第28話『狙われた少女』
朝の通学路。
秋の風が吹き抜け、街路樹の葉がさらさらと舞っていた。落ち葉はアスファルトに重なり、まだ誰の足跡もない道を黄金色に染めている。
制服姿のカスガイ・ミユは、鞄を胸に抱えながら歩いていた。
「……まだ学校は休校中、なんだけどね」
呟きは、自分に言い聞かせるようでもあった。授業は止まっているが、仮復旧のための集まりや清掃に呼ばれることになり、数人の生徒と一緒に登校するよう指示を受けていた。
(でも、こんな静かな通学路……やっぱり少し怖いな)
昨日までの騒ぎがまだ心に残っている。呪具が暴走し、学校全体が混乱に陥ったあの光景。友達が怯え泣き叫ぶ中で、小さな背中が必死に立ち向かっていた――アレクの姿。
思い出すだけで胸が熱くなる。
「……アレク君」
ぽつりと呟いたときだった。
――風が止んだ。
ざわめいていた木の葉が、まるで時間が凍ったかのように動きを止める。
足を止めたミユの背後に、長い影が伸びていく。
「……カスガイ・ミユ。排除対象、確認」
低い声が空気を震わせた。
振り返ると、路地の影から銀髪の青年が歩み出る。漆黒の鎧をまとい、手には黒光りする刃。無機質な瞳は、感情の欠片もなくミユを射抜いていた。
「……だれ……?」
問いかける声は震えていた。だが答えは返らない。
次の瞬間、青年――黒刃のヴァイスが地を蹴った。
「っ――!」
影が一気に間合いを詰め、冷たい刃が振り下ろされる。
恐怖で体が動かない。声も出ない。
(いや……死ぬ!? 本当に、ここで――!)
「させるかぁぁぁっ!!」
怒声と共に、横合いから赤い閃光が走った。
杖の石突きがヴァイスの腕を弾き、刃の軌道が逸れる。火花が散り、アスファルトに白い傷が走った。
「……アレックス・ホーク」
「ったく、朝っぱらからご苦労なこったな! てめぇの相手は俺だろうが!」
小さな体で前に立つのは、アレックス・ホーク。
その背後から駆けつけたレンが、青ざめた顔でミユを抱き寄せた。
「大丈夫!? ミユちゃん!」
「れ、レンさん……っ」
ヴァイスは刃を構え直し、冷徹に言い放つ。
「任務は“排除”。対象を庇うなら、お前も同じだ」
アレクは杖を構え、赤い瞳をぎらりと光らせた。
「上等だ! どっちにしろ、ここでぶっ倒す!」
路地に緊迫した空気が張り詰める。勇者と黒刃、そして創造主。カスガイ・ミユをめぐる激突の幕が、いま切って落とされた。
◆
ヴァイスが一瞬で姿を消した。
「――!」
アレクは反射的に飛び退いた。直後、彼が立っていた場所を黒い刃が切り裂く。
「速ぇな……!」
「当たり前だ。俺は“兵器”だ。お前のような不完全な器とは違う」
アレクは舌打ちした。
(子供の体じゃ反応がギリギリだ……でも負けられねぇ!)
ヴァイスの刃が連撃を繰り出す。アレクは小さな体を捻じり、紙一重で避ける。腕や頬に細かい切り傷が刻まれ、血がにじむ。
「アレク君っ!」
レンが叫ぶと同時に、彼女の手から青白い光が広がった。
「シールド!」
薄い膜が展開され、ヴァイスの一撃を弾く。
「ほぉ……創造主の魔法か」
ヴァイスは初めて僅かに表情を動かした。興味、そして殺意。
「レン、下がってろ!」
「でも……!」
「お前まで狙われたら本当にやばいんだ! ここは俺に任せろ!」
アレクは叫び、杖を振り下ろす。地面が弾け、赤い火花が爆ぜた。
「バースト・インパクト!」
小さな体から放たれた一撃は迫力に欠けるように見えた。だが、狭い路地を揺らす爆発でヴァイスの体勢が一瞬崩れる。
「今だ!」
アレクは突っ込むが、ヴァイスはすぐさま刃を振るい反撃した。
金属音が響き、杖と刃がぶつかり合う。火花が散り、アレクは押し込まれる。
(クソッ、力が足りねぇ……!)
その時だった。
「おいアレク! 手伝うぜ!」
路地の入口から声が響いた。駆け込んできたのはカズマとユウタだった。
「カズマ、ユウタ!?」
「やっぱり嫌な予感がしてさ……付いてきて正解だったな!」
カズマが拳を構える。
「俺たちだってクラスメイトだろ! ミユを守らなきゃ!」
ユウタの瞳も決意に燃えていた。
ヴァイスは二人を一瞥し、冷ややかに呟く。
「……無関係な者まで出てくるか。ならば、まとめて斬る」
黒い刃が振るわれる寸前、アレクが吠えた。
「させるかぁぁぁ!!」
杖でヴァイスの一撃を受け止め、その隙にカズマが体当たりを仕掛ける。ユウタは地面に落ちていた瓦礫を投げ、注意を引いた。
「ちっ、ガキどもが……」
ヴァイスの眉がわずかに動く。
その一瞬。
「ライト・フラッシュ!」
ミユの魔法が閃光を放ち、視界を奪った。
「今だ、アレク君!」
「おう!」
アレクは全身の力を込め、渾身の一撃をヴァイスの胸元へ叩き込む。
爆発音が路地を震わせ、煙が立ち込めた。
「やった……!?」
ユウタが声を上げる。
だが、煙の中から冷たい声が響いた。
「……不完全だ」
黒い影が揺らめき、ヴァイスの姿が再び現れる。鎧にはひびが入っていたが、その瞳の冷たさは揺るがなかった。
「次は本気で行く」
ヴァイスが構え直したその瞬間、背後の闇から別の気配が現れた。
「……もういい、ヴァイス」
呪具商人の声だ。
「しかし――」
「任務は試し。今は十分だ」
商人の声と共に、呪具の札が路地に散らばり、黒い霧が広がった。ヴァイスの姿は霧と共にかき消え、静寂が戻る。
◆
「……助かった」
アレクは肩で息をしながら呟いた。膝が震えているのを隠せない。
「アレク君……!」ミユが駆け寄り、涙目で彼を支える。
レンも必死に頷いた。
「みんな、ありがとう。カズマ君もユウタ君も、本当に……」
カズマは鼻を鳴らした。
「へへ、俺だって男だしな!」
ユウタは苦笑しながらも拳を握りしめた。
「まだ全然役に立たないけど……次はもっと力になるよ」
アレクはふっと笑った。
「お前ら、最高の仲間だ」
路地の上空、散りゆく木の葉が舞い落ちる。
嵐の前触れのような冷たい風が吹き抜けた。
黒刃のヴァイス。
そして呪具商人。
彼らの脅威は確実に迫っている。
だがアレクの心には、不思議と確かな光が宿っていた。
(俺はもう一人じゃねぇ。この仲間と一緒なら……どんな敵でも立ち向かえる)
握りしめた拳に、勇者の炎が宿る。
新たな戦いの幕は、すでに開かれていた。




