第33話『勇者と黒刃の死闘』
その日の夕方。
水鏡屋の居間では、アレクとカズマが宿題のプリントに頭を抱え、ユウタが冷静に二人へ解説をしていた。
「お前、掛け算の順番逆だろ!」
「ぐぬぬ……数字のルールなんざ勇者時代には無かった!」
「アホか、戦術でも順序を間違えたら全滅だぞ」
「ぐっ……!」
ドタバタする三人を見て、レンは小さく笑った。
けれど、ふと時計を見て立ち上がる。
「私、ちょっと出てくるね」
「どこ行くんだ?」とアレクが顔を上げる。
「工房の在庫、確認したら薬草が切れてたの。明日の調合に必要だから、商店街で買ってくる」
「え、俺も行く!」
「だめ。アレク君は宿題終わってないでしょ。それに、ここ最近ずっと戦って疲れてるんだから休んでて」
その言葉に、アレクは言い返せず口をつぐんだ。
カズマも「まぁ薬草くらいなら平気だろ」と肩をすくめ、ユウタも「早く戻れ」と短く告げる。
レンは微笑んで頷いた。
(みんなに心配かけたくない。せめて私くらいは、ちゃんと役に立たなきゃ)
そう思って、彼女は一人で夜道に出たのだった。
夜の帳が落ちた商店街は、人影もなくひっそりとしていた。
シャッターの降りた店々の間を、冷たい風が吹き抜ける。
その道を、一人の少女が歩いていた。
ミカガミ・レン。彼女は買い物袋を両手に抱え、早足で水鏡屋へ戻ろうとしていた。
――その瞬間。
空気が変わった。
「……っ」
背筋を冷たいものが這い上がる。
袋の中の瓶がカタカタと揺れ、次の瞬間、赤黒い霧が路地から滲み出してきた。
「排除対象――確認」
無機質な声と共に、漆黒の鎧が闇から歩み出る。
黒刃のヴァイス。
冷たい銀髪が月明かりを反射し、無慈悲な刃がレンを映し出した。
「……わたしを……狙ってるの?」
震える声。
だが足は退かない。
「御意。お前は創造主。英雄の器に干渉できる唯一の要。――排除する」
ヴァイスの刃が振り下ろされる。
「やらせるかぁぁっ!!」
烈しい声と共に、横合いから赤い閃光が飛び込んだ。
小さな体――アレクがレンを抱きかかえて飛び退き、刃が石畳を深々と割った。
「ったく……予想通りすぎんだよ!」
アレクがレンの前に立ちふさがる。
「レン、下がってろ! こいつは俺が――」
「俺たちが、だ!」
声を重ねるのはカズマだ。木剣を肩に担ぎ、笑みを浮かべて駆けつけてきた。
「英雄様一人じゃ心許ねぇだろ」
ユウタも眼鏡を押し上げ、冷静な声で続く。
「観察は任せろ。あいつの動き、記録して解析する」
「ミユちゃんも来ちゃダメだって言ったのに!」
レンが振り返ると、そこには駆けつけてきたミユの姿があった。
「ごめんなさい……でも、一人で家に残るなんてできなかったから!」
アレクは短く舌打ちしながらも、力強く言った。
「もういい! 全員で守るぞ! こいつに誰一人渡さねぇ!」
ヴァイスの瞳が赤く光る。
「……ならば全員、排除対象に追加する」
刃が振り下ろされ、火花が散った。
アレクの杖が受け止め、カズマの木剣が横から叩きつけ、ユウタの魔法陣が足元に展開する。
「っ……重い!」
アレクの腕が軋む。
「だが押し返すっ!」
「アレク君、左上!」
ミユの声が飛ぶ。
「助かる!」
赤い瞳が閃き、渾身の蹴りがヴァイスの肩を捉えた。
だがヴァイスは無表情のまま、煙のように後退する。
「……なるほど。これが“チーム”か」
冷酷な声に、皮肉めいた響きが混じった。
「だが――脆い」
ヴァイスの刃が光を放ち、無数の影の分身が路地に現れる。
子どもたちを取り囲むように、黒い手が無数に伸びる。
「くっ……!」
レンが思わず叫んだ。
「やっぱり私のせいで……!」
アレクは即座に振り返り、怒鳴った。
「違ぇだろ!! お前がいるから俺は戦えるんだ! お前が俺の創造主だからな!」
その叫びに、レンの胸が熱くなる。
「だったら……私もやる! この子は私が創ったんだから!」
レンが錬金術の陣を展開し、光を帯びた結界を広げる。
迫る影をはじき返し、アレクたちの背を守った。
「おぉ! いいじゃねぇか、レン!」
「ふん、やっと本気を出したな!」
カズマが笑い、
ユウタが淡々と告げる。
「……勝機が見えた。アレク、正面を頼む」
赤い瞳がギラリと光る。
アレクは小さな体で前へ踏み込み、ヴァイスの刃と激突した。
路地裏に轟音が響く。
火花と霧が交錯し、勇者と黒刃の死闘が始まった。




