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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第43話『"祭"の合図が迫る』

 水鏡屋へ戻る道は、戦いの熱がすでに嘘のように冷えていて、商店街のシャッターに映る自分たちの影だけが、さっきまでの喧騒の名残を揺らしていた。

 アレクは杖を肩に担ぎ、レンは布で包んだ鈴を抱える。ミユは何度も振り返り、結界の薄膜が追ってきていないかを確かめる。カズマとユウタは先頭と殿の位置を黙って交代しながら、無言の護衛線を引いていた。


 戸を開けると、工房にわずかな薬品の匂いが満ちる。ジンが既に湯を沸かし、金属のトレイに滅菌綿と絆創膏、消毒液を整然と並べていた。

「座れ」

 それだけ言って、彼は一人ずつ手当てを始める。アレクの頬の薄い切り傷に冷たい綿が触れ、ひやりとした感覚が意識を現実に引き戻した。


「遅れてすまない」

 ジンは手を止めずに言う。

「商店街の途中、結界の継ぎ目が三箇所、意図的に歪められていた。塞いでから追ったが、君らのほうが速かった」


「気にすんなって。間に合ってたし」

 アレクは肩をすくめて笑う。「俺たち、わりと強いしな」


「強い、の定義は明日も生きていることだ」

 淡々とした返答に、アレクはむっと口を尖らせかけて、飲み込んだ。代わりにミユが「ごめんなさい、勝手に動いて」と頭を下げる。

「君が謝ることではない」ジンは短く言った。「君が呼んだのは正解だ。――レン、鈴を」


 レンは頷き、丁寧に布を解いて、名呼鈴を作業台に置いた。

 ジンはその小さな鈴を顕微鏡に載せ、魔術用の干渉光を当てる。鈴の表面に、肉眼では見えない細密な文様が淡く浮かんだ。円と直線、古い音律の数式、そして“名”の結び目。


「やはり反応があったな。対向位相で叩き返している」

「効果があったってこと?」レンが身を乗り出す。

「一時的には、だ」ジンは眼鏡の位置を直し、壁際のホワイトボードに街の簡易地図を描いた。商店街、学校、神社、駅前。いくつもの朱の押しピンが刺さり、その幾つかを青いマーカーで囲む。


「今日の“祭り”は、単発の暴発ではない。街に張られた“薄い膜”――ユウタの言う『沈着層』が、トリガーの合図でいっせいに“祭囃子”を奏でた。合図は三つ。名前、鼓動、行列だ」


 ユウタがボードに近づく。「名前=個。鼓動=群衆の同期。行列=空間のベクトル化。三つで『運ぶ儀式』が成立する」

「神輿か」カズマがぼそりと呟く。「今日、まさに担ぎ上げられかけてたな、レンさん」


 レンは強く首を振る。「担がれない。もう、誰にも」「……ごめん。怖かった。けど、逃げたくなかった」

 アレクは横目でレンを見て、短く笑い、ボードに歩み出た。

「じゃあ、どうする。次はもっとデカい波が来る。今度は“商店街”じゃなく“街ぜんぶ”で神輿上げ、ってところだろ」


「候補がある」ジンが地図の一角を指で叩く。

 赤で囲まれた“市民文化公園”。その横には、来週末の大きなチラシがマグネットで留められている。

《秋の市民祭》――屋台、フリーマーケット、ステージ発表、打ち上げ花火。人が集まり、人が列を作り、同じ音楽に合わせて手拍子し、同じ掛け声で盛り上がる。“寄せる”条件が、いっぺんに揃う。


「うわ……最悪のタイミングだ」ミユの顔色が変わる。

「中止にすればいいだろ」カズマが身も蓋もなく言い、ユウタが首を横に振った。

「理想はそうだが、現実は難しい。市と商店会が絡んでいる。直前の中止は混乱を生み、むしろ“恐れの音”を増幅する。――彼らはそれすら餌にする」


「だったら、ぶっ壊すしかねぇだろ。仕掛けそのものを」

 アレクは笑ってみせるが、その声の底に焦燥のざらつきが残るのを自分でも感じていた。

(間に合わせる。間に合わせて、守る。――“こちら側”の音で)


 ジンは椅子を引き、低い声で続けた。

「三段構えでいく。第一に、街の“薄い膜”を剥がす。第二に、当日の“太鼓”――中核トリガーを突き止めて破壊。第三に、個別の“鍵”を保護する。『名前』を狙われている者たちだ」


「……レンさんを、絶対に守る」ミユがはっきりと言った。

 レンは同じ強さで頷く。「うん。――でも、私だけじゃない。今日、仮面を被せられてた人たち、泣きながら歩いてた。あの人たちも守らなきゃ」


「守るとも」アレクは即答した。「守るためなら、俺は何度でも――」


「英雄らしい台詞だが、英雄は準備もする」ジンが短く遮る。「アレク。お前は“呼吸”を奪われるのに弱い。鼓動の上書きは、刃の一撃より厄介だ。――対抗訓練をする。今夜から」


「はぁ?」アレクが眉を上げる。

「原則は簡単だ。お前は“こっち側”の音で呼吸を固定し、外からの上書きを弾く。型は俺が教える。剣術の型を流用する。足の置き方、視線、脇の締め方、骨でリズムを作る」

「……ジン流呼吸術、ってわけか」アレクは肩を回し、にやりと笑う。「上等だ。盗めるものは全部盗む」


「盗むと言って学ぶ奴は、案外伸びる」ジンは口角をほんの少しだけ上げた。


 ユウタが手帳を開く。「第一段階――沈着層の剥離。街路灯、電柱の根元、看板の裏、バス停のベンチ、学校の外周のフェンス。札と墨が“薄く塗られている”箇所の洗い出しと除去が必要だ。――人手が要る」


「俺、動ける」カズマが手を上げる。「怪しい露店も俺の縄張りだ。目利きは任せな」

「私は学校側、先生たちに『危険な模様の落書き』として共有をお願いしてみる。保護者ネットワークも使える」ミユが素早く提案する。

「助かる」ジンが頷く。「直接“呪具”“祭り”と口に出す必要はない。具体的に『こういうものがあったら連絡を』で充分だ」


 レンは鈴を握り直した。「私、結び直しをもっと練習する。もし誰かの“名前”が引っ張られそうになったら――呼び戻せるように」


「よし。役割は決まったな」

 アレクは掌を突き出した。「じゃ、やるか。――チーム水鏡屋、出動だ」

 全員の手が、照れた笑いとともに重なった。レンの手は少し温かく、ミユの指は少し震えていて、それでも確かな力で握り返してくる。カズマはいつも通りの強引な握力を見せ、ユウタは握手の度合いを二割だけ緩めて、全体のバランスを取った。ジンは末席で軽く触れるだけに留めたが、その掌はひどく冷たく、同時に安定した芯の強さがあった。


 決起の儀式が終わると、すぐに作業に入った。

 ジンは工房の壁に古い地図をもう一枚貼り、風と音の流路を描き入れていく。ユウタはタブレットに地図を写し、現場での共有用にレイヤーを分けた。カズマは軍手とスクレーパー、シール剥がしをリュックに詰め、ミユは配布用の注意喚起カードをプリンターで印刷する。そこには、具体的な図柄――六角形、赤黒い線、笑う仮面、ひびの入ったビー玉――のイラストと、「見つけたら触れずに大人へ」の文言。

 レンは鈴の音を練り、アレクはその音に呼吸を合わせる稽古を始めた。ジンが前に立ち、片手を背に、片手で竹刀を持つ。


「入る」

 無駄のない踏み込み。アレクの視界から、ジンの姿が半拍消える。

 その空白に“太鼓の音”を差し込まれたら、終わりだ。アレクは自分の骨でリズムを打つ。かかと、膝、腰、肩、手首――“こちら側”の音を回す。

 竹刀が額すれすれの空気を裂く。アレクは半歩だけずれて、杖で線を撫でる。

「今のだ」ジンが短く言う。「押し合うな。絡めてずらせ」


「――はいはい、先生」

 口では軽口を叩きながら、アレクの目は真剣だった。かつて、死地で覚えた“生きるための技”と、今、生きて守るために必要な“こちら側”の技。その両方を、骨の奥に染み込ませる。


 夕暮れ。

 第一班カズマ・ミユは商店街と駅前へ、第二班ユウタ・アレク・レンは住宅街と学校周辺へ。ジンは本部として水鏡屋で連絡と解析に当たり、必要とあらば即座に現場へ飛ぶ。



 駅前。

 ベンチの裏に貼られた小さな札を、カズマがスクレーパーで剥がし、ミユが透明な袋に回収する。札の表面には微細な紋が走っていて、剥がされる瞬間、ぴし、と細い声のような音を立てた。

「気持ち悪っ」

「でも、剥がれた音だよ。気持ち悪いのは“効いてる”証拠」ミユは袋をしっかり閉じ、油性ペンで場所と時刻を書き込む。


 露店の軒先で、昨日見かけた黒い仮面は消えていた。代わりに“金運ペンダント”“学業成就カード”のポップが踊る。

 カズマは店主に話しかけ、軽口で距離を詰める。「兄ちゃん、昨日の変な仮面、売れてたの?」「あー、あれ? 納入停止さ。なんかクレーム入って」「仕入れ元、どこよ」「駅北の倉庫街――って、うわ、口軽ッ! 誰にも言うなよ!」

 軽薄な笑いで流しつつ、情報だけは逃さない。


 学校外周。

 ユウタはフェンスの支柱一本一本に指を触れ、反応を確かめていく。冴え冴えとした夕方の風が頬を撫でるたび、金属の“鳴き”が変わる。

「ここ、濃い」

 アレクとレンが駆け寄る。支柱の陰、地面のコンクリートに薄く塗られた呪墨が見えた。目を凝らさなければ見逃すくらいの薄さだが、そこから立ち上る“匂い”ははっきりしている。

「俺が剥がす。レン、鈴を」

「うん」


 鈴が一度鳴る。小さな波紋が足元を通過し、呪墨の“接着”を甘くする。アレクがスクレーパーを滑らせると、墨は抵抗の糸を引きながら剥がれ、透明袋の中で黒い蛭みたいに身を捩った。

 レンの手が震える。「やっぱり、気持ち悪い」

「気持ち悪いのは、“こっち”が正常ってことだ」アレクは袋を口で縛りながら笑った。「慣れる必要はねぇけどな」


 通学路の公園。

 ブランコの鎖に赤黒い糸が結ばれていた。誰かの靴紐の切れ端のように見えるそれは、触れると冷たく、細い針で指先を刺してくる。

「切る」

 ユウタが無感情に言い、レンが鈴で“こちら側”を満たす。アレクが斜めから力を入れて結び目を滑らせ、カズマがペンチで一気に断つ。

 ――いやな音がした。

 断面から黒い蒸気がわずかに噴き、すぐに風に散る。

「これで一つ」ミユがカウンターを弾く。「まだ、いっぱい残ってる」


 その夜、回収物はすべて水鏡屋の“隔離箱”に入れられた。箱は二重三重に封じられ、箱ごと結界の底に沈める。

 ジンが記録の一覧を見て、小さく頷く。「数はまだ氷山の一角だが、効いている。街の“ざわめき”が一段落ちた」


「でも、向こうも黙ってないよね」レンが鈴を撫でる。

「もちろんだ」ジンは冷静に言う。「次は、合理的に来る。当日までの“練り込み”が深くなる」



 深夜。

 工房の灯りが落ち、皆が順番にうたた寝を始める頃。ジンだけが窓辺に立ち、外の闇と、闇の中の“薄い膜”の揺れを見ていた。

(間に合う、か)

 自問は短い。答えはいつだって同じだ。――間に合わせる。間に合わせなければ、誰かが泣く。


 その時、結界の最外縁がわずかに波打った。ジンの指が刀に触れる。

 だが襲撃ではない。弾かれるように、黒い“呼び鈴”が戸口に落ちたのだ。

 漆黒の、封蝋のされた厚手の封筒。封蝋には、例の六角形。中の紙は、墨で“祭”の字を崩した紋が踊る招待状だった。


《秋の市民祭――特別ご招待》

《神輿上げの主役:ミカガミ・レン》

 そして、余白に小さく、細い筆で添え書きがある。

《小さな英雄へ。音をたっぷり用意しておく。あなたの鼓動が、待ち遠しい――》


 ジンは封筒を無言で隔離箱に入れ、鈴の余韻がまだ残る工房を見渡した。

 レンは机に突っ伏して眠っている。鈴を握った手は放さない。ミユは椅子の背にもたれ、半分眠りながらも、手元の注意喚起カードを離さない。カズマは床で大の字になり、ユウタは毛布に包まりながらも薄く目を開けている。アレクは壁にもたれて座り、目を閉じたまま、呼吸だけは“こちら側”のテンポを外さない。


(守る)

 刀から手を離し、ジンは窓に薄い結界をもう一枚、音もなく重ねた。

(守る。――その代わり、容赦はしない)


 窓の外の夜が、鈍い鈍色の笑いを含んで揺れた気がした。



 同じころ、倉庫街の外れ。

 灯りの落ちた古い倉庫の中に、提灯が一つ、二つ、三つと明かりを灯す。提灯の中には、蝋ではなく黒い霧が満ちていた。

 呪具商人は指を鳴らし、整然と積み上げられた木箱の蓋を外していく。中には仮面、札、糸、鈴に似た粗悪な鳴り物――“模造の音具”。

 黒刃のヴァイスが影から現れ、膝をつく。「補給完了。札の配備、再構成済み。次段階の試験、成功」

「ご苦労」商人は柔らかく笑う。「市民祭は“呼ぶ”条件が揃っている。列、太鼓、名――そして神輿。――小娘は神輿の“主”だ。勇者は、その下で足を取られればいい」


「勇者は学習した。呼吸の上書きへの耐性、上昇」ヴァイスの報告は正確だ。

「ならば、こちらも音を増やそう」商人は指を滑らせ、倉庫の床に新たな陣を描いた。波紋のように広がる文様は、街の地図の縮図になっていて、交差点には赤い点が灯る。

「『寄せる』だけではない。『散らす』。同時多発の小波で注意を細切れにし、最後に大波で攫う。――祭りの極意だよ」


 ヴァイスの瞳に、微かな赤が灯る。「了解。分散と収束。……目標、排除に非ず。確保」

「そう。斬ってはつまらない。――魂は、良い器に移すとよく響く」


 商人は視線を上げ、倉庫の高い天井を見上げた。木梁の影が、夜の鳥の群れのようにざわつく。

「さあ、鈴よ鳴れ。太鼓よ鳴れ。笛よ鳴れ。――小さな英雄たちよ、もっと踊れ。わたしは君たちの踊りが好きだ」


 倉庫の扉が音もなく閉まり、提灯の赤が内側でふわりと揺れた。



 朝。

 水鏡屋の軒先に、昨夜の風鈴が微かに鳴った。

 アレクは目を覚ます。呼吸は“こちら側”のまま安定していた。

 レンも目を開ける。鈴は温かく、指に馴染んでいる。

 ミユは立ち上がり、印刷したカードの束を抱える。

 カズマは伸びをし、ユウタは新しい地図を開いた。

 ジンは刀に布をかけ、手短に言う。「出るぞ」


 街は、何もなかったかのような朝の顔をしていた。パン屋の甘い匂い、新聞配達の自転車の音、登校する子どもたちの笑い声。

 だがその下で、薄い膜がまだ息をしていることを、彼らはもう知っている。


 戦いは、続く。

 準備は、整いつつある。

 そして、祭りの合図は――確実に迫っていた。

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