第30話『復旧作業』
翌朝。
水鏡屋の二階に差し込む朝日で、アレクは目を覚ました。まだ体のあちこちが鈍く痛むが、それよりも「今日もやれるか」という期待で胸がざわつく。子供の体は驚くほど回復が早く、昨日の擦り傷ももう痕になりつつあった。
布団を跳ね上げると、隣の部屋からレンの声が聞こえてきた。
「アレク君、ご飯できてるよー!」
「おう!」と返事をして、アレクは階段を駆け降りた。
食卓には、レンの作った卵焼きと味噌汁。香りが工房に広がり、アレクの胃袋が喜びの音を立てた。
「……いただきます!」
両手を合わせて口に入れた瞬間、彼は思わず顔をほころばせる。
「うまっ! レン、やっぱすげぇ!」
「もう、毎日言ってるよね」
レンは呆れ顔をしつつも、頬を少し赤くしていた。
ジンは新聞を読みながら黙々と食べていたが、ふと顔を上げて告げた。
「今日は学校で復旧作業があるそうだ。レン、お前も手伝いに行くのか」
「うん。私はボランティア登録してるから。ミユちゃんも来るって」
アレクは慌てて箸を置いた。
「じゃあ俺も行く! 俺がいなきゃ心配だろ」
ジンは新聞をたたみ、鋭い目で睨む。
「お前はただの“児童”だ。休校中の生徒が勝手に出歩くな」
「はぁ!? 俺は英雄だぞ!」
「英雄でも子供でも、校門で教師に怒鳴られたら同じだ」
アレクは「ぐぬぬ……」と悔しそうに顔を歪めたが、レンがくすっと笑いながら助け舟を出した。
「大丈夫。今日は作業じゃなくて“見学”ってことで先生に頼んでおくよ」
「さすがレン! 頼れるぜ!」
◇
昼前、休校中の校舎にアレクとレン、そしてミユが到着した。
廊下には焦げ跡がまだ残っていて、呪具暴走の爪痕が生々しく広がっている。割れた窓ガラスを先生たちが直し、机や椅子を運び出す生徒たちの姿もちらほら見える。
「……まだ傷跡が消えてないね」ミユが不安げに呟く。
「でも、これで少しずつ元に戻る。みんなで直すんだろ?」アレクは拳を握って言った。
昇降口の前では、カズマとユウタが雑巾とバケツを抱えて待っていた。
「おーい、来たか!」
カズマが手を振る。
「先生に頼まれて床掃除してたんだ。アレク、お前も手伝えよ」
「おう! 英雄の掃除技術を見せてやる!」
「いや、普通でいいから……」
ユウタはため息をつきつつも、口元に笑みを浮かべていた。
教室では、仲間たちの小さな奮闘が始まった。
カズマは力任せに机を持ち上げ、ユウタは手際よく雑巾を絞る。ミユは黒板を拭きながら、ちらちらとアレクの方を見る。レンは職員室と行き来して、先生たちに進行状況を報告していた。
ほんの数時間だけだったが、皆で力を合わせることで教室の雰囲気が少しだけ明るさを取り戻した。
「どうだ!」机を並べ終えたアレクが胸を張ると、カズマが肩を叩いた。
「おう、悪くねぇな。やっぱお前、力はあるよ」
「へっ、もっと褒めていいぞ!」
「調子乗るな」
ユウタが即座に突っ込み、笑い声が教室に広がった。
◇
だが、その温かな時間の裏で、暗い影は静かに近づいていた。
夕暮れ、工房に戻ったジンの手には、魔導図書館から借りた古い書物があった。ページには“黒刃の従者”に関する記録が断片的に残っていた。
――黒刃の従者は魂を媒介とし、呪具の刃を通して主の意思を遂行する。
――戦いが長引くほど、標的の魂は削られる。
――最後には、魂ごと“刃”に吸収される。
ジンの眉間に皺が寄る。
「……やはり、狙いは魂そのものか」
その頃、アレクたちは居間で駄菓子を分け合いながら笑っていた。今日の小さな達成感を喜び、また学校に戻れることを夢見て。
だがジンだけは知っていた。敵は待ってはいない。次の襲撃は必ず来る。そしてその時――試されるのは、少年たちの覚悟だけではない。
レンの笑顔を見つめながら、ジンは静かに胸の奥で誓った。
(どんな敵が来ようと、妹を悲しませるわけにはいかない。だが同時に……あのホムンクルスの魂が暴走すれば、俺は――)
彼の眼差しは冷たく鋭く、だが揺らいでいた。




