第59話『遅れてきた刃』
戦いの熱が去った後の路地は、奇妙な静寂に包まれていた。
まだ立ち込める黒い霧の残滓が漂い、焦げた匂いが鼻を突く。
レンは地面に座り込んだまま、震える手で鈴を胸に抱いていた。
小さな鈴は微かに揺れ、その音色が彼女の心を落ち着かせているようで、逆に「今の戦いは現実だったのだ」と強く突きつけてもいた。
「……大丈夫か、レン」
アレクがしゃがみ込み、手を差し伸べた。
レンは鈴を抱きしめたまま、かすかに首を振った。
「怖かった。でも……みんなが一緒に戦ってくれたから」
その瞳は涙で潤んでいたが、逃げ出した後悔ではなく、必死に立ち向かった証として光っていた。
「よし、それでいい」
アレクはにっと笑い、強引にレンの手を握り立ち上がらせる。
「俺たちはチームだ。これからも一緒に戦うんだ」
その瞬間――。
「……愚かだな」
低く、冷たい声が闇の中から響いた。
振り返ると、そこには外套を羽織ったジンが立っていた。
眼鏡の奥の瞳は、怒りとも苛立ちともつかぬ光を宿し、地面に散らばる黒い残滓を鋭く見据えている。
「お、お兄ちゃん……」
レンが驚いて声を上げる。
ジンは歩み寄り、仲間たちをひとりひとり睨みつけるように見渡した。
「お前たち……何を考えている」
沈黙。
誰もすぐには答えられなかった。
「レンを狙う敵が現れると分かっていながら、彼女を一人で外に出したのか」
その声には抑えきれない怒気が滲んでいた。
「ち、違う! 私が調べ物をしたくて……」
レンが慌てて口を開く。
だがジンは首を横に振った。
「言い訳はいらん。結果として、お前は狙われ、命を落としかけた」
レンの唇が震え、言葉を失う。
その沈黙を破ったのは、アレクだった。
「待てよ! レンは何も悪くねぇ!」
「アレク君……」
アレクは一歩前に出て、ジンを真っ直ぐに睨み返した。
「俺たちが一緒にいたから、レンは助かったんだ! もし俺がいなかったら……もしカズマやユウタやミユが来てくれなかったら、きっとレンは……!」
拳を震わせ、叫ぶ。
「だから! レンを責めるな!」
ジンの眼鏡の奥の瞳が鋭く光った。
「……お前は分かっていない」
「何がだよ!」
「“助かった”ことと、“助けられた”ことは違う。レンは自ら危険に飛び込み、守られることを前提に行動した。その甘さを許せば、次は誰かが死ぬ」
重苦しい沈黙が落ちる。
レンは唇を噛みしめ、ミユはノートを抱えたまま俯いた。
カズマは歯を食いしばり、ユウタは冷静に目を細めていた。
「……お兄ちゃん」
ようやく、レンが小さな声を出した。
「私は……守られるだけじゃない。みんなと一緒に戦った。怖かったけど……それでも逃げなかった」
ジンの瞳がわずかに揺れる。
「レン……」
「私だって、創造主なんだよ。アレク君を生み出したのは私。だから……アレク君と一緒に戦うのは、責任でもあるんだ」
その言葉に、アレクは目を見開いた。
(レン……)
カズマが笑って肩をすくめる。
「そういうことだな。レンはただの女子高生じゃなくて、俺らの仲間。狙われたなら余計に守るし、本人が戦うって言うなら、信じて支える」
ユウタも短くうなずく。
「戦術的にも、鈴の共鳴は戦力として不可欠だ。外す理由はない」
ミユも顔を上げ、震える声で言った。
「レンさんがいなかったら、私はアレク君を信じられなかったかもしれない。……だから、レンさんも一緒に」
仲間たちの言葉に、ジンは長い沈黙を置いた。
やがて、眼鏡の奥で瞳を細める。
「……好きにしろ。ただし」
その声は氷のように冷たい。
「レンを泣かせたら、アレク。お前を斬る」
アレクは息を呑んだが、すぐに赤い瞳を輝かせ、にっと笑った。
「上等だ! その時は、俺の覚悟で証明してやる!」
ジンはそれ以上言わず、背を向けた。
◇
夜。
水鏡屋の工房に戻った後も、緊張は完全には解けなかった。
レンは自室の机でノートを広げ、震える指で書き込んでいた。
――アレク君を守る。自分の鈴を信じる。
その文字は、涙でにじんでいた。
一方、アレクは天井を見上げながら拳を握りしめていた。
(必ず守る。レンも、ミユも、カズマも、ユウタも。……そして、ジンすらも)
外の夜風は冷たく、窓を揺らした。
闇の中で、黒いローブの商人がほくそ笑んでいることを、まだ誰も知らない。
「次はもっと面白い舞台にしてやろう。勇者と創造主……どちらが先に壊れるか、楽しみだ」
不穏な囁きが、街のどこかで蠢いていた。




