第48話『夜が落ちた』
夜が落ちた。
昼間の喧噪はそのまま熱を増し、広場はひしめき合う人の波で埋め尽くされていた。
屋台の灯りは赤や橙に揺れ、焼きそばのソース、綿飴の甘い匂い、香ばしい串焼きの匂いが空気を満たしている。子どもたちが手に花火を持ち、打ち上げ前の高揚感に胸を弾ませていた。
だが、アレクたちには――その賑わいの下に、かすかな「異音」が混ざり込んでいるのがわかった。
レンが鈴を握り、胸に押し当てる。
「……揺れてる。橋が、鳴り方を変えてる」
ミユは記録帳をめくり、震える指で結び目の位置を確かめた。
「第二節と第三節が同時に……! これ、狙って揺らされてる」
ユウタの表情は冷ややかだったが、声には緊張が滲んでいた。
「敵は三点同時の切断を仕掛けてきている。――ヴァイスが動いている」
その名を出した瞬間、アレクの胸の奥に熱が走った。
(来たな……。今度こそ真正面から)
小さな拳を握りしめ、群衆の間を縫うように前に進む。
*
駅前広場の櫓の上。
太鼓の連打が響き渡り、祭りの主囃子が始まる直前だった。
その太鼓の響きに混じって、金属が擦れるような嫌な音が忍び込む。
――橋の揺れが、そこに集まっていた。
「アレク君!」
レンの声が震える。
見上げた櫓の上、そこに銀色の光が走った。
群衆の誰もが気づかぬ速さで、漆黒の鎧を纏った影――黒刃のヴァイスが、太鼓の横に立っていた。
赤く光る瞳。抜きかけの刃。
それだけで、広場全体の空気が凍りついたように感じられる。
「……やっぱりお前か」
アレクは唇の端を上げ、杖を強く握った。
「舞台は整った。――ここで決着をつけようぜ!」
ヴァイスは表情を持たない。だが、ほんの僅かに首を傾けた。
「命令。対象――アレックス・ホーク、切断」
その声は冷たく、機械のようだった。
*
同時に、別の路地でも異変が起きていた。
カズマとユウタが担当していた倉庫街方面。
突如、壁という壁に黒い紙が貼り付けられ、赤い紋様が脈打ち始める。
「うおっ、こりゃ派手だな!」
カズマが木刀を肩に構え、駆け出した。
ユウタが冷静に札を剥がしながら叫ぶ。
「時間稼ぎだ! 本命は広場――アレクたちだ!」
二人は札を剥ぎ取りながら、急ぎ広場へ向かった。
*
神社の境内では、レンとミユが必死に橋を支えていた。
レンが鈴を振るたび、仮面を被った影が次々と溶け落ちて消えていく。
だが――影は際限なく湧き出す。
「ミユちゃん、耐えて!」
「わかってる……! でも、これじゃキリがない!」
その時、ジンが合図を送りながら境内へ駆け込んだ。
眼鏡の奥の瞳が冷たく光り、鏡の板を振りかざす。
「ここは俺が抑える。レン、橋を鳴らし続けろ!」
「でもお兄ちゃん――」
「今は問答無用だ!」
ジンの板が一閃し、仮面の影がまとめて弾かれた。
*
そして広場。
アレクは人の波の中で小さな体を前へ押し出した。
「レンの音がある。ジンの鏡がある。カズマとユウタもすぐ来る。……俺は俺でやるだけだ!」
ヴァイスが静かに刃を抜いた。
銀色の曲線が夜の灯りを反射し、広場の太鼓の音に重なる。
アレクの赤い瞳がぎらりと光った。
小さな身体に宿る異世界の勇者の魂――。
その力を、今こそ振るう時だった。
「さあ――本気で来い!」
刹那、広場に響いたのは、太鼓の重低音か、それとも刃の交錯する金属音か。
誰にもわからなかった。
*
祭りは、ついに「決戦の舞台」として幕を開けた。
人々の笑い声と、夜空の下での激しい戦いが、奇妙に重なり合っていく――。




