第49話『決戦・ヴァイスとの激突』
祭囃子の音色が響き渡る広場。
色とりどりの提灯が揺れ、太鼓の連打が夜空に轟く――はずだった。
しかし今、そこに鳴り響くのは恐怖と悲鳴だった。
櫓の上に立つ黒刃のヴァイス。
月光を浴びる銀髪、無機質に光る赤い瞳、そして漆黒の鎧。
その全てが「人」ではなく「呪具に操られた刃」であることを告げていた。
「命令。対象――アレックス・ホーク。切断」
抑揚のない声が夜気を震わせ、群衆の背筋を凍らせる。
だが人々の多くは“正体”を見ていない。彼らにはただ、櫓の上に黒い影が立ち尽くしているようにしか映らないのだ。
見えているのは、異能を持つ者、そして呪具に触れた者だけ。
アレクは杖を構え、群衆を背に一歩踏み出す。
「狙いは俺だろ? だったら正面から来いよ!」
勇者の魂を宿すホムンクルス。
小さな身体に、異世界で幾度も死線を越えた記憶が燃えていた。
*
ヴァイスが飛んだ。
風を裂くような音が響き、刃が一瞬にしてアレクの頬を掠めた。
熱い血がにじむ。
(……速ぇ! けど――追える!)
アレクは即座に体を沈め、杖の石突きを打ち上げた。
ガァン! 金属と金属が衝突し、櫓の柱が揺れる。
観客席から悲鳴が上がった。
「アレク君っ!」
レンが鈴を握りしめ、必死に立ち上がる。
澄んだ音色が鳴り、広場を包み込む不浄の霧を少しずつ削り取っていく。
ジンは冷静に結界を広げながら妹に声を飛ばす。
「動揺するな! 音を絶やせば一気に呑み込まれる!」
「わ、わかってる!」
レンの声は震えていたが、鈴を振る手は止まらなかった。
*
一方、ミユは記録帳を開き、札の反応を読み取っていた。
「……第三の札がまだ残ってる! ここだけじゃない、街全体から呪力が流れ込んでる!」
「特定しろ!」ジンの眼鏡の奥が光る。「アレクが時間を稼いでいる間に、根を断つ!」
ミユは唇を噛みながらページに走り書きを続ける。
恐怖で足は震えていた。だが、アレクの背中を思い出すと、逃げ出すわけにはいかなかった。
*
その頃。
倉庫街から広場へ向かう路地で、カズマとユウタは仮面兵の群れに行く手を阻まれていた。
「チッ、数が多すぎだろ!」
カズマは木刀を振り回し、迫る人形の頭を次々に叩き割る。
しかし仮面の奥から赤黒い光が溢れ、壊したはずの影が再び立ち上がる。
ユウタは冷静に札を剥ぎ取りながら言った。
「頭を潰すだけじゃ駄目だ。首の後ろの札を抜け!」
「わかってる! でも動きが速ぇ!」
カズマが叫ぶと同時に、仮面兵の一体が異常な速度で踏み込んできた。
赤い光が仮面から漏れ、動きはまるで人間のようだ。
「……試作型か」ユウタが低く呟く。
「やるしかねぇだろ!」カズマが吠え、木刀を思い切り振り抜いた。
バキィッ!
札が剥がれ、仮面兵は崩れ落ちる。
二人は肩で息をしながら視線を交わす。
「急ぐぞ。アレクが一人でヴァイスを相手にしてる!」
「言われなくても!」
二人は駆け出し、夜の広場へ向かった。
*
櫓の上。
アレクとヴァイスの攻防はさらに激しさを増していた。
ヴァイスの剣は嵐のように振り下ろされる。
斬撃の余波だけで屋台の幌が裂け、石畳に深い溝が刻まれた。
アレクは必死に跳び、転がり、杖を叩きつける。
しかしヴァイスは一切の感情を見せず、機械のように攻撃を繰り返す。
(くそっ……当たっても響いてねぇ! でも絶対に倒れる相手じゃねぇ!)
その時、鎧の紋様が赤く光った。
――ユウタの言葉を思い出す。
(攻撃の直前、一瞬だけ呼吸する……!)
アレクは体を沈め、ぎりぎりで斬撃を躱した。
刃が櫓の柱を斬り裂き、木片が飛び散る。
「うおおおおっ!」
渾身の一撃を胸に叩き込む。
ヴァイスはわずかに揺らいだ――しかし、すぐに体勢を立て直す。
「対象の抵抗――確認。排除続行」
感情の欠片もない声が、アレクの鼓膜を打つ。
*
その時。
遠くから、レンの鈴の音が響いた。
ちりん、と澄んだ音色。
アレクの胸に灯がともる。
(そうだ……俺は一人じゃねぇ。レンがいる、ミユがいる、カズマもユウタも、そしてジンも!)
アレクは血まみれの顔で笑った。
「ヴァイス! 俺は負けねぇ! 仲間は絶対に渡さねぇ!」
勇者の魂が叫びと共に燃え上がる。
赤い瞳がぎらりと輝き、ホムンクルスの身体を超えて力が滲み出す。
ヴァイスが再び刃を振り下ろす。
アレクは渾身の力で杖を振り上げた。
――ガァン!
火花が散り、衝撃波が広場を揺らす。
押し返す。
小さな体で、大人の騎士を押し返す。
不可能を可能にする――それが勇者アレックス・ホークだった。
*
「アレク!」
カズマとユウタが広場に飛び込んできた。
「遅れて悪い!」
「ここは俺たちに任せろ!」
二人は影の群れを切り裂き、ヴァイスの足場を制圧していく。
仲間が加わったことで、広場の空気が一変した。
「アレク! ヴァイスを仕留めろ! お前にしかできない!」
「任せろ!」
アレクは跳んだ。
杖を高く掲げ、燃える瞳でヴァイスを見据える。
「これで……終わりだぁぁぁっ!!」
だがその瞬間。
ヴァイスの体が影に溶けるように薄れた。
「任務――中断」
冷たい声を残し、姿が霧散する。
*
静まり返る広場。
残されたのは崩れた櫓と、倒れ込むアレクだった。
「アレク君!」レンが駆け寄り、抱きとめる。
「大丈夫……?」ミユも涙ぐんで覗き込む。
「へっ……擦り傷だ。まだまだやれるさ」
アレクは血まみれの笑みを浮かべた。
だがその瞳には、悔しさと決意が宿っていた。
「必ず倒す。ヴァイスも……あの呪具商人も!」
夜空に花火が打ち上がる。
鮮烈な光が広場を染め上げ、戦いの幕間を照らした。
――だが戦いは、これからが本番だった。




