。小さな足が床に“拍”を打つ。レンが後ろで鈴を構える。ジンは鏡の前で街を抱えたまま、しかし視線の端で二人の肩の高さを測る。


 「排除対象、創造主」

 ヴァイスが静かに刃を抜いた。狙いは最初からレンただひとり。


 「来いよ、黒刃」

 アレクの杖が先に動く。刃と杖が火花を散らし、音になろうとする瞬間に、笛が休符を差し込んで殺す。音が立たない世界で、彼は自分の胸の底をさらに深く掘った。脈。呼吸。骨がきしむ手前で拍を保つ。レンの鈴は鳴らない。けれど振動は、鏡から街へ、街からここへ戻ってくる循環の中で確かに増幅されていく。


 (鳴らなくても、響かせられる)

 レンは目を閉じ、一度だけ深く息を吸い込んだ。鈴を鳴らすのではない。鈴に“鳴っている街”を通すのだ。街の至るところで正された拍――駅のベル、神社の鈴、港のサイレン、学校のチャイム。それらが細い糸のように彼女の掌へと集まり、掌から工房の床へ、床からアレクの足裏へと還る。


 「いま!」


 鳴らない号令に、アレクの身体が先に応えた。杖の石突きがヴァイスの刃筋を押し上げ、空いた懐へ踏み込む。小さな肩がぶつかるほどの距離、一拍の中で二打を重ねる“加点”。刃が防御に回った瞬間、工房の梁がわずかに鳴った。


 (届く)


 ミユが裏口から滑り込み、タグ束を床に滑らせる。「右半間、薄い!」短い合図。アレクの踵がそこを踏み、レンの鈴がそこを縫う。鏡面で街の拍が盛り上がり、ジンの低い“息”が休符の膜を押し返す。


 「――っ」

 ヴァイスの鎧に縫い付けられた黒い刺繍が、一本弾けた。胸紋の縁が揺らぎ、稲妻のようにひびが走る。


 「確認。二紋、残存」

 ヴァイスは機械的に告げるが、その呼気にはわずかな乱れが混じっていた。商人は相変わらず愉快そうだ。


 「まだまだ。さあ、続けよう」


 笛が最小の動きで旋律を変え、工房の空間がすっと“広がる”。視覚では狭いままのはずなのに、音が遠のいて輪郭が伸び、音と音の間に深い谷が開いたようになる。拍と拍の間に落ちる罠――深休符。


 (落ちるな)

 アレクは自分の胸をさらに太くする。落ちる谷間に梁をかけるイメージ。レンの鈴がそれに細工を施し、ミユのタグが梁の左右に“ここ”を打つ。


 「――いまだ!」


 ジンの声が、音にならないまま全員の背骨を叩いた。四人の動きが完全に揃う。工房の床板が一斉に軋み、梁が応え、壁の中の柱が一本の弦のように震える。水鏡屋そのものが楽器になり、街と共鳴して“基準”を上書きした。


 “総譜”が完成する瞬間は、音の爆発ではなかった。むしろ逆――無駄な響きがすっと剥がれ落ち、残るべき音だけが透明に立ち上がる。人の足音、湯の沸く音、窓を打つ風、遠くの踏切、近くの笑い声。日常の楽音が、休符の膜をものともせず、自然に、正確に、街中を流れ始める。


 鏡面の黒がふっと消え、代わりに淡い金線が都市の骨を描いた。駅のベルと神社の鈴が互いに呼び合い、港のサイレンがその下に低く通奏低音を敷く。学校のチャイムが一日に刻む四つの柱は、町の空に見えない塔を建てた。


 「……完成」

 ユウタの声が震えた。「総譜、固定。休符の侵入、理論上は無効化」


 「理論上じゃねぇ。今、実際に――」

 アレクが笑いかけたそのとき、前方へ飛び込む。ヴァイスの刃が最後の深休符の縁をすべるように滑り込み、レンの肩を狙ったのだ。アレクの小さな身体が盾になり、杖が刃の腹をはじく。


 「そこ!」


 ミユのタグが床板の目を一行だけ“ずらし”、ヴァイスの踏み場を狂わせた。カズマの木刀の打音が窓越しに重なり、港のサイレンと同期して工房の梁を鳴らす。ジンの“息”が最後の薄い膜を押し出し、レンの鈴が“決め”を刺繍する。


 ガン、と乾いた音。ヴァイスの胸の欠け紋の縁が砕け、黒い刺繍が一気に解け落ちた。鎧の中で空洞が鳴り、刃先がわずかに下がる。


 「確認。――一紋、残存」


 初めて、ヴァイスの声に“人間の色”が滲んだ。痛みではない。迷いでもない。ただ、一度だけ刃の重さを測るような呼気。


 「ヴァイス」

 商人が笛を下ろした。黒衣の目が細くなる。「第五幕はここまで。劇場が変わった。総譜――見事だ」


 「逃がすか!」

 アレクが飛び込む。だが商人の外套がふっと膨らみ、工房の空気が“折れた”。休符ではない、転調。黒衣とヴァイスの輪郭が別の舞台へ滑るように転がり、次の瞬間には格子戸の外に立っていた。


 「次は第六幕。――客席ではなく、指揮台で会おう」

 黒衣が不敵に笑い、路地裏の影に解ける。ヴァイスは最後に一度だけこちらを見た。その目に、確かに何かが灯っていた。宿命の刃が、初めて舞台を見渡した観客の目になったような、そんな色。


 静寂が戻る。だがそれは、休符ではない。音を含んだ静けさ。工房のどこを触れても、街のどこに耳を当てても、同じ拍がそこにある。


 「……やったの?」

 レンが鈴を胸に抱きしめ、震え混じりに問う。アレクは息を吐いて、笑った。


 「ああ。俺たちの曲が、街で一番強ぇ」


 ジンは鏡から手を離し、初めて大きく肩の力を抜いた。眼鏡の奥の瞳が柔らぎ、短い言葉が零れる。


 「総譜――完成だ」


 ミユはノートの空白に、震える線で大きく丸を描いた。〈総譜計画・完了〉。カズマは木刀の柄をぽん、と叩き、ユウタは鏡枠の温度を確かめてから、ゆっくりと頷いた。


     ◇


 その日の夕方、街は“いつもの音”で満ちていた。

 駅のベルは時間通りに人の背中を押し、神社の鈴は参道の足音に合わせて短く鳴り、学校のチャイムは空へ透き通っていく。港では潮騒がサイレンの下に低く流れ、商店街の風鈴は風に合わせて気まぐれに笑った。


 人々は誰も知らない。今日、街はひとつの楽器になり、その楽器を鳴らす指揮が、小さな店の奥で取られたことを。だけど、知らなくていいのだと彼らは思った。守るというのは、そういうことだから。


 水鏡屋の窓辺で、レンが鈴を鳴らした。今度ははっきりと、誰にでも聞こえる音で。

 その音にアレクが笑い、ジンはほんの僅かに口角を上げ、ミユは安堵の息を、カズマは大きな伸びを、ユウタは記録の最後の行に句点を打った。


 ――総譜は完成した。

 だが譜面があるということは、次の曲が始まるということでもある。


 夜の気配が早くなっていく季節。廃神社の奥では、黒衣が新しい笛を回していた。

 「第六幕。“指揮台”を奪い合おう。勇者、創造主、そして街の伴奏者たち――君たちの指が震えなければ、もっと綺麗に鳴るはずだ」


 返事は、街じゅうの窓から漏れる夕餉の音だった。菜箸の触れ合う軽いカチリ、湯のふつふつ、皿を置くコトリ、笑い声。

 それらはすでにひとつの曲で、誰がどこで笛を鳴らしても、もう簡単には黙らない。


 アレクは小さな掌を開き、見えない拍を掴む。

 「……次が来る。けど、もう怖くねぇ。俺たちの曲は、もうできてるからな」


 レンが頷く。「うん。何度でも合わせよう」

 ジンは短く言う。「次は、こちらから仕掛ける」

 ミユはノートに新しいページを開く。カズマは木刀を磨き、ユウタは鏡の温度を下げる魔法式を一行書き足した。


 街は鳴っている。

 彼らの総譜は、今日を境に日常へ溶け、見えない防壁として息づき続ける。

 そして、次の楽章が、静かに幕を開ける準備をしていた。

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