第2話『なんやかんやで状況説明と自己紹介』
激しい騒ぎのあと、ようやく研究室に落ち着きが戻った。
白髪赤眼の少年――異世界から来た冒険者アレックス・ホークは、まだ混乱したまま机に突っ伏していた。
一方のレンは椅子に腰かけてニコニコと彼を見守り、兄のジンは壁際で腕を組んでいる。
「……つまり、お前は魔王を倒したと思ったら、呪詛にやられて敗れ、気がついたらここにいた、という訳か」
ジンが淡々と要約すると、アレクは勢いよく顔を上げて机を叩いた。
「いや、まだ勝負は着いちゃいねぇ! だって、俺はこうして生きてるんだ!」
「……生きている、というか、作られた身体に魂を引き込まれただけだがな」
ジンの冷ややかな指摘に、アレクはむっと顔を歪めた。
「それよりお前らは何者だ? ホムンクルスを作ったあたり、二人とも錬金術師か?」
レンが苦笑混じりに答える。
「そうだよ。まぁ、私の方はまだ見習いだけど」
「で、そっちの眼鏡は?」
アレクが顎でジンを指す。
「俺の名前は『眼鏡』じゃねぇ。ミカガミ・ジンだ」
「ミカガミか……随分と珍しい名前だな」
「ミカガミは名字で、ジンが名前だ。そして彼女が俺の妹で、お前の身体を作った創造主・レンだ」
「よろしくね、アレックス君!」レンは笑顔で手を振る。
「アレクでいい……」
アレクは肩をすくめて返した。
アレクは部屋を見回した。
壁一面に魔導書が並び、フラスコや試験管、大釜、奇妙な鉱石や魔石が無造作に置かれている。中央の床には巨大な魔法陣が刻まれ、まだかすかに光を放っていた。
「それで、ここはどこだ?」
「ここは私たちの家であり、お店――水鏡屋だよ」
レンが胸を張る。
「どんなお店なんだ?」
「えーっと、大抵はアトリエとして実験をしてるかな。あと、お客さんからの依頼をこなすこともあるよ」
「依頼?」アレクが眉をひそめる。
「うん。アイテムを作ったり、ペットや落とし物を探したり、家の結界を修理したり……なんでもやるよ」
「マジか!? それ、冒険者ギルドと似てるな!」
思わず目を輝かせるアレクに、ジンが冷たく付け加える。
「……似ているが、依頼を受けるのは俺と妹だ。お前は無関係だ」
「無関係ってなんだよ! 俺は冒険者だぞ!」
アレクは一息つき、レンへ向き直った。
「で、なんでホムンクルスを造ろうと思ったんだ? さっきソツギョウ研究とか言ってたよな?」
「あぁ、卒業研究な」ジンが代わりに答える。
「レンは今高校三年生で、課題として研究に取り組んでいる。その題材がホムンクルスだった」
「それで錬成したら、たまたま俺の魂が憑依した……ってことか」
「そういうことだ」ジンが淡々とうなずく。
「悪かったな! でもなんでガキの姿にしたんだ?」
アレクが叫ぶと、レンは頬を染めて言った。
「だって、こっちの姿の方が可愛いじゃない!」
「お前は嬉しいかもしれねぇけど、こっちは不便なんだよ! せめてもっと背を高くするとか……」
「ダメ! 大きい身体を錬成するのは大変だし、可愛くなくなっちゃう!」
「結局それが理由か!」
アレクの絶叫に、ジンの呆れ顔が重なる。
ふとアレクは真顔になり、部屋の中を見渡した。
「そういや……家の中を見たが、両親の気配がねぇ。どこか旅に出てるのか?」
その問いに、レンとジンの表情が曇る。沈黙が流れ、アレクは戸惑った。
「ど、どうした? 俺、変なこと聞いたか?」
やがてジンが静かに口を開く。
「両親は……十四年前の震災に巻き込まれて、亡くなっている」
「……っ」
アレクは絶句した。軽口を叩こうとしたが、言葉が出てこない。
そして、ぎこちなく頭を下げた。
「……すまねぇ。デリカシーがなかったな」
「ううん。気にしないで」レンがかすかに笑う。
ジンは何も言わず、ただ眼鏡を押し上げていた。
こうして三人は、互いの素性を知ることになった。
冒険者・アレク。見習い錬金術師レン。そして冷徹な兄ジン。
ひとまず言葉を交わしたものの、部屋の空気にはどこか居心地の悪さが漂っていた。
その沈黙を破ったのはアレクだった。
「……俺には目標がある」
赤い瞳がぎらりと光る。
「必ず、元の身体に戻る。勇者・アレックス・ホークとして、もう一度この世界で立つためにな」
唐突な宣言に、レンもジンも驚いた顔をした。
「でもアレク君……その身体はもう――」
レンが不安そうに言いかける。
「わかってる。簡単じゃねぇってことくらい」アレクは拳を握りしめる。
「だが、戦場で誓ったんだ。どんな絶望にだって立ち向かう。それが俺の生き方だ」
ジンは目を細め、冷たい声で返す。
「……その誓いが虚勢で終わらぬことを願おう」
レンは複雑そうに、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、私も手伝う。創造主として――そして仲間として」
アレクは小さく笑い、二人に向き直った。
「俺は絶対に諦めねぇ。元の身体を取り戻す。そのために、ここで戦う」
その決意は、まだ幼いホムンクルスの姿に不釣り合いなほど強く響いた。
――やがて訪れる戦いと、過酷な運命を予感させるように。
こうして、三人は互いの素性を知ることになった。
異世界の冒険者・アレク。見習い錬金術師のレン。そして冷徹な兄・ジン。
言葉を交わしはしたものの、研究室の空気にはどこか居心地の悪さが漂っていた。
異質な存在が出会ったときのぎこちなさ――その象徴のようだった。
沈黙を破ったのはジンだった。
「……さて、目標が決まったものの、レンは研究を続けなければならない。だが、こいつ――アレクをこのまま放置するわけにもいかん」
「放置ってなんだよ! 俺は勝手に転生させられただけだ!」
「この世界でホムンクルスは珍しい存在だからな。都市伝説だと考える者も少なくない。だが実在すると知られれば、研究材料にしようとする輩が必ず現れる。……外見が十歳そこらのガキである以上、周囲の目をごまかす必要がある」
ジンの声は冷たいが、そこには現実味を帯びた重みがあった。
アレクも言葉を失う。異世界の冒険者であった自分が、今は「研究対象」として狙われる立場になる――その皮肉に歯噛みした。
「……じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「簡単な話だ。学校に通わせる」
「はぁぁ!? 俺が!? 学校だと!?」
机に突っ伏すアレク。頭を抱える彼を、レンがぴょこんと覗き込んだ。
「うん! その方が自然だし、社会勉強にもなるし……それに、きっと楽しいよ!」
「楽しいわけあるかぁぁぁ!」
研究室に、再びアレクの絶叫が響き渡った。
本作の世界(21世紀+魔法文化発展)は、魔法や錬金術が日常的に活用される社会ですが、アレクの様な「完全な人型ホムンクルスを作る」のは高度すぎる技術であり、多くは実験室レベルで作られる“半完成体”(手足が不完全、感情なし)ですね。
そのため、「完璧に動き、喋り、個性を持つホムンクルス」は 極めて非常に珍しいんです。
教科書には「錬金術の理論」として載っている程度。
実物を見たことがある人はほとんどおらず、ホムンクルスの存在を信じていない人も多いです。
そんな中で、見事完璧な人型ホムンクルスを作り上げたレンは凄すぎますね!
もし、正体を知られたら、好奇の目に晒されるだけでは済まないでしょう。