第25話『知られてしまった真実』
夕方の水鏡屋。
薄いオレンジ色の陽が差し込み、店の看板の影が長く伸びていた。
扉の前で、ミユは小さく深呼吸をする。
(……緊張する。でも、ちゃんと伝えなきゃ)
彼女の腕には分厚いノートが抱えられていた。学校でまとめ直した授業の要点がぎっしりと詰め込まれている。あの日、アレクに貸したものと同じ内容だが、今回はもっと丁寧にまとめ直してきた。
ただ勉強を教えるためだけじゃない。あの呪具暴走の事件で、命がけで皆を守ってくれたアレクに「ありがとう」を伝えたい――それが今日ここに来た理由だった。
「よし……」
ミユは小さく呟き、戸を叩いた。
けれども中から聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまう。
「……今回でわかったよ。アレク君と私の《リンク》は、予想以上に深い」
レンの声。
「不用意に口にするな、レン」
冷ややかに遮るのは、ジンの声だった。
(リンク? 今……なんて?)
ミユの心臓が高鳴る。思わず廊下の影に身を潜め、耳を澄ました。
「でも、もう隠しきれないよ。アレク君が普通の存在じゃないのは、誰が見てもわかるもの」
「……」
そして――決定的な言葉が飛び出した。
「アレク君は……ホムンクルスなんだから」
ミユの息が止まった。
次の瞬間、鋭い声が室内から飛んでくる。
「……誰だ」
ジンが気配を察知したのだ。
「ひゃっ……!」
ミユは思わず声を漏らし、戸口から姿を現してしまった。
「ミユちゃん!?」
レンが驚いて駆け寄る。
「ご、ごめんなさい……! ノックする前に、声が聞こえて……」
その時だった。後ろからばたばたと足音が響き、二つの影が現れる。
「おーいミユ! 置いてくなよ!」
「俺らも勉強見てもらう約束だろ!」
カズマとユウタだ。二人も誘われて水鏡屋にやって来ていたのだ。
「カ、カズマ君、ユウタ君まで……!」
ミユは真っ青になる。今の会話を聞かれてしまったのは間違いない。
アレクは苦い顔をし、床から飛び起きた。
「……聞いちまったか」
静まり返る工房。
カズマとユウタは顔を見合わせ、戸惑った表情を浮かべた。
「アレク……お前、本当に……?」
ユウタが小声で尋ねる。
アレクは深く息を吐き、真正面から答えた。
「そうだ。俺の体はレンが作ったホムンクルスだ。だけど、中身は異世界で勇者をやってた俺の魂なんだ」
カズマの目が大きく見開かれる。
ユウタは息を呑み、拳を握りしめた。
「隠すつもりはなかった」
アレクは続ける。
「でも、言えばきっと引かれると思ったから……」
沈黙。
ミユの胸は締め付けられるように痛んだ。だが彼女は一歩踏み出し、涙をにじませながら笑った。
「……バカだね、アレク君」
「……は?」
「人間かホムンクルスかなんて、私にとっては関係ないよ。だって私を守ってくれたのは、アレク君だから」
その言葉にアレクは呆然とした後、思わず笑みをこぼした。
「……ありがとな」
そのやり取りを見ていたカズマが、急に大声を上げた。
「当たり前だろ! アレクはアレクだ! この前、俺たち一緒に怪物ぶっ倒したじゃんか! あれ見て“怖い”なんて思うやついるかよ!」
ユウタも頷く。
「俺だってそう思う。算数は壊滅的だけど……それでも俺たちの仲間だ」
「おい、それ余計だ!」
アレクが顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが、その空気にレンは泣き笑いのような表情を浮かべ、ミユも肩の力を抜いた。
「……ほんと、みんなありがとう」レンが呟く。
「私の研究がきっかけでアレク君は生まれたけど……でも、こうして一緒に笑ってくれる人がいるなら」
その声を遮るように、ジンが冷ややかに告げる。
「感傷に浸るのは勝手だが、忘れるな。ホムンクルスは呪具と同じ、人工の存在だ。制御できなければ危険物と変わらない」
場の空気が張り詰める。
だが今度は、ユウタが一歩前に出てジンを見上げた。
「ジンさん。俺たち、アレクのことを信じます。あいつが危ないなら、一緒に止めます。だから“危険物”なんて言わないでください」
カズマも負けじと声を張る。
「そうだ! アレクは俺たちの仲間だ! もう一緒に給食も戦いもやったんだから!」
ジンの眼鏡が光を反射し、沈黙が落ちる。
やがて彼は小さく吐息を漏らした。
「……子供の言葉は軽いな」
しかしその声色には、ほんの僅かに揺らぎが混じっていた。
アレクは真っ直ぐに二人を見た。
「カズマ、ユウタ……お前ら……」
赤い瞳がかすかに潤む。
「ありがとな」
ミユが笑顔で頷き、レンも「ほらね」と微笑む。
こうして、アレックス・ホークの“秘密”は仲間たち全員に知られることになった。
それは彼らの絆をいっそう強くしたが――同時に、さらなる嵐を呼ぶ序章に過ぎなかった。
夜が更け、工房の窓の外には冷たい風が吹きすさんでいた。
その闇の奥では、既に新たな影が蠢き、次なる試練を用意していたのである。




