第4話『暴走する魔導玩具』
小学校に通い始めて数日。
アレックス・ホークは、なんだかんだで新しい生活に馴染みつつあった。
算数は相変わらず壊滅的だが、給食は天国のようにうまいし、体育では無双できる。
そして何より――ノートを貸してくれたカスガイ・ミユと、少しずつ打ち解けていた。
「アレク君、今日の魔法実験、ちゃんとついていけそう?」
「はっ、心配すんな! 勇者の勘ってやつでなんとかしてやる!」
「……それ、根拠になってないよ」
ミユが苦笑すると、アレクはわざとらしく胸を張る。
(……数字は嫌いだが、こいつが隣にいるなら少しはマシかもな)
休み時間。
教室の一角が小さな人だかりで賑わっていた。机の上を、小鳥の形をしたおもちゃが羽ばたきながら飛び回っている。
「おいミユ、あれはなんだ?」アレクが首を伸ばす。
「うん、あれは《スピンバード》っていう魔導玩具だよ。魔力を少し注ぐと羽ばたいて飛ぶの。小学生に人気で、コレクションしてる子も多いんだ」
「ほぉ……俺の世界じゃ見たことねぇな。小さいくせに、ちゃんと飛んでやがる。……ちょっと面白そうじゃねぇか!」
アレクの赤い瞳が輝き、興味津々で見つめる。ミユは楽しそうに頷いた。
「ね、可愛いでしょ? 上手に飛ばせば鳥かごの中で飼うみたいにもできるんだよ」
「ふん、ただの玩具にしちゃ上出来だな……」
と、次の瞬間だった。
スピンバードの羽ばたきが急に荒くなり、羽から火花が散り始める。
「えっ……まさか……!」ミユの顔から血の気が引いた。
「おいおい、なんだこれは!?」アレクが声を上げる。
小さな魔導玩具はみるみるうちに赤い炎をまとい、宙を暴れ飛び始めた。机を焦がし、壁の掲示物に火の粉を撒き散らす。
「きゃああっ!」「危ない!」
クラス中が悲鳴に包まれた。
「チッ……暴走したか!」アレクが立ち上がる。
「アレク君、危ないよ!」ミユが必死に腕を掴む。
「大丈夫だ! 俺がなんとかする!」
勢いよく飛び出したアレクだったが――
「ぬおっ!? 体が軽すぎて踏ん張りが効かねぇ!」
かつての冒険者の反射神経は健在だ。だが、子供の身体は思うように動かず、スピンバードの火の粉をまともに浴びそうになる。
「アレク君っ!」
その瞬間、ミユが咄嗟に彼を突き飛ばした。二人は床に転がり、火花は空を切る。
「た、助かった……」アレクが息をつく。
「ううん、私も怖かったけど……」ミユは震える声で返した。
スピンバードはさらに暴走を強め、今にも火球を吐きそうに膨らんでいた。
「このままじゃ学校ごと燃えるぞ……!」
アレクは目を細めた。かつて戦場で磨いた戦士の勘が、子供の身体に宿る。
「ミユ! あいつの動きを読んでくれ! 右か左か、どっちに飛ぶか合図してくれ!」
「え、わ、わかった!」
ミユは必死に目で追う。
「右! 次は上!」
「よしきたっ!」
アレクは床を蹴り、タイミングを合わせて飛び込む。小さな手でスピンバードの首を押さえ込み、必死に力で押さえつけた。
「ぐっ……暴れるな、このガラクタぁぁ!!」
掌に魔力の反動がビリビリと伝わる。それでも歯を食いしばり、力任せに押さえ込む。
「……収まれぇぇっ!」
叫びと共に、スピンバードから魔力が抜け落ちていき、やがてただの玩具に戻った。床にカランと転がり、炎も消える。
「……やった……?」ミユが恐る恐る呟く。
「フッ、俺にかかればこんなもんだ!」アレクはドヤ顔で胸を張った。
「でも……」ミユがじっと彼を見つめる。
「今のアレク君……ほんとに、勇者みたいだった」
その一言に、アレクは心臓が跳ねた。
「ば、ばか言え! 俺はただの……いや、勇者だったけどよ……」
耳まで赤く染めながら視線を逸らす。だが、ミユの瞳はまっすぐで、茶化す気配はない。
(……こいつ、俺の中身が“本物”だって気づいてやがる……?)
騒ぎを聞きつけた教師たちが駆けつけ、事態は収束した。
原因は、誰かが魔力を過剰に注いでしまったせいだったらしい。
放課後。校門を出るアレクの隣で、ミユが微笑む。
「ありがとう、アレク君。私、すごく安心した」
「お、おう……お前が合図してくれたから助かったんだ。ありがとな」
素直に礼を言うと、ミユは嬉しそうに頬を染めた。
その二人の背中を、望遠鏡で遠くから鋭い視線が見つめていた。
眼鏡の奥に光を宿す青年――ジンが、低く呟く。
「……やはり危険な存在だ」