第5話『水鏡屋、最初の正式依頼』
放課後。
ランドセルを投げ出して帰宅したアレックス・ホークは、ソファに寝転がりながら盛大に伸びをした。
「ふぁぁぁ……今日も疲れた……小学校ってのは、ある意味依頼をこなすよりしんどいな……」
「え、そんなに!?」
レン・ミカガミが笑いながら水差しを置く。
「だってさぁ、算数とか意味わかんねぇんだよ。だけど給食は最高だな。あれが毎日食えるなら、まぁ小学生でも我慢できる」
「……お前、給食のために学校へ行ってるのか」
冷ややかな声とともに、ミカガミ・ジンが奥の作業机から現れた。眼鏡の奥の目がアレクを射抜く。
「ち、違ぇよ! ……まぁ半分くらいはそうかもしれねぇけど!」
「やっぱりそうなんだ……」
レンが肩をすくめる。
そんな和やかな(?)やり取りの最中、玄関のベルが鳴った。
ジンが応対すると、顔色の悪い青年が立っていた。
「す、すみません! 水鏡屋さんですよね!?」
「そうだが」
ジンが冷静に応じる。
「実は、うちの家宝である《蒼玉のペンダント》が盗まれてしまって……! どうか探し出していただけませんか!」
「盗難、か」
ジンの眉がわずかに動く。
レンは驚きの声を上げた。
「家宝って……かなり大事なものなんじゃ……?」
「ええ、代々受け継がれてきた護符でして。これがないと家の結界が弱まってしまうんです!」
「結界が……?」
アレクが身を乗り出す。
「おい、それって放っといたら危険なんじゃねぇのか?」
「はい……盗まれてから、家の周りで魔獣の気配が強まってきていて……」
ジンは腕を組んで考え込み、やがて頷いた。
「事情はわかった。……レン、依頼を受けるぞ」
「うん!」
レンが勢いよく返事する。
だが、アレクはすぐさま割り込んだ。
「よし、じゃあ俺も行く!」
「お前は小学生だろ」
ジンが冷ややかに切り捨てる。
「ちっげーよ! 見た目はガキでも中身は立派な冒険者だ! 盗難事件なんて朝飯前だぞ!」
「その言い訳が一番信用ならない」
ピリリと空気が張り詰める。レンが慌てて両手を広げた。
「ま、まぁまぁ! アレク君も一緒の方が心強いよ! ね、お兄ちゃん!」
ジンはしばらく沈黙し、眼鏡を押し上げる。
「……勝手に足を引っ張るなよ、クソガキ」
「へっ、任せとけ! こういうのは冒険者の本領発揮だからな!」
アレクは得意げに胸を叩いた。
依頼人の案内で訪れた屋敷は、古びた洋館のような佇まいだった。
外壁に走るひび割れ、庭に漂う薄暗い空気。確かに結界が弱まっているのが一目でわかる。
「ふむ……このままでは魔獣に侵入されてもおかしくないな」ジンが低く呟く。
「結界って、家を守るための防御魔法だろ? それが弱まってるってことは……」
アレクの目が真剣に細まる。
「泥棒はただの盗人じゃねぇな。狙いは、この家そのものかもしれねぇ」
レンが不安げにアレクを見る。
「そ、それってつまり……」
「……結界が壊れきる前に、そのペンダントを取り戻す必要がある」ジンが断言した。
アレクは口元を引き締め、力強く頷いた。
「よし、なら決まりだ。俺が必ず取り返してやる!」