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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第44話『囃子の試運転』

 翌朝、空は一面の薄雲で覆われ、日の光は白く拡散していた。

 水鏡屋の工房では、開店前だというのに人の気配と器具の音が絶えない。レンは鈴の芯に極小の符を埋め戻し、ミユは配布した注意カードの反応を地図に反映、ユウタはパソコンと地図を同時に覗き込み、ルート計画を最終確定している。ジンは窓を少しだけ開け、外気の音高を測るように、静かに空へ耳を澄ませていた。

 アレクとカズマは土間で準備体操をしながら、昨夜の稽古の復習を繰り返す。骨で刻む拍、脛から肩へ通す拍、掌で受けて背へ落とす拍――踊りというより、呼吸の運搬だ。


「よし、午前は“囃子の試運転”だ」

 ジンが全員を振り向かせ、地図の一点を指し示す。文化公園へ向かう通りの三つのボトルネック――市場通り、神社前の緩い坂、学校北門の四差路。

「三箇所に短い“良い音”を置く。人流を少しだけ撓ませる。鈴、笛、太鼓――“こちら側”の順で重ねていけ。敵が混ぜてこようとしたら、すぐ別の拍へ移る。固定するな、流れろ」


「了解!」

 レンが鈴を抱え、ミユは予備の紙鈴と注意カードを肩掛けのポーチに詰める。カズマは木刀、ユウタは携帯用の結界フレーム。アレクは杖を軽く回して石突きを二度鳴らす。コン、コン――骨と杖の“こちら側”。



 市場通り。

 朝の八時を過ぎると、青果店から威勢のいい声が飛び、魚屋の氷は湯気のような白い息を立てる。頭上には市民祭の幕。

 レンは路地の入口で立ち止まり、鈴を一度、低めに鳴らした。ちりん――濁りのない音が、石畳の隙間と、雨樋の中の静けさへ沁みていく。途端に、行き交う人の足取りが半歩だけ緩み、焦りの角が丸くなった。

「……効いてる」ミユが呟く。レジ前の小競り合いが、なぜか笑いに変わって終わる。歩道の端へ押し寄せていた人の流れが、自然に外へ開く。


 と、そのとき。

 乾いた拍がどこからか紛れ込んだ。コツ、コツ――鈴と似せた“空白の音”。耳で聞けば似ているのに、骨が拒む。

 アレクは眉をしかめ、石突きを二度、別の間で落とした。コン……コン。呼吸を一拍伸ばす“踊り”。

 紛れ込んだ拍が躓いて転ぶ。混ぜ物は流れを掴めず、路地のかどで勝手に薄まり、霧散した。


「今の、誰の音?」

「向こうの“笛”。生で吹いてる。――神社前にもういる」ユウタが顎で坂のほうを示す。

「先回りだね」レンが頷き、鈴を布で包む。



 神社前の坂。

 石段へ続く参道に、薄い霧が横に走っている。見れば二人組の男が露店の準備をしながら、景気づけだと笛を吹いている。笛の調子は、少し甘い。甘いが、舌の奥に砂を残すような後味だ。

 アレクは石段のふもとで立ち止まり、わざと大きめに伸びをする。「うっし、朝運動っと」

 カズマがノって肩を回す。「かかってこいよ、朝一番の坂!」

 二人は何でもない顔で、斜面全体に“骨の拍”を散らした。足裏から入った拍が砂利を撫で、土を伝って根へ潜り、楠の幹へ登って葉裏へ抜ける。その間ずっと、レンの鈴が“表の音”を守り、ミユが行き交う人の肩を軽く叩いて拍の乗り方を教える。

 笛の男たちは最初、笑っていた。だがやがて吹きにくそうに舌を鳴らし、音が結べず、いつの間にか吹くのをやめた。

 代わりに、社務所の影から黒い紙片がふわりと一枚、風に乗って現れる。

 ユウタが先に見つけ、手のひらほどのフレームで“挟み”、空気の層ごと封じ込めた。

「分散トリガー、回収。――次」



 学校北門の四差路。

 ここは午後に人の波が一番太くなる。午前中のうちに“良い音”の通り道を作っておくのが肝だ。

 レンが鈴を二度、低高の順で鳴らす。ちりん、ち、りん――二音の間に“跳ね”が生まれ、歩調が楽になる。早歩きの人は少しだけ歩幅を広げ、足元のよくない年配者には自然にスペースが空く。

 ミユは、鈴の余韻が届きにくい角へ紙鈴を貼り、風でめくれないように結び目を二重にする。

 と、横断歩道の向こうで仮面が一枚、地面を滑った。誰もそれを踏まない。踏まないように、流れが“自分で避ける”。

「……やっぱり“こっちの音”が通ると、向こうのやり口が滑るね」ミユの声に、アレクが歯を見せた。

「通すぞ。今日じゅうに“通り道”を身体で覚えさせちまう」



 昼前、いったん撤収。

 水鏡屋に戻ると、ジンが短い頷きで迎えた。「上々だ。――だが向こうも試してきた」

 隔離箱には、今朝だけで札と紙片が三十枚以上。中には“笛”そのものに仕込まれた細工も混じっている。

「音具への“後付け”か……器物に寄生して、吹く人を媒介にする」レンが眉根を寄せる。

「夕方からは、器物の洗浄を優先する。祭太鼓、笛、鈴、拍子木。運営に話をつける」

「話、つくかな」カズマが顔をしかめる。

「つける」ジンはそれ以上の説明を要しない口調で言った。「俺とレンで行く。アレクたちは、倉庫街の再チェックだ。今朝つぶした倉庫、必ず“埋め合わせ”に使う」


「了解」

 アレクは杖を掴み、外へ向き直った。そのとき、木戸のほうから来客の声。

 のれんをくぐって現れたのは、神社の宮司と、祭りの運営委員の女性だった。二人とも顔色が冴えない。

「ミカガミさん……お願いがあって」

 ジンの目が一瞬だけ細まる。

「どうぞ」


 運営委員の女性は、持っていた布包みをそっと机へ置いた。中には古い祭太鼓のバチが入っている。木の艶は美しいが、握りの根元に黒い筋が一本、樹液のように固まっていた。

「昨夜、倉庫の鍵を替えておいたのに、朝になったらバチの“重さ”が違って……嫌な感じがして」

 ジンは即座に手袋をはめ、バチを持ち上げた。握りの筋に指先で“こちら側”の拍をそっと当てる。――ビリ、と低い“否定”の鳴り。

「汚染。……持ち込まれている」

 宮司が苦い顔で頷いた。「やはり、か。神前の鈴にも薄い影が差しておった。今は外してある」


「鈴は私が洗います」レンが一歩出る。「太鼓とバチは、音の芯から剥がします。お時間、いただけますか」

「いくらでも」運営委員の女性は、救われたように目を潤ませた。「信じます。どうか、子どもたちの前で、何事も起きませんように」


 ジンは短く会釈し、「必ず」とだけ答えた。



 午後――倉庫街。

 朝、一度“空けた”はずの倉庫には、もう新しい南京錠が掛かっていた。鍵は市販品だが、金属の鳴りは聞き覚えのある“空虚な笑い”。

「取り替えやがった」カズマが舌打ちする。

「急ぎの再配備だ」ユウタは鍵穴に薄い板を差し込み、鳴りを“こちら側”へずらす。カチ、とやけに素直な音で鍵が外れた。

 中には昨夜とは別仕様の仮面。形はより簡素、札は薄く、数は倍以上。質の低下と量の暴力――分散を意識した補充だ。

「質を落としてでも“鳴り数”を確保。――当日、遠巻きに混ぜてくる」ユウタの声が冷える。

「だったら、ここでまとめて“掃除”だろ」

 カズマは木刀を半回転させ、最前列へ踏み込んだ。一太刀ごとに札の根を狙い、ユウタが間を埋めて剥ぐ。動く影はない。試作の“ヴァイスの影”は見当たらない。

 最後の木箱を開けたとき、箱底に薄い封筒が貼られているのをミユ(途中合流)が見つけた。最近配布に使われている、あの黒い封筒だ。

 中には招待状――《特別ご招待/神輿上げの主:水鏡レン》

 そして、細字の添え書き。《担ぎ手は揃いつつある。足りないのは、ほんの少しの“勇気”だけ》

 アレクの眉間に皺が寄る。「……挑発か、宣言か」

「両方だ。――敵は“揺らし”をやめない」ユウタは封筒を隔離袋に入れた。



 夕方――神社。

 レンは宮司の前で神鈴の房を解き、一房ずつ薄い塩水で洗って“こちら側”の拍を染み込ませる。鈴の内側にこびりついた黒い埃が、音もなく剥がれ落ちる。

 ジンは祭太鼓の皮の張りを確認し、胴の内側に残っていた墨の線を一本ずつ削り取る。

「こういう仕事、嫌いじゃない」

 アレクは汗を拭いながら、レンと交代で鈴紐をほどく。

「地味だけど、効くのがわかる」

「うん。こういう一個一個の“戻し”が積み重なると、全体の“鳴り”が変わる」

 レンの横顔は、怖れを抱えたまま、それでも確かに強い。


 作業が終わる頃、空は紫に沈み、境内の提灯がほの明るく灯った。宮司は深く礼をし、「ありがとう」とだけ言った。その一言には、神職としての礼と、町の一人の大人としての祈りが混ざっていた。



 夜――水鏡屋。

 テーブルの上には今日の回収物、洗浄後の音具、明日の行動計画。

「明日も“囃子の試運転”を継続。当日朝までに、人流の“良い癖”を身体に覚えさせる」ジンが指示を出し、各自が頷く。

「ヴァイスは?」アレクが問う。

「必ず来る。――だが、まだ“斬る時”ではない。向こうは“確保”が目的。こちらは“踊り切る”のが目的。目的の違いを忘れるな」

 アレクは「了解」と短く答え、杖を壁に立て掛けた。


 風が変わった。窓の外、遠くの文化公園から微かな笛。今日の笛は、ほんの少しだけ“こちら側”に寄っている。昼間に通した道筋が、音の回り道を作ったのだ。

 ミユが小さく笑った。「届いてる。届いてるよ、レンさん、アレク君」

「届かせるさ。もっと」アレクは拳を握り、骨の奥で二拍、三拍と拍を重ねた。

 カズマは木刀の柄に新しい布を巻き、ユウタは地図の“赤い線”を一本、細くした。レンは鈴を胸に当て、今日一日の“良い音”を思い出す。

 ジンは工房の灯りを落とし、最後の一枚の札を隔離箱に沈めてから、低く呟いた。

「明日も、間に合わせる」


 市民祭まで、残り二日。

 街は静かに膨らみ、そして、鈴の余韻のように、柔らかく息を吐いた。

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