第55話『第三幕の合奏――誇りの響き』
駅前広場。
音と音のせめぎ合いは、目に見えぬはずなのに、観客たちには確かに感じ取れていた。空気が震え、鼓膜を通さず胸骨に響く。誰かが手を握り、誰かが息を呑む。知らず知らずのうちに、市民の心拍が“合奏”のリズムに重なっていった。
――だが、それは同時に危うさでもあった。
街全体が巻き込まれれば、商人の笛の旋律が人々の心を“楽器”にしてしまう。人の誇りも優しさも、ただの燃料に変えられてしまう。
「……こんな大勢を巻き込むなんて、卑怯だ!」
アレクが歯を食いしばり、ヴァイスの刃を杖で受け流した。火花のような音が空気に走り、レンの鈴が即座にそれを清める。
「大丈夫! ここにいる限り、音は私たちの味方になる!」
ミユのタグが宙を泳ぎ、次の瞬間には仮面の紋様を封じる薄い光を広場に描き出す。
ユウタは冷静にその線を補強し、濁響鏡で“穴”をふさいだ。
「まだ持ち堪えられる……カズマ、次だ!」
「よっしゃぁ!」
カズマの木刀が横薙ぎに振り抜かれ、ヴァイスの肩口を弾いた。硬質な衝撃音が響き、鎧の紋様が一瞬だけ赤く明滅する。
「……やはり」
ユウタの目が鋭く光る。
「アレク! 紋様が光る瞬間、奴の力が緩む!」
「任せろ!」
アレクは小さな身体をさらに小さく畳み込み、地を蹴った。ヴァイスの腹下に潜り込むと、杖の石突きを鎧の継ぎ目に突き立てる。
「うおおおおっ!」
ヴァイスが低く唸り、刃を振り下ろす。だがカズマが割り込んで木刀で受け止め、ユウタが鏡で力を逸らす。
「お前一人じゃない!」
「だから踏み込め!」
仲間の声に押され、アレクの赤い瞳がさらに燃える。
*
その時、広場の空気がさらに揺れた。
商人が笛を構え直し、別の旋律を吹き始めたのだ。
「……これは」ミユの表情が凍る。
「今度は“誇り”じゃない。“怒り”だ……!」
旋律は、忘れていたはずの屈辱や悔しさを抉り出す。舞台を設営していた男が突然叫び声を上げ、隣の人間に掴みかかった。観客の一部が顔を歪め、押し合いを始める。
「やめろ!」レンが必死に鈴を鳴らすが、怒りはすぐには鎮まらない。
「クソッ……こっちの音を乱してやがる!」アレクが悪態を吐く。
その時――ジンの声が鏡越しに響いた。
『全員、落ち着け。敵は“街を楽器”にしようとしている。だが忘れるな――街は俺たちの仲間だ』
ジンの冷静な声が、わずかに乱れた合奏を整える。
レンは涙目で頷き、鈴を胸に当てる。
「……お願い、聞いて。これはあなたたちの街、あなたたちの音。奪われちゃいけない!」
鈴の音が三度、短く鳴った。
その一音に呼応するように、観客の中からも澄んだ声が響いた。
「やめろよ!」
「祭りを壊すな!」
人々の声が“いまここ”の音として広場に重なり、商人の旋律に揺さぶられた心をつなぎとめた。
「……面白い」
商人が笑みを深める。
「ならば、次はもっと強い旋律を贈ろう」
笛が低く唸り、地面が震える。
ヴァイスの鎧の紋様が赤黒く脈動し、刃がさらに重さを増していった。
「……来るぞ!」ユウタが警告する。
「なら、こっちも本気だ!」アレクが吠えた。
杖を握る手に、仲間の音が流れ込む。
レンの鈴の澄んだ響き、ミユのタグの光、カズマの豪快な打音、ユウタの濁りの調律、ジンの静かな支え。
それらが一つに重なり、アレクの小さな身体に収まりきらぬ力となる。
「これが……俺たちの合奏だ!」
赤い瞳が、ヴァイスの鎧を真っ直ぐに射抜いた。
第三幕の戦いは、いよいよ決着の調べへと突き進んでいった――。




