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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第29話『一つのチーム』

 水鏡屋の工房。

 店の中には、さっきまでの戦闘の熱気と、その余韻で張りつめた空気が残っていた。

 ランプの灯りが、割れた湯飲みや散らかった書類に柔らかく触れる。壁に掛かった薬瓶の影が揺れ、静寂を引き伸ばすように音を立てる。


 乱れた制服、擦り傷、浅い血の跡――それを見て、ジンはわずかに唇を噛んだ。彼は無言で玄関の戸を閉め、鍵を確かめるように手をかけた。


 「……遅れてすまない」

 低く呟くようにジンが言う。声はいつもの冷たさを帯びているが、その背後に少しだけ疲労が混じっていた。

 「結界を張り直していたせいで、一歩遅れた」


 アレクは肩を張り、子供じみた豪胆さで応える。

 「別にいいさ! 俺とみんなで、ちゃんと乗り切ったんだからな!」


 レンは椅子に崩れ込み、帽子の房先をぎゅっと握る。息は荒く、顔はさっきの恐怖の残り火でまだ熱い。ミユは膝を抱えて震えているが、目は確かに生きていた。カズマとユウタはまだ戦いで興奮しているせいで落ち着かない。だが全員、無事だった。


 ジンはこの日、自分が守りたかったものを初めて「外から観測」したのだ。

 彼は工房の机に手をつき、目を細めながら報告を促すように言った。

 「詳細を話せ。何が起きた」


 アレクが言葉を噛み砕くようにして、肩で息をしながら説明を始めた。

 「また、あの黒い鎧のやつが出てきた。ヴァイスって奴だ。狙いはミユだ。だが俺とカズマ、ユウタで足止めして、レンとミユを守ったんだ。ぶっちゃけ、こっちはすげぇギリギリだったけどな!」


 カズマが腕を組んで肩をすくめ、笑みを浮かべる。

 「オレもぶつかったぜ。体当たりで押し返してやったら、あの鎧、ちょっとだけひるんだんだ。思ったより刃が重くて、吹っ飛ばされそうになったけどな」


 ユウタは冷静に、戦場の細部を指摘する。

 「攻撃前の間が特徴的だった。ヴァイスが刃を振るう直前、鎧の紋様が一瞬だけ光るんだ。それが攻撃の“吐息”みたいに見えた。あれを合図に動くと、全身で受け止められる」


 ジンはその話を静かに聞き終えると、眼鏡の奥で情報を整理するように頷いた。

 「――貴重な情報だ。お前たちが駆けつけてくれたから、今夜は命が紡がれた。特に、ユウタの観察は役に立つ」


 空気が少しだけ和らぐ。子供たちの胸に、ほんの一瞬の安堵が訪れた。


 だがジンはすぐに表情を引き締めた。「だが」と言葉を切り出すと、その先を低く告げた。

 「お前の魂を狙われたのだ。呪具商人の目的は“魂”だ。器は道具であり、魂は素材。お前は異世界の勇者と言ったな。商人にとってはそれが最高の獲物だ」


 ミユの顔がさらに青ざめる。唇をかすかに噛みしめ、言葉を絞り出す。

 「じゃあ……昨日の私が狙われたのは、そのために――?」


 ジンは静かに頷いた。

 「そうだ。お前は“誘引”だ。お前の存在が、創造主であるレンやホムンクルスであるアレクを引き出す。商人はそれを利用して魂を得る。だからお前を狙った」


 その冷徹な事実の前で、レンが震えながらも声を上げた。

 「だから……皆で戦おう。誰か一人になんてさせない。私が研究者としてできることはあるはずだし、皆で支え合えば――」


 レンの言葉は震えているが強かった。その意思が部屋に波紋を広げる。アレクがぱっと表情を明るくし、「そうだ! 俺たち、チームだ!」と拳を振り上げる。カズマとユウタは顔を見合わせてから、勢いよく頷いた。友情の輪が目に見える形で結ばれるようだった。


 ジンはその光景を見つめながら、内心で複雑な計算を巡らせる。彼にとって妹を守ることは生存戦略でもあり、過去の償いでもある。十四年前の震災で両親を失い、幼いレンを抱きしめた夜から彼は誓った。「この手で妹を守る」と。だが今、その誓いは新たな形で試されている。ホムンクルスという“人ならぬ器”を家に置き、異界の魂を同居させることは、彼の守るべきものに新たな危機を招いた。


 (もしこいつが“制御不能”になったら――)

 胸の奥に、ジンは静かにその想定を置く。想定したくなくとも、最悪の結末を想像するのは彼の職業病だった。だが目の前にいるのは確かに笑う妹と、今を生きる仲間たちだ。斬る覚悟を胸に秘めながらも、彼は初めてほんの一瞬だけ肩の力を抜いた。――嵐の前の小さな結束が、彼らを包み込んでいる。


 その夜、作戦会議は続いた。ランプの灯は消さずに、テーブルの上に地図やノート、破れかけの呪具札が広げられた。ユウタが拾ってきた、ヴァイスが落とした小さな破片をジンが手に取り、顕微鏡にかざす。レンは書き込んだ研究ノートをテーブルに広げ、呪具の原理と類似例を説明する。カズマはそれを聞きながら頷き、時折大胆な作戦案を口に放り込む。


 「まずは情報戦だ」ジンが始める。

 「呪具商人は露店や裏市を通じて呪具をばら撒いている。呪具は人間の“恐怖”や“執着”を媒介として増殖する性質がある。呪具カードも然り。流通経路を断てば、被害の拡大を抑えられる」


 レンがすかさず付け加える。

 「私の研究ノートによれば、呪具は特定の結界で“浄化”されるか、逆に“逆鳴り”を起こして暴走する。結界の質や符文の配列で効力は変化するみたい。ジンさんの結界はかなり堅牢よ」


 ジンは穏やかに頷き、具体的な役割分担を示した。

 「レンは我々の結界補助と呪具解析を担当する。ミユは学校側との連絡窓口になれ。公的機関への報告と情報伝達が必要だ。カズマとユウタは地域のパトロール、呪具の見つけたらただちに持ち帰るか、封印してここに持って来い。アレクは……お前は戦闘の即応係だ。だが単独行動は許さない」


 アレクの顔が少し曇るが、それでも彼は強く頷いた。

 「わかった。俺はチームの盾ってことでいい。行動は皆と一緒にする」


 カズマが手を上げ、ふざけた調子で言う。

 「よーし! じゃあオレは“情報収集班”だな! 悪い露店見つけたらぶん殴ってやる!」

 ユウタも続いて真面目に言った。

 「無理はしない範囲で、呪具を流している人間を探すよ。近所の商店や露店の客引きも怪しい」


 レンはノートに書き込みながら、ふっと顔を上げて皆を見た。瞳は揺らいでいるが、言葉は強かった。

 「私の卒業研究がこんな形で役に立つなんて思わなかったけど……でも、これを機に“ホムンクルス”の倫理や取り扱いについても、ちゃんと記録しておきたい。誰かが誤解して無闇に恐れたり、ましてや利用したりすることが無いように」


 その言葉に、皆の胸が少し熱くなる。ミユはレンの手をぎゅっと握り、アレクは力なく笑って「レンのノート、俺が宣伝してやるよ」と冗談めかして言う。カズマとユウタは真剣な顔で頷いた。


 ジンはそんな彼らを見回してから、最後に一つだけ付け足した。

 「万が一、商人の直接の手がこちらに向かった場合――私は斬る。レンを、そして妹を守るためならば、俺は最後の盾になる。だが、それは最終手段だ。お前たちが成熟した判断と行動をすること、それが一番の防御になる」


 皆は黙ってうなずいた。アレクは目を細め、拳を握る。「斬る覚悟」――ジンの言葉は重い。その背には、彼がずっと抱えていた過去と覚悟が透けて見えた。アレクはジンを見上げ、じっとその眼差しを受け止める。そこには敵愾心でもなく挑戦でもなく、認められたような安堵があった。


 夜は深まり、会議はやがて終わった。だが行動計画は紙の上だけに留まらない。翌日からの生活は変わる。学校のボランティアや清掃に名を連ねる者たちを監視し、普段なら気にも留めない露店や路地裏を注意深く歩く。ミユは学校で目立たぬように振る舞いながらも、クラスメイトの様子をさりげなく窺う。カズマとユウタはたわいない理由で街をうろつき、情報を集めることを口実に好奇心を満たす。


 レンは夜遅くまで研究室に残り、呪具の紋様を書き写しては解析式を試す。アレクは近所の老人を訪ねては昔の話を聞き出し、呪具がいつどのように現れたのかを尋ねる。ジンは市内の魔導図書館に足を運び、呪具商人の類例や古い禁術の記録を精査する。時には疲れが顔に出ることもあるが、彼らの目には確かな光が宿っていた。


 数日間の地味な努力が、やがて小さな成果を生み始める。露店の一つが不審な呪具を扱っているという情報が、カズマの鼻の利きとユウタの手際で持ち帰られる。レンはそれを基に呪具の反応点を特定し、ジンは法的手段と結界の二重構えで露店の摘発と封鎖を計画する。地域の連絡網を動かし、呪具の立ち入り検査を定期的に行わせる算段も立てる。


 その合間合間に、子供らしい時間もあった。給食のゼリーを巡る小さな争奪戦、放課後に皆で見る流れ星、アレクの下手くそな書道――それら全てが、今の彼らには戦いの合間の貴重な呼吸だった。笑い合い、怒り合い、時には互いにぶつかり合いながら、彼らはほんの少しずつ“本当の仲間”へと変わっていく。


 どれだけ計画を練っても、敵はまだ暗い角に潜んでいる。だが、水鏡屋の窓から見上げた夜空には、以前より幾分か大きく感じられる月が浮かんでいた。ジンはその月を見つめ、短く呟く。

 「守るべきものがあるなら、人は変われる」


 アレクはその横で、いつものわんぱくな笑みを浮かべていた。だがその瞳の奥には、もはやかつての軽薄な自信だけではない、誰かを守るという強い意志が宿っている。レンはノートのページを閉じ、皆の顔を見渡して小さく頷く。ミユはそっとアレクの腕に触れ、何も言わずに笑った。


 その夜、彼らは眠りについた。だが誰もが、明日もまた目を覚まし、互いの隣にいるだろうと信じていた。嵐は去らない。しかし、嵐の中に立つ者たちの輪は確かに広がっている――そして、その輪の中心で、誰かが自分のために剣を振るってくれることを、彼らはもう疑わなかった。

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